できそこないのヒーロー
できそこないのヒーロー
午前2時、携帯電話の着信音で目を覚ました翔は、ベッドから起き上がり、暗闇の中、机の上で光を放つ携帯電話を手に取る。
液晶画面に表示される『未来』という文字。
好意を寄せながらも、それが恋かどうかも分からないまま、兄妹のような関係を続けてきた幼稚園からの幼馴染で、現在、同じ中学校に通うクラスメイト。
少し気が弱いが、意思はしっかりしていて、曲がったことが大嫌い。誰とでも打ち解け優しくできる、心のきれいな14歳の女の子。
「もしもし? なんだよ、こんな時間に」
電話に出たカケルは、少々怒った口調でそう言う。
「うん…ごめんなさい…急にカケル君の声が聞きたく…なったから……」
「お前なぁ、そんなの、こんな夜中じゃなくても、明日になればイヤって程……ミク? お前、なんかあったのか?」
微かにごもり、震えたミクの声。それを聞いて取り、異変に気付くカケル。
「ううんっ、何もないよ」
「なんかあったんだろ? 今、家か? 両親は旅行だって言ってたけど、連絡は取ったのか? 兄貴はどうした!!」
「ひっ、いやっ………」
堪えきれず漏れたミクの微かな悲鳴が、カケルの耳に届く。
「ミクっ! 大丈夫か? 何があったんだ! おい、ミクっ!!」
「平気、何も無いからっ!!」
「嘘つくな! 平気なもんか! 待ってろ、今行く」
「平気なのっ! 平気だから…本当に、ただ声が聞きたかっただけなの…だから、こないで…」
「ミク…そこ動くな、今すぐ行くから!!」
電話を切り、脱ぎ捨ててあった服に慌てて着替え、家を出て、自転車に飛び乗り、暗がりの中、小さなライトと月明かりを頼りに、必死に自転車を走らせるカケル。
ミクの家にたどり着いたカケルは、自転車を投げ捨てるように飛び降り、玄関のドアを開け、靴を脱ぎ捨て、息も絶え絶えに階段を駆け上がり、ミクの部屋へと向かう。
「ミクっ!! ミク…お前……」
部屋の中央には、瞳に涙を溜め、うつむき、掛け布団を身体に巻きつけ座り込むミクの姿。
掛け布団の隙間から覗く素足から、衣服を身に着けていないことは、容易に想像がつく。
部屋内に散乱するボタンの弾け飛び、引き裂かれたミクの衣服や下着、ベッドのシーツに残る赤い染み…カケルの幼稚な頭でも、ここで何があったのかが理解できてしまう。
「カケルくん…見ないで…お願い……」
かすれた、か細い声で呟くミク。歩み寄り、肩膝を付き、ミクの両肩にそっと手を添えるカケル。ミクの肩が、小刻みに震えているのが分かる。
「ミク…クソっ! 誰が、こんなことを…兄貴はどうした? …まさか!? 兄貴…なのか?」
ミクは、必死に首を横に振り、否定して見せるが、その仕草が、カケルの推測を確信に変えてしまう。
「エリートなら、何やったって許されるっていうのかよ…ゆるせねぇ…クソっ! クソっ! クソーーーっ!!」
立ち上がり、握り締めた両拳を震わせ、怒りを抑えきれず叫び声を上げるカケル。
ミクの兄は、成績優秀でスポーツ万能、成績は、常にトップを走り、所属する陸上部では、短距離走のエースとして、全国大会の常連になっている。
東大受験を控え、周囲の期待を一身に受けるミクの兄。それとは対照的に、勉強は全くダメ、多少運動神経がよく、小学生の頃から続けてきたサッカーも、大会では地区予選の3回戦止まり。
幼いころから比べられ、見下され続けてきたカケルにとって、ミクの兄は、何をやっても手の届かない雲の上の存在であると同時に、一種のコンプレックスだった。
「よくもミクを…ゆるせねぇ…絶対ゆるせねぇ…」
「カケルくん…お兄ちゃんは悪くないの…お兄ちゃんね、小さい頃からみんなに期待され続けて、それに応えなきゃって無理に勉強し過ぎて、それでストレスが溜まって…」
兄の行為を必死に正当化しようとするミク。そんな気持ちとはウラハラに、折れた心が涙となり、ポロポロとこぼれ、止まらなくなる。
誰よりもミクを見て、一緒に過ごしてきたカケルは、兄を憎むことのできないミクの心の優しさを知っていた。
それだけに、その心を踏みにじったミクの兄が許せず、カケルの中で何かが切れた。
「あのヤロー…ぶっ殺してやる!!」
「ダメっ! カケルくんっ! 行っちゃダメーーーっっ!!」
ミクの精一杯の呼び声も届かず、部屋を飛び出していったカケル。
近くのゲームセンターでミクの兄を見つけたカケルは、怒り任せに殴りかかるが、ミクの兄は、4歳年上なうえ、身体能力にもかなり差があり、一度もケンカなどしたことのないカケルに対し、真似事とはいえ、格闘技をかじっていたミクの兄とでは全く勝負にすらならず、ミクの兄のストレスのはけ口と化したカケルは、一方的に殴られ続け、気を失ってもなお、その暴行は続き…通報により警察官が駆けつけた頃には、ミクの兄は逃走し、血まみれになり、動かなくなったカケルが横たわっていた。
幸い、一命をとりとめたカケルだったが、全身打撲に内臓の損傷、腕や足、肋骨など十数か所の骨折という重傷で、三ヶ月の入院を余儀なくされる。
病院搬送後、数日が経って、ベッドの上で目を覚ました全身がギブスや包帯で覆われ、まるでミイラのような状態のカケル。
ミクのことが心配で、連絡を取りたかったのだが、身動きが出来ない為、電話も出来ず、見舞いに来る両親や友人に尋ねても、元気にしてるなど、曖昧な返事が返ってくるばかり。
入院後、数週間が経ち、やっと動けるようになったカケルは、ミクに電話を掛けてみるが、何度掛けても携帯電話はおろか、自宅の電話さえ繋がらず、友人を問い詰める。
初めから予感はしていた…考えないようにすればするほど、脳裏に浮かぶ最悪の結末…自分に気を使い、事実を隠す両親や友人、それに気付いていてもなお、そんなことは無いのだと信じたかったカケル…。
ミクは、カケルが病院へと搬送されたその日の午後、自宅の浴室で手首を切り、自殺…事実は、カケルの想像を裏切ってはくれなかった。
カケルには、すぐに分かった…自分のせいなのだと…。
ミクが生きていく道を創ることができたのは、この世でただ1人、カケルだけだった。
ミクが自殺しなければならなかった理由は、兄ではなく、カケルだろう。
自分のせいで、カケルに、命にかかわる程の重傷を与えてしまった…身体に一生消えることの無い傷を残してしまった自分は、もう、カケルと共に歩んでいくことはできないのだと…。
普段は、気丈に振舞って見せるカケルだったが、1人になると、後悔や憎しみ、未熟さ、自分への怒り、そして、かけがえの無い大切なものを失った悲しみに苦悩し、涙を流す日々が続いた。
退院し、訪れたミクの墓には、非情にも憎むべき兄の名前が刻まれていた。
ミクが自殺してすぐ、ストレスと妹の死により、精神に異常をきたした兄は、両親を包丁で刺殺、自らも近くの集合住宅の屋上から飛び降り、命を絶ったのだという。
ミクの墓を前に、掌を合わせることすらできず、ただ立ち尽くすカケル。
怒りをぶつけられる唯一、心の逃げ道だったミクの兄は、もう、この世に存在しない…カケルは、たった一人の少女すら救えなかった自分自身のちっぽけさを認識し、すべての怒りを自らに抱え込むしかなかった。
「…ごめんな、ミク…ごめんな……」
拳を握り、肩を震わせ、鼻をすすり、呼吸を荒げ、ボロボロと涙を流し続けたカケル…それっきり、カケルがミクの墓を訪れることはなかった。
それから2年………
時の流れは残酷なもので、どんなに想っていたといっても、血が繋がっていたワケでも、恋人だったワケでもないミクの存在は、カケルにとってその程度だったのだろうか、次第に薄れ、殆ど思い出すことすらなくなっていた。
それと同時に、自分自身への怒りや憎しみ、後悔、そういった感情も薄れていき、そしてカケルは変わった…いや、本来の自分に戻ってしまったというのが正しいのだろうか?
