火の玉少女と王宮の騎士Ⅱ
「ミネア……火の国のお姫様かあ」
どうも既視感があると思ったら、ミネアの頭にはアホ毛が生えていた。この世界のお姫様達の頭には、総じて伸びているのだろうか。
「なによ」
俺の視線に気づいたらしく、ミネアは不満そうに、声を低くして俺に問い掛けてくる。
「いや、シアンの時も思ったんだけど……そのアホ毛は何?」
「言う必要はないわ」
「いや、いいじゃんか」
「だから、言いたくないって……」
「おねがいっ、ここだけの秘密にしておくから――」
「言いなくないって、言ってるでしょ!」
気付くと、天井には赤い光の文字が刻み込まれていた。
どこかで見覚えがある、そう感じたのは一瞬。反応出来た時には、炎が燃え上がるように赤い輝きが部屋を満たした。
「ミネアちゃん、待ってください」
シアンが制止を呼び掛けた途端、今にも爆発しそうだった光の文字は輝きを失い、自然と消滅していく。
「そうよね、シアンのお部屋を壊したら駄目よね……」
きっと、シアンが止めてくれなかったらとんでもない事になっていたのだろう。これは俺の推測などではなく、確実にそうなっていたのだと実感できる。
「……あっ、ああああああ!」
「何よ、うるさいわよ」
「思い出したんだよ! 俺を襲った奴もそれを使ってたんだ」
事態を呑みこめていないミネアと違い、シアンは驚いた様子をした。
「それって、元の世界でカイトさんを襲った人ですか?」
「そうそう、そっちは藍色をしていたけど――」
「なら、闇属性の使い手かもしれないわね」
しかし、こっちの世界の人間が向こうに行ったとなると、色々と危ないかもしれない。
見た目だけは素手で、魔法陣のような奴を動かすまでは、一体何をしているのかが分からないのだ。
そうなれば、地下鉄での毒物散布事件、秋葉原での無差別事件などとは比べ物にならない程の被害が出る。
あの男があちらの世界をそこまで知れれば、とついてくるのだが。
「何? あんたのいた世界には術は存在しないの?」
「そんなものはないよ。あっちじゃ漫画やゲームくらいの物だよ、こういうのは」
俺は突如として思い出し、咳払いを入れる。「本とか……チェスみたいなものかな」
西洋風の場所だけに、チェスがあると断じた。本については存在を確認している以上、何の問題もない。
「へぇ、平和な世界なのね」
「そうじゃないかな。術はないけど、遠く離れた国を一撃で滅ぼせる兵器や、大地を長い間、蝕む兵器もある……とても平和なんて思えないよ――って言っても、俺のいた国はそこまで物騒じゃなかったけどね」
あまりに嘘くさい話だったのか、ミネアは誇大妄想を聞いているかのような――半ば小馬鹿にしたような態度をしていた。
シアンはというと、俺の言葉を少なからず信じているらしく、兵器の恐ろしさを感じて怯えてしまっている。
「大丈夫、さすがに世界の壁を越えて攻撃はできないからさ」
「いえ、向こうの人達がいつも怖い思いをしていると考えたら……」
「それも大丈夫。まぁ……その兵器もほとんど使われていないからさ。普通に暮らしていた俺のような一般人は現実味がないから、ほとんど何も思っていないよ」
一安心した様子のシアンを見て、俺も安心した。
だが、向こうの世界に現れた異世界人の対策に関しては、何一つとして見つからない。あの傍が俺の家だった事も含め、家族の安否が気になって仕方がなかった。
「シアンは元の世界に戻る方法とか知らないかな?」
「残念ながら」
分かりきっていはいたが、いざ言われてみると少しばかり気が沈んでしまう。
「あたしも知らないわ。そもそも、そんな方法はないと思うわ」
ミネアも否定し、俺の気分はどん底にまで沈み込む。
しかし、そこで諦める俺ではないのだ。こういう異世界に迷い込む漫画では総じて、何かしら戻る方法が存在している。
きっとこの世界で、俺が成すべき事を成した暁には、元の世界に帰れる事だろう。そう信じていないと、不安で腹が押しつぶされそうになる。
不安のせいか、どうにも腹が痛かった。
焼けつくような胸の乾き、精神的な安定感が失われていく感触。
そして、奇妙な虫の音。
「あの、カイトさん?」
「ん? どうしたの」
「ご飯まだですよね?」
そこで俺は、ご飯の要求をする為にシアンの部屋へと訪れた事を思い出した。




