勇者見習いレベル1(2)
俺はコーラの空瓶を手に、『勇者の棍棒』を引き摺りながら、のたのたと道を歩いていた。高かった太陽が傾きかけている。早く人のいるところへ行って、何か食べないと。
HP : 6/10
うわぁ、またHPが減ってる! このままではマジで死んじまうぞ。しかも、闘いや謎解きをするまでもなく、『餓死』とは。あまりにも、情けなさすぎる。
やっとの思いで、歩みを進めていると、遠くに人影が見えた。何かに座っているようだ。
俺は、HPを消費せぬよう、早歩きで人影へ急いだ。
「あんた、どうしたんだい?」
おお、日本語だ。言葉が通じるぞ。俺は息が上がっていてすぐには答えられなかった。俺が男を見上げると、
行商人:Level 3
HP :15/15
攻撃力 : 8
防御力 : 9
魔法力 : 0
道端で商売をしていて、物を売ったり買ったりできる
「す、すんません。こ、これで食えるもの買えますか?」
俺はなけなしの五円玉を差し出すとそう言った。
「五円かい。それじゃ、このチョコレート一個だな。そっちの空瓶を売ってくれるのなら、五円と合わせてソーセージ一本だな」
「え、これお金になるんですか?」
「ソーセージ一本分は、かなり勉強してるがね。ん、どうするあんちゃん」
俺は迷わず、ソーセージをもらった。
「う、うめぇ。ソーセージがこんなうめぇとは」
俺は、ソーセージをガツガツほおばりながら、涙を流していた。
「そうガツガツせんでもソーセージは逃げないよ。あんた見かけない顔だね。旅行者かい?」
「似たようなもんです」
「ははは、この道は三ヶ月に一度くらいに、あんちゃんみたいのが通るからな。あんちゃんも、『気が付いたらこの世界に来てた』ってやつかい?」
「そ、そうです。気がついたら、この世界に来てて……、ようやっと話せる人と会えたところです」
「そうかい。なら、いいこと教えてやろう。そこの道を少し行くと森があるんだが、そこにオオトカゲやらなんやらが棲んでるんだ。そいつらを狩ってきたら、大きさにもよるが、一匹百円で買ってやるよ」
「一匹百円って、ほ、ほんとっすね!」
「ああ、買ってやるとも。オオトカゲは、生じゃ食えたもんじゃあないが、乾燥すると旅行用の保存食になるからな」
俺は自分のHPを確認した。
HP : 8/10
おお、大分回復したぞ。よし、やってやる。
「その先の森ですね。行ってきますよ。一匹百円、忘れないでくださいね」
「おう、あんちゃんもがんばれよ」
俺は、大急ぎで森までの道を走った。
目の前に見えた森は、鬱蒼としていて、昼間というのに薄暗かった。
俺は周りに注意しながら森へ入ると、獲物を探した。
五分も歩いただろうか、突然目の前の茂みがガサガサと音を立てると、イグアナのような一メートルくらいの大きさの爬虫類が這い出てきた。こちらを睨んでいる。
オオトカゲ : Level 1
HP : 4/5
攻撃力 :4
防御力 :3
攻撃的な性格で、口から毒液を吹き付ける
これなら、やっつけられるかもしれない。気を付けるのは、毒液かぁ。
俺は、『勇者の棍棒』を構えると、注意しながら、間合いを詰めた。
オオトカゲは「キシャー」と吠えると、一気に俺に飛び掛かって来た。
ナムサン、俺は渾身の力を絞って、棍棒を振り下ろした。「ガツン」という音がして、オオトカゲは地面に落ちると動かなくなった。
「やった、やっつけたぞ。さすが『勇者の棍棒』。一発でやっつけるなんて、すごい攻撃力だ。これで百円ゲットだ」
取りあえず、こいつを持って帰ろうとしたところに、またガサガサという音がして、さらに三匹のオオトカゲが現れた。
中に、一匹だけ大きいのがいる。俺は注意深く見つめた。
火トカゲ:Level 3
HP : 15/20
攻撃力 : 12
防御力 : 9
サラマンドラの幼生体。凶暴で、怒ると口から火を噴く。
レベル3かよ。これじゃぁこっちもただでは済まんな。ってか、殺されるんじゃないか? ここにきて、ゲームオーバーはたまらん。逃げるか?