たった1人の少女すら救えなかった奴に、この先、いったい何が出来るというのだろう…そう、何も出来るワケがない。カケルは、自分のことを、自ら見限ったのだ。
初めから出来ないと分かっているのなら、何もしなければいい、何も始めなければいい…あんなに一生懸命に続けていたサッカーも、あっさりとやめてしまった。
世の中には、努力で報われる人間と、いくら努力したところで報われない人間とがいる。
カケルは、自分は生まれながらにして後者なのだと、それとなく気付いていた。
いくら好きだとはいっても、自分には才能が無い。どんなに努力したところで、将来、プロになれるワケでもない。
今、息を切らし、歯を食いしばり、汗を流し、泥まみれになりながら辛い練習に耐えているこの時間は、無駄なのだろうと分かっていてなお、サッカーを続けてこられたのは、がんばっている自分を見せたい人がいたから、見ていてくれる人がいたから、それだけで無駄ではないのだと思えたから…。
「なんだよ、話って。今どき、下駄箱に手紙なんて古風なことしやがって」
放課後、夏休みを間近に控えた、午後の暑い日差しと、うるさいくらいのセミの声が響く中、呼び出しを受けたカケルが向かった校舎裏。部活動に汗を流す生徒たちの声が各所で響き渡る賑やかな校舎敷地内において、人気がなく、静まり返るこの場所。そこに立つ1本の木の木陰に立っている1人の女子生徒。
隣のクラスで、体育が一緒になる為、何度か見かけたことはあるが、話をしたこともなければ、名前すら知らない。
多分、自分を呼び出したのだろうその女子生徒の前に立ったカケルがそう言う。
カケルのことが見られず、恥ずかしそうにうつむき、心の中で何度も繰り返した言葉が、いざカケルを前にすると、想う様に言葉になってくれないまま、何も言えず、モジモジしていた女子生徒は、大きく深呼吸して一間置き、意を決したように真剣な眼差しでカケルのことを見つめる。
「私っ、あなたのことが好きなの! お願い、私とつきあって!!」
ドキドキする胸を右手でギュッと押さえ、ありったけの想いを込め、少し上ずった声でそう叫んだ女子生徒。
「なんだ…そういう話なら、俺はパス」
必死な女子生徒をよそに、告白を受けたカケルは、そっけない態度で背を向け、軽く手を上げて見せ、その場を立ち去ろうとする。
「待って! 私、入学した頃から、ずっとアナタばかり見てきた。本当にアナタのことが好きなのっ!! 私の何がいけないの? 友達からでいいの…だから……それとも、他に好きな人、いる…の?」
そのまま立ち去るつもりでいたカケルの足が止まる。
伝わる女子生徒の真剣さ、込み上げる自分への苛立ち…舌打ちをし、足の向かう先はそのままに、しかたなく顔だけを後ろへ向けるカケル。
「あのさ、俺じゃ、お前のこと、守ってやれねえから…俺みてえなダメな奴忘れて、もっといい奴探してくれよ…それから、俺は、誰も好きになったりしない。それだけだ。じゃあな…」
そう言い終え、立ち去るカケル。
「それでも私…あきらめないからっ!!」
カケルの背中に、女子生徒の声と、悲しくも真剣な眼差しが刺さる。
「クソっ!!」
校舎の角を曲がり、女子生徒の視界から自分が消えたことを確認したカケルは、吐き捨てるようにそう言い、立ち止まって壁に向かい、もう一度舌打ちをすると、八つ当たりのように壁をつま先で蹴りつける。
ふとよぎる過去の記憶…全国中学サッカー春の大会、地区予選、一回戦。後半、終わり間際で3対0の3点ビハインド。
弱小校ながら、一年生にして背番号10を背負うカケルへ向けられるミクの声援…。
もう、どんなにがんばってみたところで、勝てる見込みなどない。それどころか、実力差は明白で、ゴールを奪うどころか、これ以上離されないようにすることさえ困難に思えるほど。
見ていて、それが分からないハズなどない。それでもなお、真剣な眼差しでカケルを見つめ、声を張り上げ続けるミク。
その声が響くたび、カケルは、やる気を失い、止めたがっている足を動かさざるをえなくなり、惨めさで胸は張り裂けそうになり、不甲斐無い自分が、この世に存在していることを否定したくなる。
「…たく、女ってやつは、こんなできそこないに何を期待するってんだよ…クソっ…」
視線を落とし、表情を暗く沈ませたカケルは、ボソリとそう呟き、右拳を握りしめ、軽く壁に押し当てると、その場を去り、帰路についた。
数日後、朝の教室、賑やかな教室の、中央廊下寄りにあるカケルの机の周囲に集まる数人のクラスメイトが、たわいのない会話で盛り上がる中、席に座り、つまらなそうに頬杖をつくカケル。
チャイムが鳴り、教室を訪れた担任の教師。生物、科学の担当、小柄でメガネに七三分け、いつも白衣で、見るからに頼りない、その教師の後について教室へと入ってきた女の子が、共に教壇に立った。
身長は、150センチに満たないほど、細身で色白、少々幼さの残る顔立ち、肩に付かないほどの長さで、サラッとした明るい栗色の髪。
見た感じハーフなのだろうか、日本人の雰囲気の中に、どことなくヨーロッパ系の気品を感じさせるその女の子は、黒板に『イトウ アイ』と、妙に角ばったカタカナで自分の名前を書いて見せる。
「今日は、みんなに転校生を紹介するぞ」
担任の声、ドッと沸きあがる生徒たち、担任の制止も聞かず、騒ぎ立て続ける生徒たちの声に負けないようにと、女の子は、精一杯の大きな声を張り上げる。
「イトウ アイです! よろしくお願いしますっっ!!」
意外にも、まったくクセのない流暢な日本語でそう言い、深々とお辞儀をした女の子。
クラスの女子たちは、それなりの反応なのに対し、男子は、拍手喝采の大盛り上がりを見せ、女の子は、顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむいてしまう。
そんな光景を、1人、冷ややかな態度で、見るわけでも見ないわけでもなく、傍観していたカケル。
特に興味もなく、品定めというワケでもないのだろうが、なんとなく女の子の顔に目を向けたカケルは、その視線が自分へと向けられていることに気付く。
気のせいだろうと一度目を逸らし、もう一度向けてみたカケルの視線と女の子の視線がぶつかる…何かを訴えかけるような女の子の、どこか悲しげな瞳…騒がしい教室の中、一瞬、時が凍りついたように2人の時間だけが止まる。
『おねがい…助けて…』
瞳から伝わる女の子の感情…カケルには、そんな女の子の声が聞こえたように思え、なぜか、その女の子…アイの姿にミクの姿を重ねて見てしまう。
今のカケルには、なぜかなど分からず…だが、そのことに驚き、時を取り戻したカケルは、我にかえる。
『あんな女、知らねえし、アイツだって俺を知ってるハズがねえ…気のせいだ…どうかしてるんだ、俺は……』
心の中で、そう自分に言い聞かせるカケル。逸らした視線を、もう一度アイに向けることができない自分への苛立ちを抑えられず、突然立ち上がる。
「すいません、気分が悪いので、少し横になってきます」
一瞬、静まり返る教室内、担任へそう言い残し、そそくさと教室を出たカケルは、保健室のベッドの上、両手を頭の後ろに組み、寝転んで、真っ白な天井を見つめる。
「クソっ……」
カケルの口から、はけ口の見つからない怒りが、声になって漏れる。
いったい何に、こんなにもイラついているのか…何もしない自分に? 何もできない自分に? それとも、何かをしなければと、心のどこかで考えてしまいそうになる自分に? 結局、何にせよ、自分に対しての怒り…逃げ道を探し、その矛先をアイに向けてしまいそうになる自分…そう、それが正しい、それでいいのだと、自分に言い聞かせ、目を閉じるカケル。
寝てしまえば、何も考えずに済む…だが、そう思っていたカケルの脳裏に残るアイの姿が、閉ざされた視界の中、鮮明に浮かび上がる。
『おねがい…助けて……』
そう助けを求めるアイの姿に、声に、ミクが重なる。
『くっ…お前ら…俺をそんな目で見るな! なんで俺なんだよ! 俺は何もできない! 何もしないっ!!』
布団を頭まで被り、うずくまるカケル。
『俺を巻き込むなよ…不幸になるなら、勝手になってくれ。俺の知らないところで…な。
頼むよ…なあ……』
関わらなければ、始まらなければ、結末に怯えることはない…アイを避け、アイからのアプローチに怯えながらの生活を続けるカケルだったが、意外にも、何も起こらないまま、数日が経過していた。
アイの明るく人懐っこい性格は、すぐにクラスメイトたちに受け入れられ、とけ込み、今、クラスの中で話題と笑顔の中心にいるのは、いつもアイだった。
聞き耳を立てずとも嫌でも耳に入るアイの声に、耳を塞ぎたくなるカケル。
その声が聞こえるたびによみがえる忘れていたハズのミク…カケルにとって、アイはミクなのだろう。
アイの存在に触れ、ミクとの記憶がよみがえるたび、カケルの中に顔を覗かせる以前の自分…戻りたい…そう思う自分が、アイをミクにしている。
もう一度、何事にも一生懸命になれたあの頃の自分に戻って、やり直せるかもしれない。いや、もう一度同じことを繰り返すかもしれないのなら何もしなければ…カケルの気持ちは、前者に傾いている…が、目を背け、逃げ出し、後者を選んでしまう。
多分、イラついているのは、そんな自分に対してなのだろう…だが、それでもなお、今のカケルには後者を選ぶしかなかった。
自分は、できそこないだから…どうせ何もできはしないのだから…。
体育の授業、体育館を中央からネットフェンスで仕切り、男女を分け、共に自習で、バスケットボールが行われていた。
コートの中でボールを追いかけ、はしゃぎまわるクラスメイトたちを横目に、それに参加することもなく、体育館隅の壁際に座り、周りに集まる数人の友達のつまらない話に相槌を打ち、愛想笑いをしていたカケル。
フェンスを挟んだ反対側の壁際では、そんなカケルにチラチラと視線を送り、カケルの話で盛り上がる3人の女子生徒がいた。
「みなさん、楽しそうに何のお話をしているんですか?」
だらしなく床に座り、話し込んでいた3人の前にしゃがみ、そう言って話しに割って入るアイ。
「ん? ホラ、カケル君のこと。カッコいいと思わない? なんか雰囲気が他の男子と違って、大人っぽいっていうかさぁ」
「そうそう。密かに、みんな狙ってるのよね~カケル君。あれ? そういえばマミ、告白するって意気込んでたじゃん」
「へへっ、しちゃったよっ」
「うわっ、抜け駆けっ! ま、どうせフラれたんだろうけど、どうだったよ」
「ひどっ…ま、フラれたんだけどさ」
明るく、開き直っている様にそう言い、一瞬沈んだ表情を笑顔に変えて見せるマミ。
それなりに傷付いているのだろうマミの気持ちを、知ってか知らずか、女とは残酷なもので、「で、どんなだった?」と興味津々、2人の女子生徒とアイが、瞳を輝かせ、顔をマミに寄せる。
