戦火の傷跡Ⅵ
カイトが目を覚ますと、そこにはニオがいた。
「カイトさん?」
「……俺、何してた?」
「魔物との戦いの後、急に倒れたと聞いたので」
自暴自棄な戦いはカイトに余計な負荷を与え、精神的な疲労は緊張感の消失と同時に、彼から意識を奪ったらしい。
寝て目が覚めると色々な記憶を忘れると言うが、彼の場合はその身に満ちていた負の感情が幾許か消え去っていた。
アランヤの惨劇は記憶としては残っている。だが、所詮は記憶、過去の出来事。
眠り、意識が飛び、分かたれた次の瞬間には既に自分の事ではないのだ。
悲しいという感情こそ抱いても、そこに対して感じていた現在進行形の思いとは違っている。
「ニオは大丈夫?」
「大丈夫といいますと」
「アランヤの件……俺が不甲斐ないばっかりで、本当にごめん」
「謝らないでくださいよ。仕方がない事だったんですから」
その言葉で安心出来る人間は数少ない。
ただ、カイトに至っては安心しないどころか、むしろ怒ってしまった。
「仕方ないなんて事はなかった! 俺が確認を怠らず、付近に来た時点で避難を呼びかければ間に合っていたかもしれない。軍に属さず、アランヤに待機していれば――」
「良いんですよ、もう。何を言っても、過ぎてしまった時間は戻りません。……死んでしまった人も返ってきません」
悲しみ、悲嘆にくれたからこそ、ニオは一つの段差を越えている。
全てを否定し、無駄だと理解して諦めた状態。
「そんな事分からない! この世界になら死者を蘇らせる術だって――」
「もう良いっていってるでしょ!」
ニオの口調が怒りと共に変化した事により、カイトは言葉を途切った。
「……ごめんなさい。言いすぎました」
「俺こそ、一番傷ついているのはニオなのに」
互いに謝罪をした後、ニオが先んじて話を切り出す。
「戦争が終わったら、二人でアランヤを再興しましょうよ。カイトさんが嫌じゃなければ……ですけど」
そう言われた瞬間、カイトの頭には別の事が過った。
正解とは間逆の、完全に誤った選択。それが彼の中では、最も正しい事のように存在し、口のところで止まっている。
「俺……俺……」
「なんですか?」
「いや、何でもないかな」
カイトはニオと二人でアランヤに残ろうとしていた。
ここまで変わり果てたとしても、彼女にとっては故郷であり、カイトはそれを守りたいと思っている。
しかし、自分には戦う力があり、多くの人を救う事が出来ると分かる為に簡単には答えを出せずにいた。
悩みのあるまま戦場に赴いたカイトは小型の魔物を駆逐しながら、考え事をする。
根本的な救いはなくとも、どうにかしてニオに笑顔を取り戻してもらいたい、その一心でない頭を使って考えた。
ただ、一番恐ろしいのはそうした片手間でありながら無傷で、さらに他人を助けている事でもある。
圧倒的なまでの戦力差故に可能とはなっているが、カイトはそれを一切不思議だとは思っていなかった。
結果から言えば何一つとして解決策は見つからず、魔物の駆除は完了する。
「前軍撤退、周囲に陣形を張り巡らせながら帰還するよ」
フォルティス王の指示で退却が決定され、全軍は引き下がっていった。
その中、カイトはいつも通り最後尾で殿を務め、残党を完全に無力化しつつ後方からの奇襲に備える。
無事に帰還したカイトは解決策が見つからない事だけを気にし、テントに戻って早々眠りについた。
平民とはいえ、圧倒的な活躍や命を救われた経験から、部隊の人間はカイトに目を掛けている。
故に、彼の変化は如実に伝わり、誰もがカイトを心配していた。
そうとは知らないカイトは何度も何度も、夢の中でさえ考え事を続け、答えを見いだせぬままに時を過ごす。