真の勇者レベル10(3)
俺は、巫女ちゃんの作った『精のつく珍味』と『媚薬のキノコ汁』の為に、大変な目にあっていた。
今夜はゆっくりと眠れるようにと、ブレイブ・ローダーの居住区に入れてもらえたまでは良かった。だが、ゆったりふかふかのベッドで眠っていると、あろうことか、我らの美少女二人組──巫女ちゃんとミドリちゃんに夜這いをかけられたのだ。
え? 立場が逆だろうって?
仕方がないだろう、今日の戦いで死にかけたから、マジでヤバいくらいに疲れてたんだよ。それに、『エッチないたずらは絶対にしない』って、ミドリちゃんに約束させられたし。
俺だって、もう『真の勇者』なんだ。約束は守る。それが、勇者──漢ってやつさ。
ところが、ところがだよ。どこでどう間違ったか知らないが、俺は今、両脇にスヤスヤと眠る美少女二人を侍らして、ベッドの中にいる。
疲れ切っていたのと、彼女たちの肢体が俺の両腕を下敷きにしていた所為で、動くこともままならなかった。勿論、媚薬で性的に興奮させられて、しかもこんな刺激的な状況下では、ゆったりと眠りを慾るどころかうたた寝さえできる訳がない。
結局、俺は、明け方近くまで一睡もできなかった。
これって、いったい何の拷問だよ。安心しきって眠る彼女たちに何かエッチなことをしたら……。いや、こんな状態になってしっまった時点で、もう死刑確定だ。折角、真の勇者として認められたのに、こんなところで挫折するとはなんて不幸なんだよ、俺。
そうやって一晩中、自身の不幸を嘆き続けていたら、とうとう外が明るくなり始めたようだ。やっと媚薬の効果も薄れてきたのか、俺の意識に霞がかかってきた。ようやくうつらうつらしてきた時、囁くような声が問いかけてきた。消えかけた俺の意識は、一旦現実を認識した。
{勇者くん、起きてる?}
この声は、脇に眠っていたはずのミドリちゃんだ。もう、目を覚ましたのか?
(こ、こ、殺される。絶対、死刑確定だ。思えば短かったよな、俺の人生……)
そう思って絶望の淵に捕えられている俺に、もう一度声がかかった。
{勇者くん起きているんだろ。返事しろよ}
{ぅぅ……起きてるっす}
{昨夜のボク……、お、おかしなところ……無かったかなぁ}
{おかしなところって、……なんか変なキノコ汁に酔っちゃったのか、いつもと違ってたっす……よ}
勿論、昨夜ミドリちゃんの方から夜這いをかけてきたなんて言えっこない。言ったら最後、この場で原子にまで分解されてしまうに違いない。俺は口にする言葉を慎重に選んだつもりだった。
しかし、ミドリちゃんが期待していたのは、違う答えだったようだ。
{そうじゃなくって、……ボクの、……あっと、ほら、身体。あのさ、……ボク、経験無かったからさ。えっと、……やり……方? よく分からなくって……}
え? 何? それって、何のこと? この場合、何て応えるのが正解?
{えっと、……そ、そうなんすか?}
仕方がないので、当たり障りのない内容を、巫女ちゃんが起きないように小声で応えた。
{う〜ん……そうかぁ。あ、でも、この下に何も着てなかったから、勇者くんもきっとやりやすかったよね}
(ん? あれ? 何の事を言ってるんだ。なんか大きな勘違いをしているような……。ってか、いつの間にか既成事実になってないか!)
{勇者くん}
{え?}
{スキ}
あああぁぁぁぁ、そんなとろ~んとした目で見つめられると、本当にイケナイ事をやってしまいそうだぁ。でも、ナニをしようにも、俺の手は、二人の下敷きになっていて塞がってるんだよな。って、え? そうだったぁ! 巫女ちゃんもいたんだ、反対側に。
「……う~ん。あ、勇者様だぁ。おはようございますぅ、勇者様♡」
ああ、とうとう巫女ちゃんまで起きちゃったか。しかし、どうしたのだ。最後の”♡”って、何の意味? なんとはなく、巫女ちゃんも誤解しているような予感がしたが、取り敢えず当たり障りのない返事をしておこう。
「お、おはよう……巫女ちゃん……」
「昨夜のわたくし、どうでしたかぁ。いっぱい可愛がってくれたんですよねぇ。ね♡」
「えっ? ああ……ええっ!」
(何だ⁉ どうしたんだ、いったい。俺の知らないうちに何が起こったんだ?)