「最初はさ、必死で告白してるのに、そういう話なら俺はパスなんて言って、そっけなく帰ろうとしちゃって…私、ホント必死だったから、なんとか呼び止めようと思って、入学した時からずっと好きだったとか、友達からでいいのとか、私のどこがいけないの? 他に好きな人がいるの? なんて、今思うと恥ずかしいんだけど、そんなこと叫んだの。そしたらカケル君、俺じゃ、お前のこと守ってやれないからって。カッコつけて言ってるのかなって思ったんだけど、なんか目がスゴイ真剣な感じで…でね、俺は誰も好きになったりしないって言われて…」
「へぇ~…じゃあ、あの話ホントだったんだ。前にカケル君と同じ中学だった男子から聞いたって話を違うクラスのコに聞いたんだけど、中2の時に、ずっと仲のよかった幼馴染のコが自殺しちゃったんだって」
「なるほど。そのコを守れなかったこと引きずってるってワケだ」
「なんか、そういうのって惹かれる~。私がその心の傷を癒してあげたい~って感じ?」
「分かる分かる~。そういう男の弱いところって母性本能くすぐるのよね~」
「なによっ! 2人だけで盛り上がっちゃってさっ。そういうことなら、まだ私にもチャンスありなんだから! 私、守ってもらわなくてもいいもん。私が逆に守ってあげちゃう。私、絶対あきらめないもんねっ」
そう言って、拳を握り、闘志を燃やすマミ。
「…あのっ! その、カケルさんの幼馴染が自殺したって話、もっと詳しく聞かせてもらえないですか?」
恋する3人のパワーに、なんだか圧倒され、会話に入れずにタジタジしていたアイが、そう尋ねる。
「私も、又聞きの又聞きだから詳しくは分かんないんだけど、カケル君以外は詳しい事情を知らないんじゃないかって…ゴメンね、アイちゃん」
「そう…ですか…いえ、ありがとうございます」
「えっ、なに? アイちゃんもカケル君に興味アリ?」
敵が増えた感ありで、少々敵意を込めてマミが言う。
「えっ、いえ、その、まあ…」
曖昧な返事を返すアイ。
「もしかして、カケル君の心の傷を癒して、一歩リード狙い? 顔に似合わず、随分、卑怯なんだ~アイちゃんっ」
「アイちゃん、萌え系だからな~…強敵現るって感じだよね~マミ?」
「う~~~私、負けないんだからねっ!」
「いえ、あの、そういうワケではないんですけど…」
3人に言い寄られ、いじられ、少々困った顔のアイ。一瞬浮かべた思いつめたように沈んだ瞳にカケルを映す。
『あなたは、きっと優し過ぎるんです…だから、私、あなたならって思ってしまう…酷なことだって分かっています。それでも、あなたならって……』
昼休み、アイを避ける為、一人屋上に上がったカケルは、何をするワケでもなく柵に
両手を掛け、16年間暮らしてきた見慣れた町並みを眺める。
アイが現れて以来、よく思い出してしまうミクとの記憶…視界に飛び込む思い出の場所…一緒に通った通学路、下校途中よく一緒に立ち寄ったバーガーショップ、まるでデートのように一緒に出かけたデパート、映画館、時間も忘れ話し込んだ公園のブランコ…。
『はは…よく忘れていられたよな…最低だよな…俺って…』
いつも、どこにいても、どんな時も、隣りにいたのはミクだった。
思い出のすべてがミクでできていることに改めて気付くカケル。
「忘れて逃げようなんて、虫が良すぎるってか…許してくれるわけねえよ…な…やっぱ」
そう呟いたカケル。柵を掴む両手に力がこもり、失ったものの大きさと、自分への怒りから込み上げた涙が、目尻に溜まる。
その時、カチャッと屋上入口のドアの開く音が聞こえ、音に反応し、反射的にチラリと真後ろにあるそのドアの方へ視線を向けるカケル。
視界に入るアイの姿…カケルは、慌てて涙をゴシゴシと拭い、視線を逸らし、無視を決め込み、入れ替わりに屋上を去ろうとする。
「待って下さい!!」
アイは、そう声を張り上げ、背中で入口のドアを閉め、後ろに回した左手でドアノブを、右手でドアを押さえ、『行かせない』という確固たる意思表示をして見せる。
立ち止まるしかなく、逃げ道を失ったカケルは、アイに背を向けることしかできない。
『避けられていることは分かっています。それに、その理由も…それでも私は、あなたとお話がしたい。その為に私は、この学校にきたんです』
「はあ? お、おいっ! これ、耳…じゃねえよ…な」
カケルに聞こえるアイの声…ただ、それは、耳からではなく、直接頭の中に響いているような、そんな不思議な感覚で…。
「お前、いったいこれ、どうなってる…て、なんでお前…」
驚き、振り返ったカケルの瞳に映ったアイは、まるで哀れむようにカケルを見つめ、大粒の涙をポロポロと流していた。
『私の脳波をカケルさんの脳波にシンクロさせているんです。本来なら、A級犯罪者以上への強制自白に使用するシステムで、それなりの審査と資格が必要ですし、無断使用すると、法律で重く罰せられるんですが、もう、その法律が施行される場所が存在しないですから…』
その泣き顔で語られる、違和感のある淡々とした語り口。全く動いていない口元、頭の中に響くアイの声。
「ちょっと待てよ! ワケわかんねえって」
『いけないことだと分かっているんです。でも、どうしてもカケルさんのことをもっと知りたかったから…ごめんなさいっ! カケルさんの記憶を勝手に見せてもらいました』
『俺の記憶を…見たって…そんなことできるワケねえ…けど、じゃあ、なんでコイツ泣いてるんだ? 俺の記憶を見て?』
口には出していないカケルのその考えに対し、『はい…』というアイの返事が、カケルの頭の中に響く。
「じゃあ…本当のこと…なのか?」
カケルの問いに、そっとうなずいたアイは、両手の甲で涙を拭い、ニコッと作り笑いをして見せる。
「もう、システムは解除しました…私のお話、聞いてくれますか?」
一瞬の間、迷うカケル…今なら、まだ逃げ出すこともできるだろう。
だが、それをせず、「ああ」と返し、柵に背をもたれ、腰を下ろしたカケル。
アイは、その横に肩が付くほど寄り添い、膝を抱えて座り、屈託の無い笑顔を見せる。
気まずさと気恥ずかしさに、そっぽを向くカケル。
しばらくの沈黙、少し汗ばむような初夏の照りつける日差しの中、爽やかに吹きぬけた風が2人の髪を揺らす。
「ふぅ…きもちいい…」
少し仰け反り、目を細め、風に身を任せるアイ。
そんなアイにチラリと視線を送り、硬い口元を少しだけ緩めたカケルは、同じように風に身を任せ、空を眺める。
カケルは、ずっと考えていた…なぜ逃げ出さない、逃げ出せないでいるのかを…。
明確な答えは出ない、だがカケルは、なんとなく気付いていたのだろう。
アイにミクの姿を重ねるたび、寄せていた好意をも重ねてしまおうとしている自分に。
こうしてアイの近くにいることで、ミクの存在を感じられ、どこか満足感を覚えているのだろう自分に。
「カケルさんってモテるんですね。クラスの女子がウワサしているのを聞きました。他の男子と違って、雰囲気が大人っぽくてカッコいいって」
カケルの顔を覗き込み、少しからかうようにそう言うアイ。
「他の奴と違って、人生あきらめてるから、そう見えるんだろ? そういうもんだろ? 大人って。こんな、できそこないのダメな奴、どこがいいんだか…そのうち気付くって」
吐き捨てるようにアイへ言葉を返すカケル。そんなカケルを見つめるアイの瞳が曇る。
「私も、カケルさんのこと、カッコいいと思います」
「…お前も、そこらのバカ女どもと変わんねーのか…ガッカリだな」
「そう…ですね。私、生まれも育ちもみんなとは全然違うけど、でも、みんなと同じ、私も女の子だから…今のカケルさん、以前のカケルさんよりも大人びていて落ち着いた感じでとてもカッコいいんだと思います。でも、私しか知らないカケルさんは、もっとカッコいいんです。勉強はできなくて、スポーツもそこそこ、何もできなくても、それでも、何事にも一生懸命だったカケルさん。きっと周りから見れば、カッコよくなんかなかったのかもしれない。でも、ミクさんには、世界で一番カッコよく見えていたハズです。ミクさんには分かっていたから。カケルさん、自分の為には何もできない不器用な人だけど、誰かの為なら頑張れる、人の心が分かる、誰よりも優しい心を持った人だって。今のカケルさんが、きっと本来のカケルさんなんですよね? それでも戻ってほしい。戻りたいと思っているなら、自分を押さえつける必要なんてない。これ以上、自分を責める必要なんてないんです」
しばらくの沈黙…返す言葉の見つからないカケル。出すか出さないか、浮かんだ言葉に迷うアイ…。
「カケルさんは、何も悪くない! 悪いのはきっと…きっとミクさんです!!」
他人が触れることなどない、自分しか知ることのない心の場所。
自分が可愛くて、重荷をすべて他に押し付け、逃げる心…そんな自分が許せず、隠し、追いやり、閉じ込めた、自分の一番醜い場所。
それでも、目を背けてはいけない、自分の一番大切な場所…。
意を決したアイは、カケルへと身を乗り出し、真剣な眼差しを向かい合わせ、強い口調でそう言った。
「なっ!? なんなんだよお前は!! さっきから分かったような口利きやがって…お前に俺の、ミクの何が分かんだよ! 悪いのは全部俺、そうだろ?」
他人が触れることのない場所=他人が触れてはいけない場所…。
立ち上がり、声を荒げるカケル。アイは、そっと立ち上がり、そんなカケルの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「分からないのかもしれない…でも、分かるんです。ミクさんが、どうして自殺しなければいけなかったのか分かりますか? カケルさんなら、あんなことがあった後でも、いつも通り、何も変わらず、まるで何事も無かったように優しく包み込んでくれるって、ミクさんには、きっと分かっていた。でも、お兄さんから受けた一生消えることの無い心と身体の傷は、カケルさんへの負い目になり、そんな負い目を感じたままカケルさんと一緒に歩んでいくことはできない、カケルさんがいないこの先へ進むくらいなら、ここで歩むことをやめてしまえば…私がもしミクさんでも、そんなことを考えてしまうかもしれない。でも、誰よりもカケルさんのことが好きで、誰よりもカケルさんの優しさを知っていたミクさんなら分かっていたハズです。自分が自殺することで、カケルさんを苦しめることになるってこと。ミクさんは、心の重荷をカケルさんに背負わせて逃げた…悪いのはカケルさんなんかじゃない、ミクさんなんだって、カケルさんだって…」
「ちがうっ!! 悪いのは俺…守ってやれなかったんだ…俺に力があれば…俺には何もないから、だから…」
うつむき、爪が手のひらに食い込むほど両拳を握り、振るわせるカケル。
アイは、カケルの右拳に両手を沿え、そっと包み込む。
「もう、無理に自分を責めないで下さい。誰もが他に押し付け、逃げ出してしまう心の重荷を、自らに抱え続けるカケルさんの優しさは、人間としては不器用なのかもしれない。でも、それは、カケルさんにしかない強さだから…何も無くなんかないっ! その優しさは、誰にも負けない強さになるって、私は、そう思うからっ」
カケルの右拳をギュッと握り、必死にそう言い放ったアイの瞳に涙がにじむ。
そんなアイを見て、カケルは表情を緩ませ、呆れたように軽くため息をつくと、左手をポンとアイの頭に乗せる。
