終焉の戦争Ⅵ
――一日前の夜。
「どうしたの? シアンが呼びだすなんて珍しいじゃん」
「カイトには幾つか、重要な話をしておかなければならないと思いまして」
神妙なシアンの顔に影響され、カイトも真面目な顔になる。
「あの黒い帯、あれは全て《魔物》という怪物なのです」
「あれが? ……どれだけいるの?」
「数は分かりかねますが、千から万で確定でしょうね」
目測情報であるからして曖昧ではあるが、少なくとも生半可な量ではないという事だけは分かる数値だった。
「魔物……って?」
「この世界で伝えられている、伝説上の怪物です。単体で数百から数千の人間と戦えるとされ、太古には幾度として現れたと言われています」
一騎当千と目された事もあるカイトだが、相手がそれと同じであると知らされ、さらにそれが数千規模で出現するとされればさすがに驚かざるを得ない。
「俺でどうにかなるのかな」
「ええ、その高い戦力もおそらくは旧時代換算ですよ。現代の兵装ならば数十から数百の間で落とせるはずです」
シアンは口にしなかったが、文献上の記録では、魔物の出現は軽く二百年以上前の事となっている。
「戦術についても経験が増えていけば、かなりの割合で軽減されていくはずなので、精鋭の騎士とカイトなら、犠牲者二十から三十程で防衛は可能と思われます」
「二十から三十……か」
「非常に多いですが、今後の伏線となりますので、どうにか抑えてください」
非常に多い、その一言だけでカイトは胸をなでおろしていた。
シアンがこの件に対して軽視していた場合、それは本格的にチェスなどの駒取りゲームとして捉えている事になってしまう。カイトはそれがたまらなく嫌だったのだ。
しかし、そんなカイトの心配とは裏腹に、シアンは数字的には僅かな犠牲者でも大切に思っている。戦力としてはいうまでもなく、道具などではない一人の人間としても重んじているのだ。
「ですが、カイトはその中に含まれてはいけませんよ。もし万が一、命の危険が迫った場合は逃げてください。わたしの権限で許してもらいます」
「……どうして俺だけ?」
「カイトは今後とも戦力として働いてもらう予定なので、この段階で亡くなられては非常に困ってしまうのです」
「それ、まるで俺が駒みたいだね」
事に気付いたシアンは何度も頭を下げながら、カイトの皮肉に対して謝罪を行った。
「あっ、ごめんなさい。そういう意味ではありませんので、気を悪くしないでください。……わたしとしましては、戦争の中盤に入る前に権限がなくなる可能性を読んでいるのですよ」
「姫なのに?」
シアンは頷き、話を続ける。
「お父様が切羽詰まれば、姫としての権限は役に立たなくなります。そうなった時、カイトが居てくれれば戦力保有差でわたしの意見も通せますので」
「まぁ、あのフォルティス王が全権を握る事になったら困るし、なによりシアンになら俺の命を任せられるから、いうとおりにするよ」
「ありがとうございます」
とは言ったものの、カイトが死にゆく者を平然と見過ごせるはずがない、という事は本人含めて誰もが理解していた。
「……そういえば、まだ聞いていない事があったね。それを聞かない事には気になって、戦いに集中できないよ」
「なんでしょうか?」
「悪いと分かった上で聞くけど、シアンはどうして、ミネアと喧嘩をしているんだい? それだけは、聞かせてもらいたい」
いままで思ったままに聞いていたカイトからすれば、こうして気遣いを入れた後に問うなどとは大きな変化、成長をしている。
長い沈黙を残し、シアンはベッドへと体を投げた。
「そうですね、話しておきましょうか」