火の玉少女と王宮の騎士Ⅲ
翌日、俺はいつものように宿屋手伝いをし、夜頃には帰ろうとする。
「今日もお疲れさま」
「今日はいっぱい人が来たからね」
「それもそうだけど、貴族様がいるからねぇ、あたしゃ胃が焼けそうだったよ」
貴族が来たという話は聞いていない。俺に気を使ってか、それとも別の場所が忙しすぎたからなのか、おばさんが一人でやっていたのだろう。
「貴族が宿に泊まるなんて珍しいね」
「いやいや、割とよくあるよ。王様から召集を受けていればともかく、いきなり訪れた場合は宿も提供されないらしいからねぇ」
そこは長年宿屋を運営しているだけあり、事情通らしい。
軽い雑談をした後、俺は自室へと戻り、一睡した。
目覚めた早朝から城下町を走り、マーケットで美味しそうな果実を齧りながら運動を続ける。
元の世界で部活をしていたわけではないが、早朝ランニングは日課だったので、欠かすとどうにも気分が乗らないのだ。
無論、仕事に支障が出ない程度に軽く走る程度だが。
俺はいつも通りに武器屋の前で一度泊まった。
扉に掛けてある閉店中の看板を一瞥した後、刑事ドラマで良くあるブラインドの隙間を広げる動作を真似し、人差し指で木の板をずらした。
金は順調とは言えないが、着実に溜まっている。
店主が提示した半年の期限まで宿屋で手伝いをしても金貨三十六枚。到底届かない速度ではあるが、最悪の場合はローンでも組んで買わせてもらおう。
看板の裏にある小さなガラス越しに店内を見回してみた。かなり不審者的な行動ではあるが、これは一種の、貯金箱を振るような行動。
変化が小さいと分かりながらも、こうして毎日チェックする事が楽しみでもあるのだ。
そうして俺は、悦に浸りながら目的の槌を探し始める。
しかし、どれだけ探しても槌が見当たらなかった。売れるはずもないと店主が言った通り、目立たない定位置に置かれていたはずなのだが。
落胆しながら宿屋に向い、一杯の水をもらってから気持ちを切り替える。
今行っているのは仕事ではなくて手伝い。だからこそ、嫌な気持ちを持ってやってはいけないのだ。
これまたいつも通りに仕事を終え、客の名簿に軽く目を通した。まだ数週間は働きつめる事を考えれば、こうした情報の把握も必要となってくる。
「ライアス……これが話に出ていた」
考え事は帰りながらでも、と俺は何も気にすることなく宿の外に出た。
しかし、貴族が突発的に現れるという事はあるのだろうか。社会人ですら事前に電話の一本、少なくとも手紙やメールを送るものだが。
考えてみれば、この世界には電話もメールもないのだ。瞬時に通知を送るなど、できるはずもない。
城の内部に足を踏み入れ、少し歩いた時点で奇妙な違和感を抱いた。
「……門番がいなかったけど、どうしたんだろ」
振り返り、門番のいそうな場所を確認してみるが、やはり人の気配そのものがない。
次の瞬間、いつか前に俺が手伝ったメイドさんの叫び声が聞こえてきた。




