四度目の刺突Ⅱ
「わぁ! さすがカイトさん、いっぱい釣れましたね!」
「これで勝率から言えば十割だね」
釣りを始めたのは十日前から。この日まで一匹もつれなかった事を考えると、日間勝率の事をあげているのだろう。
その場合、一匹で勝利という事になってしまうのだが。
「これだけあれば塩焼き、魚肉団子、何でも作れますよ!」
「よっし! 今日で全部使っちゃおう!」
食料も飽和しているわけではないが、長い王宮生活の慣れ、最近の細い食事事情などが影響して大胆な宣言を述べた。
「分かりました! 究極のごちそうを作りますからね」
究極と言う煽りに偽りなく、ニオはその場で用意できる限りの料理技術を結集させ、二人が満足するだけの量となる。
「じゃ、食べましょうか」
「そうだね」
食卓で向いあったカイトとニオは手を合わせ、食事を開始した。
「この塩焼き、美味しいね」
「隣村で仕入れて来たんですよ!」
「あぁ、あそこの人達ね。まだ無事だったの?」
誰もいないアランヤの土地に家を立てられたのも、その遠い隣人のおかげでもある。
突如として現れた二人組の男女の協力を快く引き受け、建築の手伝い――むしろカイトが手伝いだったが――を行ったのだ。
戦うのが嫌になったカイトだが、それでももしもの時にとアランヤの地に誘いはしたが、断られている。
ちなみに、当然ながら疎開についても同じくだ。
「魔物はこの周囲から去ったみたいですからね。少なくとも巻き添えは食らいませんよ」
カイトは胸をなで下ろすと、咀嚼していた魚を呑みこむ。
「最近は釣りばっかりだったし、挨拶しにいこうかな」
「なら私も行きますよ?」
「……あっ、そっか。オーケー、じゃあ二人で行こう」
かつてならば戦いの足手まといとなるニオを連れていくわけにもいかなかったが、今ではもう戦う必要もない。
安心、油断、そして不足。
緊張感の減少は戦意のない彼にさえ、刺激物の渇望に似た感覚を与えていた。
その日の食事が終わったのが八時過ぎ、かれこれ二時間ほど食事に費やしていたわけだが、その主は座談であった事から完食だった事が分かる。
食事が終わってからも話は少しばかり続くが、それでもこの世界の夜は早かった。
数ヶ月前に一度元の世界に戻ったカイトとしては、十一時前後まではテレビなどを見て暇をつぶすところだが、それもできるはずがない。
二人で一つのベッドに入ったカイトは、いつものようにニオを抱擁した。
「大丈夫ですよ、カイトさん」
「…………ありがとう」
精神の病に蝕まれたかのように、カイトの声は弱く、細々としている。
目を閉じた瞬間、カイトの頭の中には歪んだ光景が広がった。
血のような赤い部屋、子供の落書きのようなものが飛び回り、時折視界に脈動のようなブレが生まれている。
――ゲーム? アニメ……違う。
夢を夢と理解できるはずもなく、カイトはその光景を呆然と眺めていた。
次第に、彼の感情は自然と昂ぶっていき、ありもしなかった憎悪の感情がどこからともなく湧き出していく。
手前に現れた落書きのような浮遊物を殴りつけると、夢にもかからず、カイトの荒い息遣いが音声として彼の耳に届いた。
――何なんだ、これは。
妙な違和感が彼の体に襲いかかり、不意に意識が飛ぶ。