事、ここに来ては、嫌な予感しかしない。俺は、右も左にも顔を向けられなくって、天井を見続けることしかできなかった。自分の背中が、冷汗と脂汗を足して二で割ったような気持ち悪い湿気でベタベタしてくるのが鮮明に感じられた。
「わたくし、殿方に可愛がってもらうのは初めてでしたので、上手く出来たかどうか心配です。長老様に教わった通りにしていたつもりですが……、変じゃ……なかったです……か?」
おーい、その長老様って人。純真な美少女にいったい何を教えたんだよっ。もし勇者の能力の中に時間移動ってのがあったら、絶対に過去に戻って長老様に一言言ってやりたい。そして、異世界に青少年育成条例ってのを作って広く知らしめるように説教してやる。
でも今は、この緊急事態に対処するのが先決だ。
「え、え~と、変じゃないと……思う……よ」
ああ……、結局、俺は無難な言葉でお茶を濁しただけだった。
「わたくし、勇者様が困らないように、下は裸でしたの。やり易かったです……よね?」
(わあああああ、ここでも既成事実ができたことになってる。そんな二人が一つの布団を俺と共有結合していて分子運動が22.4ℓのアボガドロ数って。……そう、これは修羅場か? まさかこれが俗に言う、修羅場ってのじゃないのか?)
俺は、背中を冷汗でベットリさせながら恐怖につつまれていた。いったいこれからどうなるよいうのだ。
「そっかぁ、巫女くんもかぁ。これでボクたち、本当の絆で結ばれたんだね」
「そうですわね、魔法師様」
「でも、勇者くんは、昨夜二人を相手にしたんだから、きっと疲れてるだろう。もうちょっと寝てていいよ。朝食の支度は、ボクと巫女くんでするからさ♡」
「はい、魔法師様。勇者様はゆっくりお休みください♡」
いや、だから、その最後の”♡”って何? そんな俺の思惑も構わずに、二人は俺の寝ていた布団からスルリと抜け出すと、その場で普段着に着替え始めた。もう、俺の目なんか全然気にしていない様子だ。裸のお尻がまる見えである。
しかし、
「ケツ、見えてるぞ」
なぁーんて絶対言える訳がないし。
な、何だ? これはどういうことなんだ? 殺されなかったのはいいんだけど……。なんか、いつのまにか『した』と言うことで既成事実になってる。しかも、二股。
せっかく『真の勇者』になったのに、一晩で『鬼畜勇者』誕生? 何それ。巫女ちゃんとミドリちゃんも、前よりも仲良くなっている。これが噂に聞いた『ハーレム』というものなのか?
これって、そんな物語だったっけ? 異世界だから許されるの?
俺の数少ない脳細胞は完全に混乱して、何が何だか分からなくなっていた。しかし、それも昨日の激戦の疲れと完徹した眠気には勝てず、睡魔が襲ってきた。そうして、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
「……ま。……うし……さま……」
「う、う〜ん」
どのくらい眠っていたのだろう? 俺は誰かの呼ぶ声で、意識を取り戻し始めた。
「……さま。勇者様、お食事のご用意が出来ましたよ」
巫女ちゃんの声だ。この声を認識した時点で、俺は目を覚ました。
「あ、あぁ、巫女ちゃん。……おはよ〜うっす。ふぅ~む……。俺、どのくらい寝てたっすか?」
未だしょぼしょぼする目蓋をこすりながら、俺はベッドの傍らに立つ美少女に訊いた。
「ええ~っと……、三十分ほどでしょうか。よくお休みになられてましたよ。今日はよく晴れていますわ。お陽様の下で、朝ご飯をお食べになってはいかがでしょうか」
ニッコリと微笑む彼女の顔を見て、俺の意識はしっかりとした。
「そっか、ありがとうっす。すぐ着替えて行くからね」
「はい、勇者様」
いつも通りの柔らかくて丁寧な言葉遣い。だが、何だか俺に語りかける口調に、艶がこもっているような気がするのは、気のせいだろうか?
