四度目の刺突Ⅵ
予想外の行動だったらしく、ライアスの追撃は少し遅れるが、それでも追跡が選択された。
逆に言えば、これ自体はカイトが予測した、能力抜きの彼自身の読み。
ライアスは皮肉にも騎士であり、その精神を強く持っている。無抵抗のニオを襲うよう真似はしないと、カイトには分かっていたのだ。
ある程度走り、距離が詰められた時点でカイトは反転する。
「ようやく戦う気になったか」
「いいや、俺はまだ戦う勇気はない。だから、お前を制圧する」
その言葉の後に打ち出されたのは、彼自身の拳だった。
槌では人を殺してしまう。ならば、殺さない体術で挑めばいいという、単純にして浅はかな考え。
カイトの得意とする攻撃の回避、さらに弱いなりにも強化されている体技の組み合わせで、ライアスを次第に追いつめていく。
「貴様はなぜ、ここまで戦えて戦場を離れた」
「……俺は既に、一人を殺している。人の死は、もう数えるのを諦める程に見てきた」
カイトは言い、目線を逸らす。「もう、人の死は見たくない」
「貴様のやっているのは、所詮目を背けるだけの、ただの現実逃避にすぎない」
「組織に関与するお前に、俺の何が分かるって言うんだ!」
ライアスは笑い、細剣を構えた。
「分かるさ、貴様と戦うだけに祖国を裏切り、その事を後悔している私だからこそ」
言葉の途中、ライアスの攻撃は放たれる。それは、今までに一度として無かった不意打ち。
このままでは回避不可能、掠らせようにも確実に深手になる。カイトの目にはそれが如実に映り込んでいた。
回避はできない。
ただ、防ぐ事は可能。人を殺す、狂魂槌の力を使えば。
咄嗟に取捨選択を迫られたカイトは、背中に吊した狂魂槌に手をかけた。
瞬間、狂魂槌より衝撃波が放たれ、ライアスを吹き飛ばす。
幾度として使い、この戦争でも彼の命を救ってきた相棒だけに、どこまで無理が利くのかも分かり切っていた。
狂魂槌は力の放出を得意とし、攻撃動作に反応してそれをするわけではないとも。
もっと早くに気付くべきだった事。そして、気付けば罪の重さに押しつぶされていた事。
殺したのは狂魂槌などではなく、それを使うカイト自身だった。
どこかで感付きながらも、今まで逃避し続けてきたそれを知った時、カイトはなぜか笑い出す。
「ライアスは、何でこんなところに?」
「貴様との再戦を果たす為だ。私はあの時から、それだけの為に組織を利用してきた」
「……少なくとも今は、昔のようには戦えない」
「そのような事は分かっている」
ライアスの執拗な狂魂槌狙い、それだけでカイトは事態を把握した。
結局のところ、ライアスが欲していたのはカイトとの再戦だけ。
三度目の戦いですら、作戦を裏切ってまで自分で行動していた。
「甘えていたのは、俺自身だったのかもね」
「かも、ではない。甘えていたのだ」
「それで、ライアスはどうするつもりなの?」
「祖国の為……そして貴様との決着を付ける為、この戦争を早期に終わらせる」
「……じゃ、俺と考えは変わらないわけだ」
殺したのは自分自身。しかし、そうさせたのは戦争という状況だった。
ライアスは組織に関与しているだけあり、それをよく理解している。だからこそ、その説明を省いた上で、死への向かい合い方を言った。
目を逸らす事なく進み続ける。自分が望み、願い事を目指して真っ直ぐに。
詰まるところ、ライアスはカイトとの戦いをその目的として歩み続けた。
そしてカイトは、この戦いを終わらせる事を目的とした。
もうこれ以上、犠牲者を増やさない為に。
「この戦争が終わるまで、一時の握手だ」
「ああ、万全の貴様を倒さなければ、この私の辱めを拭う事はできない」
そうして、カイトとライアスは握手をした。
同じ目的を果たす為だけに、相対してきた二人は共に向かおうとしている。悲しみの終わりへと。