真の勇者レベル10(6)
俺は、ホームセンターで『くの一』のお姐さんに、絡まれていた。
「兄ちゃん、かっこええ鎧やんか。木刀を差しとるとこを見ると、剣道の師範代さんとかぁ」
「いやぁ、全くそんなんじゃないっす。俺、ちょっと前に、この異世界に来たばかりで、そんな師範代なんてできっこないっすよぉ、ハハハ」
「ほぉー、兄ちゃん、ここ来たばっかなんか。とすると、あんた、勇者さんかい!」
(しまった。この世界のシステムを忘れていた。新参者は必ず『勇者』なんだった)
くの一のお姐さんは、ますます俺に興味を抱くと、
「勇者さんかぁ、……それでその鎧なんやなぁ。かっこええで、勇者さん。うち、勇者さんとお近づきになれて、ホンマ嬉しいわぁ」
くの一のお姐さんは、ますます俺に擦りよると、
「勇者さんやったら、戦う力、欲しいやろ。それに、この世界の情報も。うちやったら、戦力にもなるし、情報もぎょうさん持ってるで」
「わ、分かってるっす。お姐さん、『くの一』でしょう」
咄嗟のことで、俺は魔法の眼鏡で得た情報で、お姐さんの正体を知っている事を口に出してしまった。
「なんや、バレてたんかいな。その通りや。うちは『くの一』や。情報戦や敵の撹乱だったら、この『くの一のシノブさん』に任せなはれ。勇者さんのごっつい戦力になるで」
俺は、戦力がどうのこうのよりも、このひつこさと馴れなれしい態度に閉口していた。うちのチームにはもう二人も女の子がいて、しかも既成事実が出来たことになっている。これ以上、女の子増やしたら、何言われるか分かったもんじゃない。
「俺っち、もうチーム組んでるから、心配要らないっすよ。そいじゃー」
俺は早口でこう言うと、お姐さんの手を振り解いた。そしてそのまま、サンダーの待っている駐車場へダッシュで走って行った。
「あ、勇者さーん。待ってえな」
後ろ髪が引かれるのを必死でこらえて、俺はやっとこさサンダーのところまでたどり着いた。
急いでドアを空けると、運転席に飛び込む。すると、すぐにサンダーが話しかけてきた。
「勇者殿、大変だったようでござるな」
「ああ、くの一の女の子に絡まれしまったっす。もう、馴れなれしく擦り寄られて閉口したよ」
「勇者殿はおなごにモテるようでござるな」
開いたままだったドアを自動で閉めると、サンダーは揶揄するような口調で俺にそう言った。
「そんなことないっすよ。元の世界じゃ全然モテなかったのに。これも俺がラッキーだから?」
ラッキーはラッキーでも、『ラッキーすけべ』の方なのか。昔の俺だたら大喜びしたろうな。でも、巫女ちゃんたちとの一夜を経験した今では、女の子の怖さを本能的に悟ったような気がする。
「今夜、あの女性の誘いに乗っても良かったのではござらんかな」
サンダーは気楽に言ったものの、俺にとっては大問題だ。
「そんなこと出来る訳がないだろう! サンダー、取り合えずホテルに戻って欲しいっす」
「勇者殿は蛋白でござるな。まあ、それが勇者殿の美徳の一つでもござるが。取り敢えず、了解でござる。ホテルに戻るでござるよ」
そう言うと、エンジンが唸りをあげた。急回転するタイヤがアスファルトに擦れて、煙とともに小気味良い摩擦音を辺りに響かせる。サンダーは、急発進でぶれそうな車体を巧みにコントロールして、駐車場から弾き出されるように幹線道路に滑り込んだ。そのままホテルへの道を、法定速度ギリギリで突っ走ってくれた。
こうして、俺は、くの一のお姐さんをまいた……つもりになっていた。
くの一のシノブは、駐車場から出て行く車を眺めながら、
(このシノブさんを、甘もう見たらあきまへんで。勇者さんは、うちが絶対捕まえて見せる。そうせなアカンのや。もう……、もう時間があらへんのや。早ようせなアカン。早ようせな)
彼女は、心の中である決意をしているように見えた。
