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母さんが来た

いよいよ悠太郎の母さんがやってきました。


 天体観測の日から数日が立った。あれから僕らはすっかり元通りだ、おばあちゃんもそんなぼくろの様子を見て安心したらしい。

「悠ちゃん、宿題は終わったの?」

「あと・・・もう少しだよ」

「今日終わりそう?」

「ううん」

今僕は読書感想文やら、絵やら、絵日記やらに追われていた。算数などのプリント類は終わったのに安心していると命に「絵とか、読書感想文とかはないの?」と言われて今日気づいたのだった、今は絵を描いている、縁側から見える庭の景色を描いている。

「がんばってね」

「うん・・・」

命はそういうと麦茶を置いてどこかに行ってしまった。

「僕、絵下手なんだよな・・・」

自分で見て思う、幼稚園児並みの画力だと。はぁ、とため息が出る、いつもみんなに絵を見て笑われるのだ。

「どうしたら絵はうまくなるんだろう」

僕は今まで思ってきた疑問を誰に問うでもなく一人ぽつりと発した。こればかりは自分でもどうにもできない悩みだ。そういえば命の絵は結構うまかった気がする、うらやましいことこの上ない。

「うう・・・」

絵の具を塗っていた手が止まった、しまった絵の具がにじんでほかの関係のないところに広がってしまった、水色に赤がジワリと広がってゆく、僕はあわててティッシュでふきとった。

「ふぅ」

なんだかこれだけで疲れてしまった。僕は大の字になって縁側に寝転んだ。

「・・・何してんの悠ちゃん」

命があきれた顔で見下ろしている。

「何でもない」

「ふーん、そこ通るから少しのいてよ」

「ごめん」

命は縁側においていたスリッパをはいて洗濯物を取り込んでいた。暑いのにご苦労なことだ。

そんなことを考えながらぼーっとしていると命ににらまれた。

「絵早く終わらしたら?」

「だって・・・僕、絵下手なんだよ」

「見せて」

僕は命に絵を渡した、命は割威を噛み殺しながら言った。

「・・・味のある絵だね、うん、いいと思うよ」

「笑ってるじゃんか!」

「笑ってないよ・・・・」

後のほうに笑いを抑えれなかったらしくとうとう命は声を上げて笑った。

「ごめんね、つい、面白くて」

「ふん!」

「あはは」

僕もなんだかおかしくなって一緒に笑ってしまった、自分の絵を笑われているのになぜか笑いが出てきて抑えられなかった。そこにおばあちゃんが怪訝な顔をしながらやってきた。

「二人で何大笑いしているの?」

「・・・・」

「・・・・」

僕はおばあちゃんの問いに答えられなかった。命が僕の絵が面白いことで笑ってしまったと言ったら、命はおばあちゃんに僕の絵を渡した。

「あらあら、かわいらしい絵ね」

「へたくそでしょ?」

僕は口をとがらせながら言った。

「ううん、そんなことないわとってもかわいい絵ね」

「そうかな?」

「そうよ、悠ちゃんらしい絵ね」

「へへ・・・」

僕は照れてまた笑ってしまった。自分らしいという言葉は心地いい気がする。

「忘れてたわ悠ちゃん、言わなくちゃいけないことがあったのよ」

「何?」

「・・・明後日お母さんが迎えに来るって電話が来てたのよ」

「えっ!早くない?」

「ううん、もう八月の中ごろだしねぇ、もうそろそろかなって思ってたけど」

僕はすっかり忘れていた。ここが自分の家みたいに錯覚していた。

「僕、帰りたくないな・・・ずっとここにいたいよ」

「わがまま言っちゃだめよ」

「わがままじゃない!」

自分でも驚くほど大きな声を出してしまっていた、おばあちゃんと命が驚いている。

「わがままなんか僕は・・・言ってない」

そう、言ってないのだ。僕は母さんに田舎のおばあちゃんの家に夏休みの間行けと言われた時も内心嫌だったけど言うとおりにここに来たじゃないか。大人のほうがわがままで理不尽じゃないか。

僕の怒りは止まらなくなってきた、おばあちゃんにさえ腹が立ってしまう。

「悠ちゃん、怒らないで・・・」

「怒ってない」

「怒ってるよ」

帰りたくない。それがかなわないとは知っているが言っただけだったのに、どうしてわがままなんて言うんだよ。

「本当にわがままなのは大人だ」

「・・・」

おばあちゃんは何も言わなかった。ただ、僕の顔を悲しそうに見ているだけだった。


 その日から明日が来るなと願い続けていた、母さんも来ないでほしいと願った。

あんなにも行きたくなかったおばあちゃんの家なのに今は帰りたくないと思っている。

今は午前2時丑三つ時だ。この時間は幽霊が出るって母さんが言ってたな、そんなことを思った。

もう「明日」になってしまった。時間がたつのは早い。僕はこんなにも朝が来るなと願ったことはなかった。

その日は朝まで結局起きたままだった。


 朝、トイレに行くとおばあちゃんが朝ごはんの用意をしているところだった。命はまだ起きていないらしい、朝の5時半だった。

「悠ちゃん早いのね」

「うん・・・」

なんとなく顔を合わせづらい、おばあちゃんの顔が見れなかった。後ろめたくて仕方がない。

「丁度よかった、命もいないし話があるの座ってちょうだいな」

僕は居間の座布団の上に座った、おばあちゃんは僕と向き合うようにして座った。

「悠ちゃんの言うとおり、大人はわがままで勝手よね」

「・・・・」

僕は何も言えない。

「こんな田舎に急に預けられて・・・千香子は悠ちゃんをここに置き去りにしたのね」

「いや・・・仕事が忙しいんだ、母さんは」

「どんな理由であれ親は子供のそばにいなくてはならないの」

「だって僕んち父さんいないから、お母さんが働いてる、離婚したんだ」

「知ってるわ」

そうだろう。おばあちゃんは母さんの母さんなのだから。

「何で離婚したの?」

「さあ・・・何ででしょうね。私にもよく話してくれなかったわでもね、この子は私が働いて立派に育てるからって大声で私に言ったのよ」

「母さんらしいな」

「でしょう?」

「悠ちゃんは今までとてもさみしい思いをしていたのね、それにいきなり夏休みこんなところに行けって言われて、今度はせっかく住み慣れてきたところを離れなくてはならないし、帰りたくないって言ったら私が・・・わがままって言っちゃたしね」

「そんな、僕が悪かったんだよ、おばあちゃんは悪くない」

「ううん、おばあちゃんや千香子が悪いの」

千香子は僕の母さんの名前だ。

「でもね、許してちょうだいな。私もあなたの母さんも悪気があっていったわけじゃないの、それは知っといてね」

「うん」

電話が鳴ってそこで話は途切れた。

「悠ちゃん、今、お母さんが来たって、電話が」

「え、明日じゃなかったの?どうして・・・」

「急用ができて、明日の夜には帰りたいから今日来て休んで明日帰る・・・って」

蝉の音が遠くに聞こえた、いつもはうるさい蝉の声も今は全く気にならなかった。

「おーい!悠太郎!いるー?」

元気な聞きなれた声が聞こえた、久しぶりだとよろこぶ気にもなれず僕はただ呆然と座り込むしかなかった。

明日って言ってたじゃないか、僕は急に気分が悪くなる、どうしよう目が回る、回る・・・そこで僕の意識は途切れた。後は闇の中へと沈んでいった。

「悠ちゃん!」

命のあわてた声が聞こえたけれど目を開く気力もなかった。








もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。


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