「まったく、女ってやつは、どうしてこう…お前、バカだろ? なんで、お前が俺のことで必死になってんだよ。違うだろ? 別に俺は、お前と馴れ合いてーワケじゃねえってーの。俺のことは、どうでもいい。ホラ、話してみろよ。しかたねえ聞いてやっから」
そう言ったカケルは、アイに背を向け、柵の前に立ち、両肘を掛ける。
「本当にいいんですか? 今ならまだ…」
「聞かずに逃げる…か。お前、俺のことは、全部お見通しだもんな。汚ねえだろ? 俺は、お前のこと一つも知らないんだぜ? ありったけ話してみろよ。けど、変な期待はすんなよ? お前、随分、俺のこと買いかぶってるみてえだけど、俺、何にもできないからな」
顔だけをアイへ向け、そう言い終えると、また戻すカケル。
アイは、ゆっくりと足を進め、カケルの横に並び、柵に両手を掛ける。
「私、始めに話したけれど、本当にカケルさんに会う為に、ここに来たんです。カケルさんだけに…でも、すべてを話してしまう前に、どうしてもカケルさんのことが知りたくて、普段の生活や、周りからの反応も見てみたくて、カケルさんだけじゃなく、カケルさんにかかわる人たちにも会って、いろんな人に会えて、すごく良くしてもらって、毎日が楽しくて、普通の女の子みたいに生きられたのは本当に久しぶりで…それで今、後悔しています。すべてを話せば、ここでの私の役目は終了、また戻らなければならないから…」
アイが何を言っているのか、よく分からず、キョトンとしているカケルを見て、ニコッと笑って見せるアイ。
「信じてもらえないと思うし、冗談みたいに聞こえてしまうかもしれないですけど…私ね、この惑星の人間ではないんです」
本当に冗談でも言うようにサラッとそう言ったアイ。
「それ、信じなきゃなんだろ? できりゃ、信じたくねえんだけどな」
アイの顔を見て、軽く溜息をつくカケル。アイは、そんなカケルを見て、不思議そうに首を傾げる。
「お前ってさ、分かりやす過ぎるんだよ。あんまり冗談言うような奴にも見えねえし…まあ、お前が外国から来たスパイでとか、異世界からやってきたとか、実は、腹違いの兄妹でとか、色々考えてたからな。ワリとまともな方なんじゃねえの? そんな驚きゃしねえよ。どうせ、それって本題じゃないんだろ? いいから話せよ」
嬉しそうに目を細め、少しだけ笑ったアイは、そっとうなずき、表情を沈ませ、重い口を開く。
「今、地球は、ある惑星からの侵略を受け、滅亡しようとしています」
「なっ!? まさか、それも信じろっていうのか?」
「はい…私は、この太陽系から、ずっと、ずっと離れた、地球の文明では確認することも、たどり着くこともできない、遥か彼方の惑星からやってきました。でも、私の帰るべきその惑星は、もう、この宇宙のどこにも存在していません。奴等が…奴等は、資源の豊富な惑星に目をつけ、その惑星の人間を皆殺しにして、資源や食糧を吸い尽くし、カラになった惑星を、廃棄を兼ねて破壊する…そうやって私の星も含め、既に数十の惑星が消滅しました。そして、奴等が次に目をつけたのが、この地球なんです」
「ちょ…ちょっと待てよ! なんで俺にそんな話を…なんだよそれっ! それで、まさか、地球を守る為に、俺にそいつらと戦えなんて言うんじゃないだろうな」
真剣にカケルの瞳を見つめ、「はい…」とうなずいて見せるアイ。
「はぁ? 冗談じゃない! 何考えてんだお前!! どう考えたって俺にそんな力があるワケねえだろ?」
「いえ…カケルさんには、あるんです。この地球で唯一、この地球を、この宇宙全体を守ることのできる力が…」
アイの有り得ない、どう考えても理不尽な要求に怒り、怒鳴り散らすカケル。
アイは、そんなカケルの瞳を真っ直ぐに見つめ、そう言う。
「私の父は、全宇宙の中でも類を見ない素晴らしい科学者でした。父は、奴等の侵攻を知り、奴等から大切なすべてを守る為、あるものを開発したんです」
アイは、右の掌に載せたそれをカケルに見せる。
色は銀色、材質は、金属なのか合成樹脂なのか分かりかねるが、一見、少し大きめの腕時計のようなもの。
ただ、文字盤は無く、そこには、掌の中にフィットし、納まる程の大きさの楕円形状の
ものがあり、先端に赤色で四角形のボタンのようなものが、左右に一つずつ並んでいる。
「これは、人間という器が持つ事の出来る力を極限まで高めることのできる変身ブレスです。今現在、このブレスを超える兵器は、全宇宙を探しても、見つからないと、私は思っています。ただ、これには、2つだけ欠点があるんです。1つは、このブレスとの適合性の認められる人間にしか扱えないこと。そして、2つ目は、ブレス装着者の適合率によって、その能力が決まること。適合性さえあれば、たとえ0.1パーセントの適合率だったとしても、このブレスを扱えます。確かに、それでも、人間の力を遥かに凌駕した力が得られます。でも、それでは、奴等に通用しない。およそ1万の雑兵だけでも惑星1つを軽々と壊滅できる力を持ち、その上に立つ四天王と呼ばれるものたちは、個々がそれぞれ、惑星を宇宙の塵にできる強大な力を持っている。そして、それらを束ねるもの…私の父と母は、このブレスを装着して奴等と戦いました…が、四天王によって殺され、母の付けていたブレスは破壊され、これは、父の付けていたもの…弟も父と母のカタキを取るため、ブレスを装着しましたが、適合性のなかった弟は………私は、父の研究と、このブレスを引き継ぎ、奴等の侵略から難を逃れることのできた数十人の研究員たちと共に奴等と戦いながら、ブレスの適合者を探し続けました。そして、奴等のターゲットになったこの地球にやってきて、偶然、適合者を…カケルさんを見つけたんです」
「…くそっ…俺しかいないから…だから俺に戦えって? 俺が戦わなきゃ地球滅亡ってか…そりゃねえだろ! できるワケないじゃんか! 俺、ケンカすらしたことないんだぜ?大体、そんなこと、いきなり言われて、それ信じて、はい地球の為に戦います…なんて有り得ねえし、お前の親だって、それつけて戦って死…いや、わりぃ…」
アイの顔が見れず、視線を逸らすカケル。
「いえ…私は平気ですから」
平然を装い、少しだけ笑って見せるアイ。だが、よみがえるあの時の記憶とともに、込み上げる怒りが、ブレスを持つ右手に力をこもらせ、忘れられない悲しみが涙となり、瞳に溜まる。
「カケルさんの言う通りですね…ごめんなさい、私…えっ…あっ…ごめんなさい…泣くつもりなんかないのに…あれ…おかしいなぁ…へへへっ…」
堪えきれず落ちた涙を左手で拭い、無理に笑って見せようとするが、笑うことのできないアイ。
脳裏に焼きついて離れない、あの時見た光景…四天王と戦う両親を研究所でモニタリングしていたアイ…敵の右手が父親の胸を貫く瞬間を、母の首が切断される瞬間を…。
「…分かってるんだ。お前が嘘なんて言ってないことも、それなら俺が戦うしか無いってことも…でもよ、なんか真実味が無いって言うか、実感わかないじゃんか。今はホラ、こんなに平和で、いつも通り何も無いワケだし、それに俺なんて奴は、弱っちくて、すぐ逃げ出すような奴で、地球とか宇宙中の星とかさ、そんなのの命運任されたって無理に決まってるって」
アイへ背を向け、屋上入口へと歩き出すカケル。
「ホントわりぃ…他あたってくれよ…」
足を止め、振り返り、ボソリとそう言ったカケル。
アイは、まだ涙の滲む瞳のまま、精一杯の笑顔を作って見せる。
『くそっ!!』
心の中で叫び、両拳を握り、震わせるカケル。
アイの笑顔は、カケルを惨めにさせ、それ以上この場にとどまる事など出来ず、逃げ出したカケルは、入口のドアを開け、階段を下りていく。
ゆっくりと閉まるドアの隙間から背中に触れるアイの…ミクの視線が、ガチャンという音とともに消え、それと同時に心に灯っていた灯も消えたような気がして、暗闇に覆われた心の中、行き場を見失ったカケルは、意思も表情もないまま、『逃げ出す』という本能に従い、ただ足だけを前へと進める。
と、その時、ズドンという物凄い衝撃音と同時に学校全体が縦に一度、大きく揺れる。
屋上に何かが…立ち止まり、恐る恐る振り返り、屋上入口のドアを見たカケルの全身を悪寒が走る。
直感で感じとったのだろう、あのドアの向こうにある絶望的な何かを…そして告げる、あの向こうには行くなと…。
無意識に後ずさりした右足が、階段を一段下がる。
『また逃げるのか?』
止まる足、心の中、カケルとは違う、心のもっとも深い場所に追いやられたもう一人のカケルが、その足に向かって、そう問いかける。
『いつまで逃げる気だ? お前は、いつもそうだ。今もそう、ミクの時だって…あの時、怒り任せに飛び出したのは、結局逃げたんだろ? 傷付いたミクの心を癒してやれる自信がない、更に傷付けるかもしれない、だから、ミクの傍にいることから無意識に逃げたんだろ? サッカーのことだってそう。確かにお前にゃプロは無理だろうな。それでも、誰かに押し付けられたワケじゃねえ、好きでやってたんだろ? 高校、大学、どっかの会社のチーム、草サッカーだっていいさ。そんなヘタなワケでもねえんだから、どこでだっていい、一生続けられんだし、この先の努力次第じゃ、そこそこにはなれるんじゃねーの? ユニホーム、シューズ、遠征費用、その他こまかいのも入れりゃ、結構金もかかる。将来何の役にもたたねえもんの為に親に迷惑かけらんねえってか? お前は、ミクがいなくなったことを口実に自分の心からも逃げたんだ。いつも自分のことはそっちのけで、他人のことばかり…都合よくとれば、お前は、アイの言う『誰よりも優しい心を持った人』なんだろうけどな、俺に言わせれば、自分自身の無い奴なんだよ、お前は。自分が無いから、他人のことが気になる。自分を他人に重ねて、他人に優しくしているようで、実は自分に優しくしているだけ。お前の優しさは、自分が無いことでくっついてきたオマケで、ただの偽善、しかも肝心の所で逃げ出す最低のオマケ付きだ。いつまで逃げる? いつまで偽善者を続けるつもりだ? 本当のお前は、違うハズだろ? あいつは…アイは、分かってくれてるみたいだぜ? 考えろ、お前は何がしたい? 傷付けるかもしれない、守れないかもしれない、無理、出来っこない、違うだろ? お前は、いつも何もしない。逃げるだけで、その結果を一度も見たことが無い。他人のことよりも、先に自分のこと考えてみろよ。確かに、お前は何もできねえダメな奴だから、結果は、お前が考えてるようなものになることも多いだろうけど、自分自身の想いで行動したその結果は、どうであれ、それは偽善じゃない、本来のお前の優しさだ。そんで、それは伝わるハズだ。ミク…アイや、その他、これからお前に関わる奴等にきっとな。どうせ、お前は弱っちいんだ、逃げるななんて言わねえよ。けどな、まず考えろよ。お前自身、何がしたいのか。そんで、たまにでいい、想いのまま逃げないで先に行ってみろよ。まあ、毎回だと、不幸になる奴が増えちまうしな。それでも、お前の想いは、そいつの力になると思う。お前の優しさってな、ワリと強いんだ。自信持っていいぜ? で、お前は、今、何がしたいんだ?』
「…守りたい」
屋上の扉の向こうを見つめ、ボソリとそう言ったカケル。
