四度目の刺突Ⅴ
「ライアス……なんでお前がこんなところにいる」
「それはこちらのセリフだ。貴様は戦場で暴れ回っていると思っていたが」
互いに睨み合いながらも、カイトはニオに下がるように手で指示を行う。
「……逃亡兵と聞いていたが、闘志は消えていないようだな」
「それをどこで知った」
「貴様ほどの使い手が消えれば、嫌でも耳に入る。私もまた、組織の人間であるわけだからな」
普段のカイトならば、この時点で襲いかかってもおかしくない。
正義を語る彼としては、悪の存在は絶対に許せないのだ。故に、躊躇なく不意打ちも使える。
ただ、この場でそうしない理由はおそらく一つ、対人戦の恐怖を忘れていないから。
「三度貴様と戦えるなど、運命に感謝せざるを得ないな」
「四度目、だけどね」
刹那、カイトの瞳には銀の攻撃軌道が写り込む。
それを素早く回避した後、カイトは槌による一撃を加えようとした。
叩き潰す、振りかざしの動作。
それを自身が理解した時点で攻撃は停止し、大きな硬直が襲いかかる。
「敵相手に躊躇とは、偉くなったものだ」
硬直から復帰し、カイトは可能な限り回避しようとするが、一手分早いライアスの攻撃は避けきれなかった。
脇腹を掠り、カイトの傷口からは血が流れ出す。
それからは同様の攻防を繰り返し、攻撃を打てるような場面ですらカイトの槌は止まり、返しで掠るような一撃を浴びせられた。
《水の月》としてのポテンシャルは十分とはいえない。それでも、ライアスの行動を予測するには十分すぎた。
だが、カイトにはかつて、とは言えないほどに近い記憶として、恐怖が刻み込まれている。だからこそ、どう戦っても一手分の遅れが出てしまうのだ。
「カイトさんっ!」
「ニオ、君は早く逃げて!」
「できませんよ! このままじゃカイトさんが殺されちゃいます!」
カイトは勝てないと理解し、ニオを逃がそうとする。
解決に至らないとしても、用がなければ彼女が襲われる事はないと予見していた。
「私が逃がすようなへまをするとでも?」
「……ニオを逃がす時間稼ぎくらいは、今の俺でもできる」
「ほう、それは面白い」
ライアスは疾走し、ニオへと接近していく。
それに合わせてカイトは走り、攻撃軌道に入ったニオを突き飛ばし、ライアスの細剣をへし折ろうとした。
しかし、彼の頭の中には死の残像が映り込み、攻撃が停止する。
強い硬直が現れるが、それでもカイトは無理矢理にでも足を動かし、蹴りでライアスの攻撃軌道をずらした。
直撃こそは免れたが、剣閃はニオの肩を掠り、柔肌を血の色に染めていく。
寸前で助かりこそしたが、ニオはあまりの恐怖に腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
「これでこの娘も始末できる。貴様は私と戦う以外、この場から生きて帰る事はできない」
槌こそ構えるが、カイトのそれには攻撃の意志が封じ込められてはいない。
その場で動けずにいるニオだったが、その目線はカイトへと向いた。
「カイトさん! 逃げてください……カイトさんの足なら、きっと逃げきれます」
「しかし……」
「大丈夫ですよ。まだ脆弱な術しか使えませんが、少しだけなら足止めができます」
槌をホルダーに納めた後、カイトはニオをその場に残して逃げ出す。