俺がようやくサンダーとホテルの駐車場に戻ったとき、通りの向こうをミドリちゃんと巫女ちゃんが歩いて来るのが見えた。大きな紙袋をいくつも持っている。
かく言う俺も、ホームセンターで仕入れた荷物を担いでいた。
「ミドリちゃん、巫女ちゃん、良いもの買えたっすか?」
俺が通りの反対側から、二人に声をかけた。それに気付いた二人は、こっちに向かって手を降っていた。
信号が青に変わるのを待って、俺のところまで駆け寄って来た女子二人組は、今にも満足げな顔をしていた。
「お帰り、勇者くん。新しい鎧、買ったんだね。よく似合ってるよ」
「本当ですわ、勇者様。ピカピカですわねぇ」
美少女二人に誉められて、俺も悪い気はしなかった。
「へへ、ちょっと奮発して、『小竜の鱗の鎧』を買っちゃった。本当に似合ってる?」
「勿論ですわ。すごく格好いいですよ、勇者様」
巫女ちゃんがもう一度誉めてくれた。なんか照れてしまう。
照れ隠しのついでに、俺はミドリちゃんに手を差し出した。
「たくさん買ったっすねぇ。荷物は俺に任せるっすよ」
するとミドリちゃんは、ちょっと遠慮気味に、こう言った。
「いや、大丈夫だよ。自分で持てるから。でも、服の他にも化粧品とかも買っちゃったから、もらったお金をほとんど使っちゃったんだ。ゴメンネ、勇者クン」
申し訳無さそうな魔法師に、
「気にしなくっていいっすよ。そのために渡したお金っすから」
よ、俺はそう言うと、三人でホテルのロビーを通って、自分たちの部屋へ戻った。
部屋に戻った俺たちは、早速、今日の戦利品を披露し始めた。
「はい、これミドリちゃんにいいかなって思って買っておいたんだ。軽合金の小手だよ。接近戦で切りかけられても、大概の刀なんかはこれで防げるんだって」
魔法中心で戦うミドリちゃんは、魔法力を溜めているときや、呪文の詠唱中には隙きが生まれやすい。その対策にならないかって、思ったんだ。
「ありがとう、勇者くん。大事に使うよ」
「それから、巫女ちゃんにはこれ」
そう言って、俺は、三個の丸い球がついたペンダントのようなものを見せた。
「これは、『魔法力貯蔵球』なんだって。この玉に、魔法力を込めて貰うと、自分の使えない魔法や、魔法力が切れた時に、貯蔵玉に溜め込んだ魔法を使えるんだって。後でミドリちゃんに、攻撃魔法や防御魔法を込めて貰うといいよ」
彼女は三個の球を受けとると、その胸に大事そうに抱きしめた。
「まだ治癒魔法と探知魔法しか使えないわたくしには、とっても嬉しい贈り物です。勇者様、ありがとうございます。魔法師様、よろしければ、後で魔法力を充填してくださいませんか」
「もちろんだよ、巫女クン」
そう言って、ミドリちゃんも快く快諾してくれた。
「じゃあ今度は、わたくしたちが買ってきたものをお見せますわね。ほら、魔法師様、こちらへ」
そう言われたミドリちゃんだったが、何故だか困ったような顔をして、巫女ちゃんにちょっと抵抗していた。
「やっぱり、あれ着るのかい。ボク、恥ずかしいよ」
「大丈夫ですよ。魔法師様なら、きっとよくお似合いになりますわ」
巫女ちゃんに促せられて、多少渋々であったが、ミドリちゃんが着替えのためにバスルームに消えた。
しばらくすると、魔法師は恥ずかしそうに、ちょこんと顔だけを出した。よっぽど照れているのか、耳まで真っ赤だ。
「ほら、魔法師様。勇者様に、お洋服をお見せしてあげましょうよ」
尚も巫女ちゃんは、引っ張り出そうとするものの、彼女の抵抗は大きかった。
「だって、やっぱり恥ずかしいよ」
「大丈夫ですわ。魔法師様、自身を持って下さい」
「でもなぁ……」
散々抵抗したあげく、とうとう観念して表れたミドリちゃんの衣装は、紅のチャイナドレスであった。
俺は、それが余りに似合ってて、すごい美人に見えたものだから、口も聞けずにいた。
ミドリちゃんは、それを勘違いしたらしく、