『上出来だ。これで俺も用無し…になりゃいいが。一つ言っとく。アイが言ってた通り、あの時、ミクの傍にいてやっても、結果は変わんなかったかもしんねえ。自殺したミクも悪いんだろうけど、お前は、その1000倍は悪い…が、それが、100倍とか10倍くらいにはなったろうし、お前自身の力の無さを悔やむだけで済む。勝手に自殺した=ミクが悪い。自分の力の無さでミクが自殺した=すべて自分が悪い。分かるか? 何もしなかった場合と、何かした場合、少なくても、全部ミクのせいにしちまう、お前の中の俺は生まれなかったワケだ。そこんとこ忘れんなよな。じゃあな、ヤバくなったら、うまく逃げろよ?』
そっとうなずいたカケルは、真っ直ぐに扉を見つめ、走り出す。
『バカだな…私…これじゃ一緒だよ…あの時のミクさんと…もし、私が死ねば、カケルさんは、もう戻れない…』
去り行くカケルの背中を見つめるアイ。ブレスを握り、胸の辺りにあてがった右手を包む左手にキュッと力がこもる。
ガチャンと閉まる屋上入口のドア。半歩前に出たが、それ以上動いてはくれない足。伝えなければならなかった言葉、伝えられなかった弱い自分…。
足元に視線を落とし、下唇を噛むアイ…と、その時、遥か上空から一瞬にして降下してきた何者かが、屋上へと降り立つ。
その衝撃は、学校全体を縦に大きく揺るがし、その者を中心に屋上床が数十センチ陥没し、半径2メートル程の円状にひび割れる。
「お…お前は…」
アイを襲う激しい怒りと恐怖が全身をガクガクと震わせ、強張らせ、搾り出すように発せられた、か細くも重たい言葉が口から漏れる。
アイ…いや、アイの持つブレスへ視線を送り、ニヤリと薄ら笑いを浮かべるその者は、十数メートル離れたアイの元へ、一歩一歩ゆっくりと足を進め、その足が床を踏みしめる度、衝撃で学校が揺れ、足の大きさ大に床が陥没する。
「アイーーーっ!!」
その時、勢い良く屋上入口のドアが開き、駆けつけカケル…だったが、その者を見た瞬間、身体が凍りついたように動かなくなる。
口元に光る犬歯の突出した2本の牙、2メートルを超える巨体、全身が黒い毛で覆われ、色黒で堀の深い顔の表皮に埋もれた赤色で鋭い目、見た感じゴリラに類似しているのだが、明らかに違うのは、肘から下、膝から下、それに胸部から背中にかけてが、銀色の金属のような光沢を放つウロコのようなもので覆われていること。
「…なんだよ…そりゃ……」
我を失っていたカケルは、ドアの閉まる音で正気を取り戻すが、足がすくみ、身体に力が入らず、ドアにもたれ、そんな声を漏らす。
「あれは、四天王の1人、剛力のジェロ…父の仇です」
震える足を必死に一歩前へと踏み出し、そう言ったアイは、四天王の1人…ジェロを睨みつける。
「クククッ…道理で。こんな発展途上のクズ惑星、俺一人で十分だってんでな、つまらん仕事を押し付けられたと思っていたんだが…感じたことのある波調を感じたもんだから、たどってきてみれば…なるほど、アイツの娘ってワケだ。こんな辺境の星であれと戦えるとは…ククク…俺はついているっ!! ハハハハッ!! どっちだ? どっちがオレを楽しませてくれるんだ? 小娘か? それとも、そこの腰抜けのガキか? 早くそいつを付けてオレと戦え!! 疼くんだよ、この傷がっ」
ウロコのような表皮が剥げ、足跡大の大きな傷跡が残る胸元を右手でさすりながら笑みを浮かべる口元を更にほころばせるジェロ。
「さあ、どうした! オレは待つのが嫌いなんだ。早く変身しないと、塵も残らなくなるぞ!!」
そう言ったジェロは、握り締めた右拳を眼前に掲げ、低く重いうめき声を発し、気合を込めると、右腕の肘から上が、青白い炎のようなものに包まれる。
「これぐらい、アイツは受けきって見せたぞ! さあ、変身しろーっ!!」
まるで雄たけびのようなジェロの巨大な声、その振動が学校全体に伝わり、すべての窓ガラスが割れる。
その声とともに放たれたジェロの右拳からは、竜巻のように渦を巻いた青白い炎が溢れ出し、衝撃で屋上床をえぐりながら凄まじい勢いでカケルとアイへと向かってくる。
「カケルさーーーん!!」
瞬きをする間くらいのほんの一瞬、死への恐怖を感じるヒマさえ無く、ただ呆然と迫りくる炎の渦を眺めるカケル。そんなカケルと炎との間に飛び込んだアイは、両足を地にガッチリと固定し、握り締めた左手を眼前にかざす。
その瞬間、アイへと直撃する炎の渦…鼓膜を突き破らんばかりの轟音とともに台風を優に凌駕する衝撃は、カケルとアイの周囲の屋上床の防水素材を浮き上がらせては粉砕し、屋上入口の建物を粉々に吹き飛ばしてしまう…が、炎はアイの左手を中心に直径2メートル程の円状に展開された光り輝く盾のようなものに、まるで吸い込まれるかのように掻き消されていく。
「ハァァァァーーー…ハァーーーっ!!」
地の底から湧き上がるかのような低く重い声を発し、更に気合を込めたジェロ。
突き出した右手を少し戻し、更に前へと突き出すと、勢いを増した炎は一気に倍に膨れ上がり、アイの目の前で弾け、大爆発を起こす。
辺りを覆う閃光と、爆風で舞う粉塵、常人が生存できる可能性など無に等しい絶望的な状況の中、ゆっくりと晴れる視界の中、かすり傷一つないカケルとアイの姿が現れる。
「ほほう…亜空間障壁とは、小ざかしいことをするじゃないか。だが次は、もっと出力のデカイものにするんだな。まあ、次があるとは思えんがな。クククッ…」
仁王立ちし、不敵な笑みを浮かべ、そう言うジェロ。
カケルとアイの足元だけを残し、そこを先端に弧を描くように抉れ、コンクリートと鉄筋が剥き出しになった屋上床、屋上入口の建物は完全に無くなり、金属でできたドア枠とドアだけが原型を留めないほど変形し、立っている。
衝撃に耐えることで著しく体力を消耗し、額に玉のような汗を浮かべ、肩で息をするアイ。その小さな身体を支え続けた足は、痺れ、痙攣し、立っていることが出来ずに片膝をつく。
ジェロの言葉で異変に気付き、左手に目をやるアイ。左手首に装着された、偽装され、見た目は明らかに腕時計になっている亜空間障壁(装着者の前方に空間の歪みを形成し、如何なる攻撃でも次元の違う空間へと逸らすことのできるシールドのこと)から、オーバーロードによる焼付きで火花が散っている。
「きゃっ!!」
思わず出るアイの悲鳴、その時、ボンっという音とともに左手首のそれが爆発、バンドが切れ、地面に落ちる。
背の支えを失い、崩れ落ちるように地に腰をつくカケル。生まれて初めて体験する絶対的な死への恐怖に全身が硬直し、ガクガクと震え、それでも、その死から逃れようと、動かない身体を少しずつ、少しずつ、ズリズリ後退させる。
ヨロヨロと立ち上がり、カケルの方へ振り返ったアイは、そんなカケルに『大丈夫だから…』と、目で語り、優しく微笑んで見せる。
「私ね、カケルさんに話していないことがあるんです。私が、ここにいる本当の目的は…このブレスを装着して、奴等を迎え撃つこと。ほんの少しだけど、私にもね、適合率があるんです。言い出せなかったのは、その使命をカケルさんに押し付けて逃げてしまおうって、ついさっきまでね、そんなこと考えてた。ダメですよね、私って…カケルさんに会いにきた本来の目的は、もしもの時、ブレスを託すに値する人物かどうか、見極める為。私が、もし、その…初めからダメだった時のことを考えてるなんて、やっぱり、逃げてるんですよね。カケルさんが私を初めて見た時、私が助けを求めているように感じたのだって、私には、そんな気持ちは無い、奴等と戦う覚悟はできてる、たとえ命を落とすことになっても…って、そう思っていたハズなのに、いざとなったら、怖くなってしまって…そんな弱い私の心を、カケルさんに見抜かれたんですね」
そう言い終えたアイの見せた、明らかな作り笑い…まるで、これで最後なのだと告げているかのような、辛く、悲しげな笑顔…一間置いた後、真剣な表情に変わったアイの瞳に、強い意志がこもる。
「カケルさんが戻ってきてくれて、私、嬉しかった。私の安否を気遣って、私の名前を叫んでくれて、すごく元気と勇気をもらった。きっと危険なんだって分かっていて、それでもカケルさんは、私なんかのために…私、もう逃げないから! 短い間だったけれど大切な思い出をくれた、大好きなこの惑星のことも、カケルさんのことも、私が守ってみせます!!」
しっかりとした強い口調でそう言ったアイは、振り返り、対峙したジェロをキッと睨み付ける。
「あなたとは、私が戦います。あの時、父の左手首のブレスを破壊しなかったこと、私が後悔させてみせます!」
無理に自分を奮い立たせようと強気で言い放ったアイは、左手を眼前にかざし、右手に持ったブレスに目をやる。
まだ恐怖に震える右手…その手を、決意した硬い意志とともにグッと握り締め、ゆっくりと左手首へと近づけていく。
『コイツ…こんな小さな背中で無理して、全部背負い込んで…クソっ! 何やってんだ俺は…また繰り返すのかよ!!』
小刻みに震えるアイの華奢で小さな背中を見つめるカケル。
想う心とは裏腹に、恐怖で硬直した全身が動かず、ガクガクと震える両足は、自分のものでは無いかのように感覚を失い、立ち上がることを許してはくれない。
『カケル君…お願い、この子を…』
ふと、カケルには、アイの姿に、祈るように両手を組み、カケルを見つめるミクの姿が重なったように見え、そんなミクの声が聞こえたような気がした。
『ごめんな…ミク…今だけでいい、力を貸してくれっ! 情けねえっ、動けっ! このクソ足っっ!!』
硬く握り締めた右の鉄槌を、力いっぱい、何度も、何度も、膝に叩きつけるカケル。
「クソっ、クソっ、クソーーーっ!!」
恐怖や迷い…すべてを消し去ろうと、そう叫び声をあげ、自分に気合を込めたカケルは、サッと立ち上がり、アイの右手からブレスを奪い取り、アイを自分の背中で覆い、ブレスを掲げた左手の手首に当てがうと、ブレスのバンドは自動的に締まり、カケルの左手首のサイズに合わせフィットする。
「べ、別に、地球を救うとか、宇宙の平和がどうとか関係ねえし、そんなおごったこと思ってもいねえ。ましてや、お前の為なんてことは絶対ねえからな! 勘違いすんなっ! 俺がやった方が確実だろうから、しかたなくやってやるんだぞ? やばくなったらスグ逃げるからな!!」
照れ隠しに、そんなことを言いながらも、カケルは、逃げない強さをその胸に抱き『お前は、絶対に俺が守るから』と、心の中で自らに誓いをたてる。
『はい…』
カケルの頭の中に響くアイの声。頬を桜色に染め、顔をほころばせ、瞳を潤ませたアイは、自分をスッポリと覆うカケルの大きな背中に、そっと持たれかかる。
「なっ!? テ、テメェ、きたねっ…それ、後で絶対取り上げるからなっ! ったく…後は俺に任せて離れてろ。で、これで、どうすりゃ変身できんだ?」
「どんな言葉でもいいです。カケルさんの変身したいという意思を声に出して下さい。そうすれば、ブレスがカケルさんの意思を自動的に認識し、起動します。そこで、ブレスにある2つのボタンのうち、左側のボタンをすばやく2回押せば、変身できます」
