火の玉少女と王宮の騎士Ⅳ
走って駆け付けた俺が見たのは、傷だらけの男と、無傷のまま立っている薄茶色ローブの男の二人。
状況だけを見れば傷だらけの男が被害者にも見えるが、彼の目は殺気立ち、明らかに相手を殺そうとしている。兵士だとしても、ここまで必死に対応するとは思えなかった。
不審者を発見し次第、巡回中の味方に情報を渡せ。それが兵長の教えであり、兵長の教えは兵士内の規律だった。
しかし、もっと初めに気付くべきだった。傷だらけの男が持っている武器は、剣などではない。俺が欲しがり、いつか買いたいと願っていた、無骨な大槌だ。
慣れない動作で槌を振りおろし、薄茶色ローブの男に攻撃を仕掛けようとするが、体格と熟練度の両方がかみ合っていないらしく全てが空振りに終わる。
薄茶色ローブの男は回避と同時に細剣で刺突し、腕や脇腹などを掠らせながらダメージを与えていた。これだけみれば、暴走している者を制圧しているようにも見える。
「あっ、カイトさん……」
「一体何があったの?」
腰を抜かしているメイドさんの隣へと移動し、彼女の口から情報を聞き出そうとした。
「いきなり、兵士の人が暴れ出して、それをあのローブの人が――」
話の途中で、薄茶色ローブの男が暴走中の兵士の心臓に一突きを放つ。鎧が破壊されている以上、それを防ぐ手立てなどなかった。
一撃で絶命し、そのまま兵士は倒れる。
武器を持たないとはいえ、俺はそのまま倒れた兵士の元へと掛け寄った。襲いかかられた場合は――それはその時に考える。
「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」
学校で実施した、救急救命講習で習ったように呼びかけを行い、その後は胸の動き、脈などを確かめていった。分かりきってはいるが、息はない。
「……なんでこんな事をしたんだ!」
「…………」
薄茶色ローブの男は何持応えず、そのまま窓ガラスを叩き割って逃げ出した。
比較的接近したつもりだったが、顔などは一切確認できていない。一体、何者だったのだろうか。
味方なのか、それとも敵だったのか。
俺はそうした個人の考えを全て捨て、メイドさんを安全な場所まで背負って運び、その後に兵長のいる待機室へと足を踏み入れる。
「兵長!」
「なんだ、お前は兵士をやめたはずだろう」
「緊急事態です。一階の大広間前にて交戦を確認しました」
「何っ……詳しい報告はできるか?」
緊急事態、という部分は共通認識らしく、全てを水に流したかはともかくとして聞く姿勢は作ってくれた。
「兵士と薄茶色のローブを羽織った男が戦っていました。ですが、戦っていた兵士は、装備品ではないはずの槌を使っているなど、解せない点が多く散見されました」
「それで、その者は無事か?」
「……薄茶色のローブを羽織った男に細剣で――」
それだけで察したらしく、兵長は両手で口許を隠し、低い唸り声をあげる。
「その犯人と思われる男は」
「窓ガラスを叩き割って逃亡。顔も隠していたらしく、確認できませんでした」
「…………分かった。この件は兵士だけでは解決できない、追って警備隊と協力しながら逃亡者を捕えるとしよう」
兵長は背を向け、後に会った窓ガラスから外を眺めていた。俺は犠牲となった兵士と面識がなかったが、それでも憤っている。きっと兵長は、もっと憎悪している事だろう。
「兵長、俺にもできる事はありませんか」
「お前は十分働いた。ここからは兵士と警備隊の領分だ、一般人の介在する余地などない」
兵長が投げてきた金貨一枚を受け取り、俺は一歩前に出る。
「兵長……俺も手伝います! いや、カイトとして勝手に手伝うよ」
元兵士のカイトではなく、異世界人カイトとしての言葉を言い放った。
「お前は姫様のお気に入りだ。無理をしない程度に、勝手に調査をしろ」
「うん、任せておいてよ」