考えているうちに、二匹のオオトカゲが、飛び掛かって来た。
俺は棍棒を振り下ろすと、また、「ガツン」と音がして、オオトカゲが地面に転がった。一方俺の方も左肩の爪痕から血をにじませてる。HPは7に減っている。
奴らの素早さから、逃げ切るのは無理のようだ。仕方ない。一発必中を狙うしかない。俺は二匹のトカゲがなるべく一ヵ所にかたまるように、間合いを探りながら移動した。
俺は棍棒に意識を集中させた。技が出せるのは、一回きり。ハズレは許されない。じりじりと後ずさりながら、細い小道に誘導する。と、突然二匹が俺に飛び掛かって来た。
「今だ、『一文字崩し』」
俺は『勇者の棍棒』を横なぎに振り回した。「ドゴン」と音がして、二匹がまとめて吹っ飛んだ。二体のトカゲは近くの大木にぶつかって、地面に落ちると、ヒクヒクと痙攣し、そのまま動かなくなった。俺のHPは3まで減っていた。
「あ、危なかったぁ」
俺はその場にへたり込むと、左肩の傷をおさえた。
「もう出てこないよな……」
それにしても、さすがは『勇者の棍棒』。レベル 1の俺が使って、レベル 3の火トカゲを倒せるとは。大事に使わなくちゃならないな。
しばらくへたり込んでいたが、もうトカゲなどの類が出てくる様子がないので、俺はそろそろと、トカゲの死体に近づくと、尻尾をつかんで回収していった。
「結構重いな」
さすがに、オオトカゲ四体を運ぶのには、荷が重い。
それでも、一匹百円のために、力を振り絞ってトカゲを担ぐと、さっきの行商人のおっさんのところまで、運んで行った。
「よう、お帰りぃ、あんちゃん。その様子だと、大漁のようだな」
俺はおっさんのいたところまで、ようやっとたどり着くと、その場にへたり込んだ。左肩の傷が痛む。HPは2まで減っていた。
「おっさん、オオトカゲ三匹に、火トカゲだ。いくらになる?」
「ほお、火トカゲかい。珍しいモンが獲れたな。火トカゲの生血は、精力剤になるんだ。干し肉も高い値で売れる。あんちゃんの奮闘に敬意をこめて、千円でどうだい。火トカゲの生血もおまけに付けるよ。オオトカゲの方も一匹百五十円出そう」
「あ、ありがてぇ。それで頼むよ」
「あんちゃん怪我したのかい。この葉っぱをはっつけとくといいよ。半日もすれば、傷が治る。この葉っぱは何回も繰り返し使えるから重宝だよ。これもサービスでつけといてやるよ」
「す、すまねぇ」
おれは、葉っぱを受け取ると、着ていたパジャマを脱いで、左肩に葉っぱを貼り付けると、パジャマを割いて包袋にしてぐるぐる巻きにした。少し、痛みが引いた気がする。
「おう、採れたぞ、火トカゲの生血だ。どうだ、飲めるか?」
俺はおっさんから、生血の入ったグラスを受け取ると、口に流し込んだ。ドロドロしていて、生臭い。それでも、無理をして喉に流し込むと、なんだか身体が回復してくるような気がした。HPを調べると、10/11になっている。
「おっさん、助かったよ。あと少しで死ぬところだった。ありがとな」
「なぁに、わしゃ、あんちゃんみたいなのを何人も見てきたからな。トカゲに返り討ちになったのか、帰ってこなかったやつも少なくねぇ。本当にあんちゃんはラッキーだよ」
「ああ、本当にそうだ」
取りあえず、俺は当面の危機を乗り越えたのだった。