「ちっ、何でもかよ…変身っ! じゃ、シンプル過ぎるし、蒸着とか赤射とか焼結とかだと年齢がバレるし(※注・カケルは16歳です。当然、ギャ○ンだのシャリ○ンだのシャイ○ーなんてのは、知りません)…あーっ、もう面倒だ! いくぜーーーっ!!」
カケルは、少々照れながらも気合の入った叫び声をあげる。
するとブレスは、ブゥ~ンという微かな起動音とともに、薄っすらと淡い輝きを放つ。
眼前にかざした左手首のブレスに当てがった右手の人差し指で、すばやく2度、カチカチとボタンを押すカケル。その瞬間、カケルの全身を眩い光が包み、わずかコンマ数秒で変身は完了する。
ここで説明しておこう! ブレス内には、原子レベルまで分解された全身を覆うプロテクトスーツ(宇宙一の硬度を誇る、ボルブ鉱製)と、人体強化用のナノマシンが内蔵されている。
ブレスの起動、発動によって、装着者の身体のサイズに合わせてプロテクトスーツ(あくまで、防護用で、これ自体に戦闘能力はない)は再構築され、ナノマシンが全身の、ありとあらゆる細胞と結合、装着者の適合率に比例するカタチで、その者の身体能力を上昇させる。
ちなみに、この時、適合率がゼロの場合、ナノマシンに対し、身体中の細胞、特に脳細胞は、それを異物と判断し、拒絶反応を起こし、その活動に支障をきたす、又は、停止してしまう為、装着者は死亡、良くて廃人、もしくは、一生消えない障害を残すこととなる。
カケルの全身を包む銀色に輝くプロテクトスーツ。基本ベースは、全身にフィットする銀色のボルブ鉱装甲板、各関節部分には、運動性と防護性を兼ねそろえたメッシュ状のボルブ鉱繊維を埋め込んだ黒色の特殊強化ゴム、防御力アップとともにブースト機構(後で説明します)を内蔵する為、少々、装甲の厚くなった両腕の肘から下、両足の膝から下、それに胸部から背中にかけては、全身の曲線的なデザインとは対照的に凹凸の多い直線的なものになっていて、その凸部分には、赤く彩色が施されている。
頭部は、フルフェイスのヘルメット状で、体と同じく、装着者の頭部に合わせてフィットする曲線デザインで、目以外の額、耳、鼻、口、そして、後頭部は、装甲が厚くなっていて、内側には、衝撃を和らげる為の形状記憶素材、視界になる目の部分は、装着者が内側から見ると、10インチほどのワイドモニターになっているが、外からは、額、鼻、口に装甲がある為、ゴーグル状になっている。
「やっと現れやがった…くだらん茶番で、散々待たせやがってーっ!!」
大気を揺るがすような重い声を発し、カケルへ向け、突進してくるジェロ。
ズドンという衝撃音、地をえぐり、蹴りだされた一歩で、10メートル程あったカケルとの距離を一瞬にしてゼロにしたジェロの振り上げた右拳が、カケルの右頬に向かって繰り出される。
カケルの邪魔にならないよう、後ずさりしながら、ジェロの拳の風圧に、腕で顔を覆うアイ。
更に休む間も無く放たれ続けるジェロの拳により吹き荒れる風圧の中、その腕をゆっくりと下ろしたアイの瞳に、信じられない光景が映る。
カケルは、構えを取ることさえなく、その場に棒立ちのまま、まったく動いているようには見えない。
だが、まるで手が数十本あるかのように見えてしまうほど高速で放たれる数百発にも及ぶジェロの拳は、一度としてカケルに命中することは無く、どういうワケか、カケルの身体をすり抜けているように見える。
『なんだこれ…まるでスローモーションじゃねえかよ…』
眼前に迫るジェロの拳を見ながら心の中で呟くカケル。
流れる雲、空を舞う鳥たち、それらと比べ、ジェロの放つ拳のスピードが、人間の常識を遥かに超越したものであることは、容易に理解できる。
分かっていてなお、カケルの目に映るジェロの拳の動きは、スローモーションのように見え、いとも容易くかわすことができてしまう。
ジェロの拳を直立不動のまま、楽々とかわし続けるカケル。
向かってくるジェロの拳のスピードよりも更に圧倒的に速いスピードで、それをかわしているカケル。
そう、カケルの動きが、あまりにも速すぎる為、アイの目では、動いているカケルの姿が捉えられず、まるで止まっているように見えていたのだ。
「このクソガキィィィ! ちょこまかと!」
怒りを剥き出しにし、そう叫んだジェロは、右腕を大きく振りかぶり、明らかにそれと分かる強烈な殺意と、全身全霊を込めた右拳を、カケルの顔面へ向けて放つ。
『どれ、試しに止めてみるかな…』
妙に落ち着き、余裕シャクシャクのカケルは、大気を裂き、うねりを上げ向かってくるジェロの右拳に対し、スッと左の手のひらを眼前に出す。
ドガシッ!!
まるで爆発音ともとれるような衝撃音とともにカケルの左手に収まるジェロの拳。
カケルは、直立不動のまま、左手一本でジェロの渾身の一撃を軽々と止めてみせる。
「そ…そんなバカな…宇宙一の力を誇るオレ様の拳を…なぜこのオレ様が、こんな腰抜けのガキなんかにコケにされなきゃならねえんだ…」
認めたくは無い歴然とした力の差の前に、ジェロの足が、無意識に一歩、また一歩と後退していく。
『こ…こんなガキ相手にオレ様が逃げるだと? こんなガキをオレ様が恐れているだと? このオレ様が? オレ様がっっ!!』
足を止め、握り締めた両拳をワナワナと震わせ、ギリギリと音が聞こえるほど歯を噛み締め、カケルを睨み付けるジェロ。
「こぉぉのぉぉクソガキィィィ!! 殺してやる! 殺してやるぅぅ!! この惑星ごと消えてなくなれぇぇぇ!!!」
自分への怒りと、カケルへの怒りで我を忘れ、気が狂ったように、そう雄たけびを上げたと同時に、全身が青白い炎で包まれたジェロは、2~30メートル程、上空へと飛び上がる。
「ハーハッハッハッハッ! 避ければ地球が粉々になるぞーーっ!!」
大気に響くような重低音の効いた声を響かせ、両拳を突き出し、カケルへ向けて物凄い勢いで降下していくジェロ。
「カケルさーーーん!!」
悲鳴にも似たアイの声、よぎる最悪の結末を払拭できず、つい視界を閉ざそうと上げた腕が上がりきる前、アイにとっては、瞬きをするほどの一瞬の出来事…アイは、何が起きたのか理解できず、呆然とその場に立ち尽くす。
ジェロは、カケルの眼前で大爆発を起こし、塵と煙になったジェロは、風に乗って消える。
スーっと身を包んでいたプロテクトスーツが消え、上斜め前方に突き出していた右腕を、そっと下ろしたカケルは、アイに視線を送る。
「カケルさん! いったい何が…ジェロ…は?」
我に返り、カケルに駆け寄ったアイが、そう尋ねる。
「ん? アイツなら、倒したみたいだな。見てたろ? 爆発したの」
実際にその目で見ても、カケルの口から事実を聞いても、どうしても実感が沸かず、戸惑うアイ。
父を殺し、数十にも及ぶ惑星の人々を惨殺し、宇宙中を恐怖のどん底に陥れていた、あの四天王の一人が、たったの数分、あっという間にこの世から消え去ってしまった…あまりにもあっけなさ過ぎて、長い間苦しみ続けたアイには、その現実を素直に受け止められないのだろう。
「でも…どうやって?」
「ん? デコピンだよ?」
アイの問いに、そう答えるカケル。不思議そうに首を傾げるアイへ「ホラ、こうやって親指に中指を引っ掛けて、ピーンってさ」と言って、デコピンをして見せてあげるカケル。
「それ…だけ…ですか?」
「ああ。俺、格闘技どころか、ケンカもしたことねえからさ、いざ攻撃っていっても、何やっていいか思いつかなくてさ、咄嗟に出たのが、デコピンだったんだ」
一方その頃、地球から少々離れた宇宙空間にて、地球の姿を見下ろし、漂う巨大宇宙船、その管制室では…。
「まさか…たったあれだけの攻撃でジェロを倒せたの…か?」
ブリッジ中央席に座る年齢50歳くらいの男性、艦長とおもわれる人物が、半信半疑そう呟く。
「艦長っ! あの少年の適合率の数値が…MAXです!」
一面に地球の姿を望むフロントウインドを正面に、弧を描き並ぶクルーシートのそれぞれに設置されたモニターのうちの一つ、緑色のモニター画面内に映る、カケルが変身した姿を赤色の線のみで再現された立体映像。
その映像が赤く点滅し、その映像の中央に表示されるMAX%という文字。
「確か、ハカセの適合率は2パーセントだったな…単純に考えて50倍…みんな、覚えているか? あのハカセの壮絶な戦いを…」
遠い目で、そう語る艦長。
「艦長、忘れるワケがありません! 思い出すだけで、今でも鳥肌が立ちます」
別モニターでカケルの視界に映る映像をモニタリングしているクルーが言う。
「MAXですから、100パーセントを超えている可能性も考えられますし、あの少年の身体能力は、ハカセよりも遥かに上だと思われます。ですから、最低でも、ハカセの50倍以上の強さになると…」
カケルたちの上空からの映像をモニタリングしているクルーが言う。
「間違いないようだな…みんな! 救世主の誕生だ!!」
立ち上がり、そう言う艦長。その場にいる20名ほどのクルーたちも全員立ち上がると、艦長の下に集まり、笑みを見せる者、涙を流す者、様々な思いを胸に、歓声を上げる。
ここで、本編には、それほど関係ないと思われるハカセ…アイの父親の戦いを、軽く紹介しておこう。
地球よりも遥かに進んだ文明、それを象徴させる未来的な建造物が立ち並ぶ美しい街並みは、無惨にも破壊の限りを尽くされ、空は焼け、黒煙が立ち込める中、「これ以上、お前らの好きにはさせない!」と、ジェロの前に立ちはだかるハカセは、「変身!!」という掛け声と共に変身し、ジェロに戦いを挑む。
両者互角のまま続く死闘の中、ついにハカセのエネルギーが底を尽き始め、次第にジェロにおされていく。
ちなみに、変身した際のエネルギーは、装着者の体力の量と比例するカタチになり、ハカセは、研究員で、運動らしい運動はしたことがない為、エネルギー量は、かなり乏しいということになる。
ここでハカセは、残り少ないエネルギーで、最後の賭けに出る。
最強の必殺技、『シャイニング ミーティア』(後で説明します)である。
天高く舞い上がったハカセは、光り輝く流星の如く、一直線にジェロへ向け…相手の身体を突き抜け、一撃必殺のハズだったシャイニング ミーティア。
だが、ハカセの右足がジェロの胸にインパクトした瞬間、エネルギーが完全に底を尽き、不発に終わってしまう。
ジェロの胸に深手を負わせたものの、倒すまでには至らず、動くどころか、肩膝を付いたまま立ち上がることさえできなくなったハカセ。
よろけながらもハカセの背後に立ったジェロは、血の滴り落ちる胸を左手で押さえ、同じく血の流れ落ちる口元に笑みを浮かべながら、右の手刀を繰り出す。
ハカセの背中に突き刺さったジェロの手刀は、ハカセの身体を貫通し、左胸を突き抜ける…
場所を戻して、学校の屋上では…。
「なあ、これって、ヤバくねえか?」
辺りを見回し、そう言うカケル。同じく辺りを見回し、不思議そうに首を傾げるアイ。
「だってよ、これじゃ、まるっきり俺たちが、これをやったみてえじゃね? このままだと、明日の新聞の一面飾るぜ?」
相槌を打つアイ。辺りの壮絶さの割りに、落ち着き、平然としているアイを見て、カケルは、アイの背負ってきたものの重さを、改めて思い知る。
破壊と殺戮…常に死と隣り合わせ、いつか訪れるだろう死の恐怖と共に生きてきたアイ。