いやいや、それよりも、もう朝飯なんだ。皆待っててくれたんだよな。
俺は、手早く身支度を整えると、革の鎧を身に着けた。そういや、ゾンビ・ヘッドに穴を開けられたまんまだよな。鎧も買いなおさなくっちゃな。
そんなことを思いながら、俺はローダーから降りた。
ブレイブ・ローダーを降りた俺を待っていたのは、少し赤い顔をしたミドリちゃんだった。
朝食は、トーストと野菜サラダ。それから、即興で作ったラプトルのハム。それと玉子焼きだった。今までの携帯食や保存食中心の食事と違って、今日は豪勢だ。
「元の世界を思い出して作ったんだけど、勇者くんの口に合うかな?」
気の所為かミドリちゃんも、いつもとは違う色っぽい雰囲気のような気がする。やっぱり昨夜のことは、夢じゃなかったんだ。と言うことは……、彼女たちとの間に男女の関係が出来てしまった事が既成事実化してしまったのか! 実際は、未だなんにもしていないと言うのに。うぅぅ……。
俺が簡易テーブルの前に座ると、右に巫女ちゃんが、左にミドリちゃんが寄り添うように座った。二人とも俺を巡って諍いを起こしている様子は……無いな。いや、むしろ、俺を二人の共有財産として認め合ったっていう感じだ。どういう事だろう? 俺は今後の発言に気をつけなければど思った。
その時、左側から少しハスキーな魅惑的な声がした。
「トーストは、ボクが千切ってあげるね」
美人の魔法師はそう言うと、千切ったパンを俺の口元に運んだ。
「じ、じ、じ、自分で食べれるっすよ」
「いいんだ。ボクが、してあげたいだけだから。ねっ」
いつもの威圧的な気の強さは微塵もない。そんな風に言われたら、逆に反抗できる訳がない。
「そうっすかぁ……。なら、お言葉に甘えて。んぐんぐんぐ。なかなか美味いっすね」
「よかったぁ。焼き加減とか結構気にしてたんだ。勇者くんが美味しいと言ってくれて嬉しいよ」
なんか、お淑やかなミドリちゃんは、新鮮な魅力があった。
「こちらの、玉子焼きも美味しいですよぉ。わたくしが食べさせてあげますね。はい、あ~ん」
それに負けじと、右からは小鳥が囀るような可愛らしい口調と共に、豊富なタンパク質に香辛料が混ざった香りだ漂ってきた。
「み、巫女ちゃん、それは恥ずかしいよ。ミドリちゃんもサンダーもいるし……」
「わたくしのは、口にしてくれないのですか……」
俺が照れ臭くて抵抗したため、巫女ちゃんは物凄く悲しそうにな顔をした。同時に、ミドリちゃんは、俺に対して不満目な眼差しを送っていた。
これって、俺が悪いの? ならば……えっとぉ、食べなきゃいけないってことか? 恥ずかしいんだが、仕方がない。
「えっと、そんなことないよ、巫女ちゃん。ちょっと恥ずかしいけど、食べさせて。あ~ん」
すると、巫女ちゃんの顔が、パァッと明るくなった。
「分かりましたわ。はい。……お味はどうですか?」
「あ、黄味がトローッとしていて美味しい。あと、コショウかな? よく味を引き立ててくれてる。本当に美味しいよ」
「本当ですか、勇者様! わたくし、勇者様に美味しく食べてもらって、とっても嬉しいですぅ」
あああああ……、既成事実がなし崩しに成立していく。俺は、自分の中の純粋で清らかな部分が、ガラガラと音をたてて崩れていくような気がした。
これで「本当は何も無かった」なんて言ったとしたら、絶対殺される。それだけは阻止しないとならない。俺は二人への対応に細心の注意が必要な事を、心に刻み込んだ。
一方のサンダーは、俺たち三人の様子を、遠くから生温かく見守っていた。
(男になったでござるな、勇者殿。拙者も嬉しいでござる)
ムッツリスケベな勇者ロボは、勝手に勘違いしてくれていやがった。
そんなこんなでラブラブの朝食を済ませると、俺たちは後片付けと出発の準備を始めた。
「サンダー、一番近い町までは、どのくらいあるっすか?」
俺は、早く次の街へ移動して、この状態から開放されたかった。
「ざっと、半日くらいでござる。お昼ご飯時には着くと思うでござるよ」
俺がサンダーと相談をしているところへ、へミドリちゃんと巫女ちゃんもやって来た。
「ああ、ここか。この町には、ボクも行ったことがあるよ。結構大きな町で、舗装道路も駐車場も完備していたはずだ。ええーっと、コイン洗車場やガソリンスタンドもあったと思うんだが」
「なんと! 洗車場でござるかっ。その上、スタンドもあるとは! それは、朗報でござる。拙者、是非とも洗車をお願いしたいでござるよ」
「そうですわね。サンダーも、キレイにしてもらいましょうね」
「よおし、それじゃ、出発しよう」
気を取り直した俺は、皆に声をかけた。
『はい』
そろった返事は、改めてチームの結束の固さを表しているような気がした。
そして次の町への道中。俺は、珍しくサンダーの後部座席に座っていた。今は、ミドリちゃんが運転席、巫女ちゃんが助手席である。『俺を巡っての不公平はなくそう』という心理だろうか。
俺は、昨夜まともに寝てない所為もあって、後部座席でうつらうつらしていた。
「勇者殿、もう少しで町に着くでござるよ」
サンダーのこの声で、俺は意識を取り戻した。
「もう、そんなとこにまで来たのか」
「さすがにブレイブ・ローダーは目立つので、この山岳地帯に隠しておこうと思うのでござるが」
「その方がいいっすね。でも、ブレイブ・ローダーを無人で放おっておいて、大丈夫っすか?」
「ブレイブ・ローダーは、高度な魔法力を持っているでござる。拙者や勇者殿の命令が無い限り、迷彩魔法と防御魔法で、強固に守られているでござる」
「そっか、凄いんだなぁ。じゃぁ、皆、必要な手荷物をブレイブ・ローダーからサンダーに移しておくっすか」
「了解した」
「分かりましたわ」
俺たちは、手荷物を詰め込んだリュックや鞄を持つと、それらをサンダーの貨物室へ突っ込んだ。
「じゃぁ、サンダー、町へ出発してくれないか」
「分かったでござる」
こうして俺たちは、次の町へと向かった。




