四度目の刺突Ⅲ
「カイトさん?」
「あれ……どうしたの?」
ベッドの上から揺すられ、カイトは目を覚ます。
「今日は隣の村に行くって約束じゃないですか」
「そういえばそうだったね。じゃ、早めに準備を済ませるから」
そうしてニオを一度追い払うと、カイトは部屋の奥に隠していた狂魂槌を眺め、手に取った。
「移動途中で魔物が現れた時の為……戦う為なんかじゃない」
自分を言い聞かせた後、かつてより使っていたホルダーに通し、背中から吊るして外に出る。
「よっ、準備は終わったよ」
「あれ? その槌は持っていくんですか?」
「うん。何があるか分からないし、老婆心としてね」
彼はそう言いながらも、この付近から魔物が遠ざかっている事を思い出していた。
老婆心とはうまく言ったもので、この一言はニオを納得させるに至る。逆にそれは、勘違いをそのまま引き継ぐ形となっているのだが。
アランヤを出発した二人が到着するまで、おおよそ三時間程かかった。
隣村とはいえ、田舎であるから距離が開いているのは当然である。そして、これだけの距離があってもなお、協力をするような者達が住んでいるのだ。
一度も魔物に襲われる事なく隣村に辿りついたカイトとニオは、早速村の入り口に立っている村民に挨拶をする。
そのまま村長の家へと出向き、軽い挨拶の後、雑談を始めた。
「魔物が現れなくなって、とりあえずひと安心ですな」
「そうですねぇ、軍も首都に行ってしまいましたし、今来られたら困りますよね」
「被害といえば、最近洞窟の付近で怪我をする者が多いのなんの」
村長がさりげなく口にした内容を聞き、カイトは身を乗り出す。
「怪我? 《星霊》か何か?」
「いえ、そこまでは……ですが、あの洞窟付近には食材が多くあるので、いけないとなればこの戦争を乗り切る事も……」
「なら俺に任せておいてよ。そのくらいならすぐに解決するからさ」
「なっ、カイトさん?」
「おぉっ! ありがたい申し出感謝いたします! さすがは――いえ、ではお願いできますかな」
「もちろん」
カイトは快諾した後、ニオを見る。「大丈夫、俺は人助けをするだけだからさ」
「ですが……大丈夫なんですか?」
「たぶんだけど、大丈夫だと思うよ」
カイトは気付きながらも、そう言った。
彼は人助けをしたいと願うような心の余裕を持ち合わせていない。にもかかわらず、このような提案に乗った理由はただ一つ。
恋焦がれるように、戦いへの欲求が満ちていたからだ。
狂魂槌を持ってきたのも、移動最中に戦えればいい、という考えを深層心理で持ち合わせていた為。
彼はひたすらに戦い、戦い、戦い続けてきたのだ。
怖い、罪の重さ、そのような理性の上書き程度では、根本的な闘争本能を抑えつける事が出来るわけがない。
誰に気付かれるでもなく、本人すら気付かず、カイトは槌で敵を叩き伏せたいと願った。乱暴で、衝動的な、狂気の発想。
不安そうなニオとは対照的に、カイトの表情は戦争前のそれだった。故に心配はなく、故に、異常でしかない。
それを察したニオでさえ、これを止めるべきかどうかを悩まされていた。
カイトがカイトに戻るきっかけとして、この頼みを引きうけさせるのもアリではないか、という善人の発想。
この依頼でカイトが死亡し、また自分一人だけになる、大切な人を失う悲しみを受ける事が恐ろしいという自己中心的な発想。
その両者はニオにとっての本音であり、どちらに対して責める事などできるはずがない。
答えは、進め。停止は死でなくとも、善行を歩むカイトという、かつての残像を信じてニオは小さな声で「分かりました」と言った。