自分の父親のカタキが目の前で死んでも、笑顔一つ見せない、涙一つ零さない、それほど、人の死というものが当たり前なのだと思わなければ、すべてを背負い、生きてこれなかったアイ…カケルは、自分の両手の手のひらを見つめ、ギュッと握り締める。
この力があれば、自分が、すべてを背負ってやれる…そう確信するカケル。
「あとは、俺に任せて…な?」
そう言ってアイの頭に、そっと手をのせるカケル。
アイは、どうしていいか分からないといったような戸惑いの表情を浮かべ、カケルの顔を見上げる。
「私…いいんですか? 本当に私…」
「十分過ぎるくらい辛い思いしてきたんだろ? もう、そんなのたくさんだろ? 戻ってこないものが有りすぎて、今更、楽しく生きてけなんて無責任なこと言えねえし、俺なんかじゃ頼りねえかもしんねえけど、それでも、押し付けてもいい奴がいりゃ、ちっとは楽だろ?」
「カケルさん…ダメです…私、逃げられない…父と母は、命を落としてまで、奴等と戦った。その後を継ぐのは、娘である私の責務だから…」
「お前…どこに娘に死んでほしいと思う親がいる? 責務っていやぁ俺がこのブレスを使えるのは、お前を守ってやれっていう、お前の両親からのバトンみてえなもんなんだと思う。お前の分くらい、俺がいくらでも背負ってやる。それが俺の責務だ。強がるなよ、もういいんだ、もうさ」
「私…あれ? 私…泣くつもりなんか…」
肩を震わせ、ポロポロと涙を流すアイ。カケルは、アイの頭にのせていた手で、その頭を優しく撫でる。
「カケルさん…ひっく…あり…がとう…カケルさん…うわあああーーーっっ」
声を上げ、泣き出したアイが、カケルの身体にしがみつく。
「いいんだ。これで、貸し借りなしってとこだからな。お前のおかげで、俺らしい生き方ってやつ見つけられたから…今まで散々溜め込んできたんだろうから、もうちょっと泣かせてやりたいとこなんだけどさ、そろそろヤバイぜ? ホラっ」
そう言って立てた親指を階段の方へ向けて見せるカケル。
学校中から響く悲鳴、学校全体が騒然とする中、屋上の異変に気付いた生徒たちが、屋上への階段下に集まり出し、恐怖心から上へ行くことを躊躇し、ざわついている。
「ぐすっ…そうですね。それじゃあ、私の宇宙船へ行きましょう。カケルさんのこと、みんなにも紹介したいですし。転送してもらいますので、私につかまっていて下さい」
涙を拭いながらそう言ったアイ。カケルは、言われるままに、アイの左腕へ両手をそっと添えると、アイは空を見上げ、うなずいて見せる。
すると、2人の姿は、スッと一瞬にしてその場から消え、宇宙船内の転送室へと送られる。
「ありがとうございます」
転送台前のコントロールパネルの操作をしている、見た感じ30歳前後、白衣のような姿で肩に付かないくらいの少し長めの髪、色白で、ひょろっと細身で背の高い男性に、ペコリと頭を下げ、そうお礼を言うアイ。
男性は、「いいんですよ」と、愛想よく微笑んで返す。
「こちらが、転送装置のナビゲーター担当のアルテッツさんです」
真っ白で、それほど広くない室内、その中央に設置された円形の転送台。
少々高さのあるその台から降りる為に付けられた2段の階段を下り、コントロールパネル前のシートに腰掛けている男性の横に移動したカケルとアイ。
アイがカケルへ、その男性を紹介すると、男性は立ち上がり、「よろしくお願いします」と、丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします」と同じく頭を下げたカケル。
「みなさん、ブリッジでお待ちですよ?」
アルテッツにそう言われ、ブリッジへ向かうカケルとアイ。
ブリッジでは、自動ドアが開き、カケルの姿が現れた途端、救世主の登場に、20名ほどのクルーたちから大歓声があがる。
ブリッジ中央へと招かれ、艦長と固い握手を交わすカケル。
「私が、艦長のスカイラだ。まあ、今は艦長などと呼ばれてはいるが、元は、研究所の所長でね、この艦にいるクルーも、全員が研究所の所員なんだよ」
そうカケルに語る艦長。確かに、宇宙船の乗組員にしては、全員の服装が、軍服や宇宙服というより、白衣のようなものなのは、そのせいなのだろう…と、思うカケル。
「あの、一つ聞きたいことがあるんですが、敵のアジトの場所って分かりますか?」
艦長にそう尋ねるカケル。
「ああ、分かるが…どうしたのかね?」
言葉を返す艦長。
「じゃあ俺を、そこに連れていってくれませんか? 俺、あいつ等を倒してきますから」
別に気負いするわけでもなく、当然のことのように、あっさりと言ってのけたカケル。
「そんな、ダメです! 危険過ぎます!!」
声を荒げ、そう声を張り上げたアイ。そんなアイの心配を他所に、余裕シャクシャクのカケルは、「大丈夫なんじゃないの?」と軽く返す。
「だって、四天王がデコピン1発だろ? じゃあ、残りの四天王がデコピン3発で、親玉がどんなに強いっていったって、ワンパンチってとこじゃないかな?」
ごもっともなカケルの意見に、どうしても心配なアイも、言葉を失い、渋々納得。
艦長やクルーたちも、心配はしたいのだが、『確かにそうだ』と、うなずくしかなかった。
ここで発起したクルーたちが、「俺もやるぞ!」「俺も!!」「そうだ! 奴等に一泡吹かせてやるぞ!!」などと声を高らかと揚げ、盛り上がる。
「ダメです!!」
大声で一喝するカケル。クルーたちの声が、ピタリと止まる。
「俺一人で十分です。驕りとか、自信過剰とかじゃない、今の俺には、本当にその力があるんだ。だから…もう誰も死なせたくないじゃないですか…」
カケルの想いがこもったその言葉は伝わり、全員が静まり返る。
「分かった…ありがとう、カケル君。みんなもカケル君の気持ちを汲んであげてほしい。我々は足手まといだ。無駄な犠牲が増えるだけだろう」
立ち上がり、この場の全員にそう語りかけた艦長は、言い終えると、アイへ目配せする。
「行きましょう、カケルさん…」
アイの言葉にうなずき、歩き出したアイの後についてブリッジを出るカケル。
転送室に入った2人は、転送台へと上がる。
「お前は、戻れ」
「いやです! 私だけは、連れて行って下さい。本当なら、私が…」
「…なあ、今のお前ってさ、なんか違うんだ。学校にいた時のお前は、いつも笑ってて、なんか楽しそうで、すっげえいいなって思った。あの時の俺は、今のお前だったから、多分、心のどっかで羨ましいって思ってたんだろうな。でも、今の俺はさ、あの時笑顔だったお前が羨ましがるくらい笑ってられる自信がある。全部お前のおかげなんだ。だから、おあいこってやつだろ? お前が負い目なんて感じる必要ねえよ。俺が、とっとと終わらせて、お前を普通の女の子に戻してやる。だから、黙ってここで待ってろ。そんで笑顔になる準備でもしとけよ、な?」
そう言って見せてくれたカケルの優しくて頼もしい笑顔で、心を凍らせていた氷が融け、胸の奥にほんのりと暖かさを感じながら、ゆっくりとうなずいたアイ。
それでも戸惑い、動けずにいるアイの両肩を後ろからそっと押し、転送台の下へと下ろしたカケルは、転送台中央に立ち、「変身」と気合の入らない小声で言い、左手首のブレスにあてがった右手の人差し指で左ボタンを素早く2回押す。
「カケルさん…絶対、帰ってきて下さいね」
「大丈夫。なんかイヤなんだけどさ、これから敵地に赴こうっていうのに、恐怖とか緊張感とか、まるでゼロなんだよな。自分が圧倒的に強いこと分かってるからさ。まあ、安心して待ってろって」
変身を完了したカケルは、軽い口調でそう言い、親指を立てて見せる。
「それじゃ、アルテッツさんでしたっけ? 敵のアジトまで、お願いします」
カケルの声にうなずいて見せたアルテッツが、コントロールパネルを操作すると、カケルの姿が、一瞬にして消える。
「ここが…って、何もねえじゃねえかよ…」
頭上を覆う漆黒の宇宙空間、見渡す限りが岩で覆われた草一本生えていない大地。空気も、水も、風の流れも無く、何の音も聞こえない…カケルの言う通り、本当に何も無い。
「カケルさん、聞こえますか?」
通信によるアイの声が、カケルの耳に届く。
「ああ。で、奴等のアジトってのは、どこにあるんだ? どう見ても何にもねーんだけど…そうか! 地下だな?」
「いえ、その…遠くの方に山が見えますよね?」
「山って…あの、遥か彼方に見える、ちょっとだけコンモリしたやつのことか?」
どこまでも続く平坦な地の遥か先に見える少々もり上がった場所。
近くで見れば、それなりに標高のある山なのだろうが…。
「はい…」
アイの申し訳なさそうな声。
「おいおい、まさか、あの向こうだなんて言わないだろうな」
「ごめんなさいっ! もっと近くに転送できればよかったんですけど、一度、直接その場に行って、認識させた場所へしか転送できないもので、その、アジトの方までは、危険だったもので…」
「まあ、そりゃ、しかたねえけど…で、あそこまで歩いていけなんてことは、言わないよな?」
「………」
無言のアイ。
「…行けってことだな。ああ、分かった分かった。で、何キロくらいあるんだ?」
「え~っと…およそ300キロ…です」
「はぁ? 300キロってお前…歩って行ったら何日かかるんだよ!」
「ごめんなさいっ! …あっ! いえ、多分、走れば、あっという間に着くと思いますよ? カケルさんって、100メートル何秒で走れます?」
「ん? 12秒くらいかな」
「12秒ですか…それだと、変身したカケルさんの身体能力が約、10000倍だとして、計算すると…あくまで予想ですけど、本気で走れば、1分かからずに行けますよ?」
「おいおい、そんなワケ…あるか。そういや、変身してんの忘れてたな。んじゃ、スタート頼むわ」
片膝を付き、両手を前の地面に付け、クラウチングスタートの体勢をとるカケル。
「じゃあカケルさん、いきますよ~。位置についてーっ、よーい、スタートっ!!」
爆発音とともに踏み出した地が抉れ、響き渡る地を蹴る轟音。もの凄い勢いで舞い上がる土煙で1本の筋を残し、地の彼方へ消えていくカケル。
「うわっ、うわっ、うおーーーっっ! なんだこりゃ! は、速過ぎ、る、って、て、ちょっ、ちょっと、と、止まんねーーーっ、うおっ、うおっ、うおおおおおーーっとっとっと…あっぶね~…」
ものの20秒程(推定速度は、マッハ40~50)で、山のふもとまできてしまったカケル。
慌てて止まろうとするが、止まることができず、地に両足でブレーキをかけた状態のまま、勢いで山の緩やかな斜面を滑り上がっていく。
山頂から先は断崖絶壁、頂上の縁ギリギリでなんとか止まったカケルだったが、勢い余って崖下へ落ちそうになったところで辛うじてバランスをとり、踏みとどまることに成功する。
数百メートルはあるだろう崖の下、その先にある巨大な白い円形のドーム型をしたシンプルな造りの建造物。
中央ドームの周りには点々と小さなドームがあり、中央ドームとそれらは、車の往来が可能な太さの連絡通路で繋がっている。