「ほら、やっぱり。こんな派手なドレスなんて、ボクなんかには似合わないよね。ははは、巫女くんに執拗に薦められたから、買ってはみたんだけど。ボクにはいつもの普段着の方が、気楽でいいや」
そう言いながら、ミドリちゃんは俺から顔を背けた。
そこで「はっと」我に帰った俺は、
「そ、そんなこと無いっすよ。すごく大人っぽくて、すっごく美人に見えるっす」
「え? ホ、ホント? ちょっとお化粧もしたんだけど。へ、変じゃ無いかな」
「ほんっとうに、美人っす。俺なんかが隣にいるのが恥ずかしいくらいっす」
ミドリちゃんは、少し照れているように見えたが、俺が誉められたことがまんざらでもない様子だ。そこへ、今度は巫女ちゃんが表れた。
「勇者様、わたくしのはどうでしょうか。このヒラヒラしたのがかわいくて、気に入ってしまいましたの」
巫女ちゃんの服は黒の『ゴスロリ』であった。なるほど、良く似合っててかわいい。
「巫女ちゃんも、よく似合ってるっすよ。カワイイっす」
「ありがとうございます、勇者様」
そして、ミドリちゃんが続けて次のような提案をした。
「今夜の夕食は、ここのホテルのレストランにしようと思うんだけど、いいかな?」
少し、恥ずかしげに頬を染めている。思うに、二人はこの衣装で夕食に行く気なのだろう。
「う~ん、そうすると、鎧姿の俺っちはかなり浮いてしまうっすが。まぁいいかぁ。たまには豪華な食事もいいっすね」
そこで、ミドリちゃんと巫女ちゃんは、お互いに顔を見合わせると、ちょっとイタズラっ子のように、クスリと笑った。
「ボク達、勇者くんがそう言うと思って、勇者くんの服も買って来たんだ」
そう言うと、二人は紙袋からゴソゴソと、黒のブレザーとパンツを取り出した。
「勇者くん、これなんだけど。ど、どうかな?」
「わたくしと魔法師様とで選んだんですよ。きっと、勇者様に似合うと思いますわよ」
服を渡されて、俺の事まで考えくれた二人に感謝していた。
「俺っちの事まで考えてくれて、ありがとうっす。早速、来てみるっす」
俺は、紙袋を受け取ると、そそくさとバスルームに入った。そこで鎧を脱ぐと、二人が選んでくれたブレザーに着替えてみた。
自分の姿を、壁にはめ込まれている鏡で見てみる。ちょっとだけだが、大人っぽく見えるような。格好いい……のかな?
取り敢えず、二人に見てもらおうと、俺はバスルームから顔を出した。
「どうすか。似合ってるっすかね?」
ミドリちゃんも巫女ちゃんも、ちょっと頬を染めて、同時に同じことを言った。
『格好いい』
「マジすか! とっても嬉しいっす」
名々がドレスアップをしたあと、女性陣はお化粧とか髪のセットなどをしていた。
その間に、ちょうど夕食時になった。
「それじゃ、そろそろ行きますか」
俺たち三人は、夕食を摂るべくホテルのレストランに向かった。
俺もこんなレストランは来るのは初めてだった。テーブルマナーどころか、何を注文すればいいのかも、皆目検討がつかない。異世界人の巫女ちゃんは、なおさらだったろう。それで今回は、ミドリちゃんお奨めのコース料理にした。
「俺、こんな豪華なレストランのコース料理なんて初めてっす。なんか緊張してきたっすよぉ」
「大丈夫だよ、勇者くん。ボクは前にも泊った時もここで食べたけど、文句なく美味しいよ」
「わたくしも初めてなので、どんなお料理が出るか楽しみですぅ」
そんな談笑をしている間に、ワインとオードブルが運ばれてきた。
ミドリちゃんが、
「取りあえず、ワインで乾杯しようか」
「ミドリちゃん、お酒なんか大丈夫っすか?」
「異世界に、お酒を勇者に飲ませちゃダメっていう法律は無いよ。それにワインだよ。度数も低目だから大丈夫だよ」
ウ〜ム。異世界のモラルって、妙なところで穴があるよな。
でも、折角ミドリちゃんのお勧めなんだ。ワインにも挑戦してみよう。
「じゃあ、これからの旅の安全と勝利を願って、乾杯っす」
『乾杯』
その後、俺たちは、コース料理とワインで楽しい夕食をしたのだった。