ちなみに、中央ドームの上部は開閉式で、宇宙船の発着が可能であり、その他、迎撃用の砲台があったりミサイル発射口があったり色々あったりするが、今回は一切使われない…ということであくまで設定だけということで…。
「おうおう、ぞろぞろとお出ましですか。俺が来てんのは、バレバレみたいね」
出入り口がカケルから見ると真逆にあたるため、中央ドームの両側を周り、湧き出すように出てくる1万の雑兵の群れ。
全身を覆う白いプロテクトスーツに、黒いバイザーのフルフェイスヘルメット、各々が手に持ったレーザーライフルの銃口を一斉にカケルへ向ける。
「カケルさんっ!!」
「へーきだって言ってんだろ? さて、いっちょやりますかっ」
雨あられのように降り注ぐレーザー光線を難無くかわし、大丈夫だろうと思いながらも少し躊躇し、思い切って崖下に飛び降りたカケルが、着地した瞬間、その場から消える。
「やあ、みなさん、こんにちはっ」
突然、雑兵の群れのど真ん中に現れたカケルが、余裕シャクシャクでそんなことを言った…と同時に、またその姿が消え、雑兵が弾け飛び、宙を舞う。
カケルのスピードがあまりにも速過ぎる為、その動きが見えず、銃口を向ける先も定まらないまま、戸惑う雑兵。
動くカケルの体が触れるだけで、腕を軽く払うだけで、数十、数百の雑兵が宙を舞い、ものの2~3分で、動かなくなった1万の雑兵の山ができあがった。
宇宙船のブリッジ内、固唾を飲んで両手を祈るように組み、モニターを見つめるアイ。それとは対照的に、ポカ~ンと口を開け、その光景に唖然とする艦長を含めた全クルーたち。
そんな間に、カケルの前に現れた残り3人の四天王は、すばやくカケルを中心にして三方に分かれる。
カケルの右後ろにいるのが宇宙一の策略家、知将インテグ。
見た目は、白髪で顎鬚を蓄えた小柄の老人といった感じ。
左後ろには、宇宙一のスピードを誇る見た目ハチ女、冷徹のシルビィ。
カケルの正面が、四天王最強の男、全身がボルブ鉱で形成されている為、どんな攻撃も寄せ付けない、鉄壁のエフデイ。
3人同時に三方向からカケルへ攻撃をしかける四天王。どんなに実力差があっても、同時に三方向から攻撃された場合、自分の視界に入る正面の敵の攻撃にしか対応できず、視界の外からくる残り2人の攻撃を無防備なまま受けざるをえない。
知将インテグによって指揮されたこの作戦、確かに理にかなってはいるのだが…(ちなみに、アイの母親も、これと同じ作戦によって敗れている。アイの母親のブレス適合率は、3パーセント。1対1では分が悪いと踏んだインテグが、咄嗟にとったこの作戦によって、アイの母親は、なすすべも無いまま弄られ、シルビィによって首を切断され、絶命している)あまりにも実力差が有りすぎるため、カケルにとっては、どうってこともないようで…。
三方向から3人の拳が迫る中、カケルは、のんびりと、まずインテグ、それからシルビィにデコピン。最後、体が金属のエフデイにデコピンは、なんとなく指が痛そうな気がしたのだろう、一瞬のためらいの後、拳を腹部へ軽く押すような感じで打ち込む。
インテグとシルビィは、その場で爆発し、塵になって消え、エフデイは、さすがに硬いようで、その場では爆発せず、光速並みの勢いで弾け飛び、アジトの中央ドームを突き抜けて大爆発。爆発はどんどん広がっていき、あっという間にアジトは壊滅してしまう。
瓦礫の山と化したアジトの中からボンと勢いよく飛び出し、カケルの前に現れた親玉。
服はボロボロ、顔はススだらけ、威厳のカケラもない情けない格好である。
「キィィィーサァァァーマァァァーーーッ! よ、よくもぉぉぉ~っっ!!」
握った拳をプルプル、額に青筋立て、腹の底から吐き出すようにその怒りを声にして上げる親玉。赤い軍服のようなものを身に纏い筋肉隆々で、背は高いほうだろうカケルよりも一回りも二回りも大きな体をしていて、見るからに強そうといった感じ。
チョチョイと決めてしまおうと、なんと自分から攻撃を仕掛けるカケル。
誰の目にも消えたようにしか見えない超スピード、軽く突き出すだけで山一つ粉々にできる超パワー、当たれば終わっていたハズだろうカケルの拳は空を切り、モニターで見つめる皆の目に映ったのは、勢い余ってバランスを崩し、前のめりに倒れそうになる情けないカケルの姿と、そのカケルの横に現れ、カケルの腹部を右脚で蹴り上げる親玉の姿だった。
勢いよく弾け飛び、100メートルほど先にある山の岩壁に叩きつけられ、地面に転がるカケル。
「カケルさーーーん!!」
響き渡るアイの悲痛な叫び声、手に汗握り、固唾を呑んでモニターを見つめるクルーたち…の心配を他所に、何事も無かったかのようにムクっと立ち上がり、再度、攻撃を仕掛けるカケル。
しかし、その攻撃は、またしても空を切り、親玉の左拳がカケルの腹部に、続けざまに放たれた右拳がカケルの頬にクリーンヒット。
弾け飛んだカケルは、勢いよく地を這い、地面をえぐり、1本の筋を残し、100メートルほど先で止まる。
「カケルさん! 大丈夫ですか? カケルさーーーん!!」
もう一度響くアイの叫び声。
「ん? ああ、別に何ともねーよ」
見た目の壮絶さとは打って変わり、何事も無かったかのように立ち上がり、気の無い返事を返すカケル。
「いや、ちょっとビックリはしたけどさ、子供に叩かれたくらいのもんで、どってことねーよ。でもさ、おっかしーんだよなぁ…アイツの動きは、全然余裕で見えてんのに、俺の攻撃は当たんねえし、アイツの攻撃は余裕でかわせそうでさ、かわしてるつもりなのに、なんでか、くらっちまうんだよなぁ~」
そう言って首を傾げるカケルは、再々度、そのワケを確かめてみようと攻撃を仕掛けてみる。
今度は、殴りかかると見せかけて、その右手を途中で止め、右に回り込んでみるが、その瞬間、そこへ合わせるように飛んできた親玉の左回し蹴りが、カケルの側頭部へヒット、2度の前例があったためか、反射的に体が反応し、2~3メートルほど後方で、なんとか倒れずに踏みとどまったカケル。
「クククッ、シロウトが。フェイントを掛ける方向を向いて動くバカがどこにいる? 確かに、パワーもスピードも圧倒的にお前が上だが、それだけでは一生ワタシを倒すことはできん。視線、体の向き、腕、脚、各部関節、呼吸、その他モロモロ、お前のようなシロウトは、どこを見ても次の動きが簡単に読めてしまう。くると分かっているものをかわすことなど容易いし、避ける方向が分かっていれば、そこに攻撃することも容易い。クククッ…じわじわと弄り殺してくれるわっ! ワタシをコケにしたこと、後悔するがいい」
仁王立ちで余裕シャクシャク、カケルにレクチャーしてくれる親玉。
「なるほどね…どうすっか? 別に負ける気はしないんだけど、このままだと長引きそうだし…なんかさ、こう、スカっと1発で決められる必殺技みたいのってねーの? あるんだろ? ラ○ダーキックみたいなやつ」
「はい、ありますよ。カケルさん、パソコンって使ったことあります?」
「ああ、まあ人並み程度には、いじれると思うけどな」
「よかった~、それなら簡単だと思います。まず、ブレスの左ボタンを一度押してみて下さい。すると、視界のモニター中央に矢印の形をしたポイントマーカーがあらわれます」
「どれ、カチッと…おお、出た出た」
「はい、それと同時に左下の隅に四角い灰色地に黒い文字で、メニューという項目があらわれます。そうしましたら、ブレスに右手を添えて、左腕を動かすとポイントマーカーが腕の動きに合わせて移動しますから、様は、ブレスをマウスだと思ってパソコンを操作する要領で、マーカーをメニューのところへ持っていって、左ボタンを押して下さい」
「おおっ! なるほどっ。このブレスってなんかに似てるなと思ってたけど、マウスか! よし、じゃあ、ここで左クリックすりゃいいんだな」
「はい。そうしますと、モニターに緑色のスモークがかかり、メニュー一覧が表示されますので、一番下にあるスペシャルという項目をクリックして下さい」
緑色のスモークがかかったモニター(文字が見やすいように色が付き、視界が損なわれないようにスモークになっている)の中央に、横書きで縦に並んだ10~20程の四角い灰色地に黒い文字(クリックするところは、全部こうなっています。だから、ここから先は、説明を入れません)で表示されたメニュー項目(メニューに関しては、全部説明を入れると長くなるため、また、この物語中では使用されないのでカットさせていただきます。適当に想像してみて下さい。それから、ついでですが、画面の右上端には、常に赤い正方形の中に白い×印のついた小さな表示があり、これをクリックすると、メニューを終わらせて、通常モードに戻すことができる)の一番下をクリックするカケル。
その時、画面操作にすっかり気をとられて、まったくの無防備だったカケルの腹部に、親玉の左横蹴りが突き刺さり、弾け飛んだカケルは、アジトの瓦礫に突っ込んでしまう。
「キサマ、やる気がないのか? それとも、手も足も出ずに降参ってことなのか? ククククッ」
仁王立ちの親玉が、そう言って笑っている。
「にゃろ~、今に見てろよ。すんごいのお見舞いしてやっからな」
覆いかぶさる瓦礫の中から這い出て、立ち上がったカケル。モニターには、メニューと同じような感じで、必殺技の名前と思われるものが、ズラリと並んでいる。
「大丈夫ですか? カケルさん」
「ああ、いちいち心配させて悪いな。今、ちゃちゃっと決めてやっからさ。じゃあ、これで、この中のどれかをクリックすりゃいいんだろ?」
「はい。ちなみに、過給圧の低い順に上から下に並んでいて、一番上の技の過給圧は1パーセント、一番下が100パーセントになっています。技の項目をクリックすれば、音声ガイダンスとともにモニターに使用方法等が表示されますので、それにしたがって技を発動して下さい」
ちなみに、ここで過給圧というものについて説明しておこう。
カケルが身に纏うプロテクトスーツには、タービン機構というものが内蔵されている。
両腕に2つずつ、両足に2つずつ、背中に2つ、計10基のタービンがあり、必殺技を使用する際、普段はタービンブレード保護のため閉じられているカバーが開き、大気中にあるエネルギー(主に酸素になるのだが、宇宙空間には、それがないため、太陽光エネルギー等になると思われる)をタービンに吸収し、タービンブレードの高速回転により圧縮し、体内へ送り込む。
通常、体内では1ずつしか燃焼することのできないエネルギーを圧縮し、1しか入らないスペースに詰め込むことによって、過給圧の高さに比例する形で2~10以上ものエネルギーを一気に燃焼させることができ、爆発的なパワーを得ることができるというものである。
モニターに十数種類ならぶ必殺技の中から、特に考えも無く、適当に一番上(一番上の技名がボルテックスカッター、一番下がシャイニング ミーティア、それ以外は使われないので、とりあえず考えていません。適当にカッコいい技を考えてやって下さい)を選びクリックしたカケル。
モニター中央には、赤い線画で立体化された変身後の姿が表示され、右向きで直立していたそれが、構えをとり、右腕を横になぎ払うように振り出すと、その腕から、弧を描いたブーメランのようなものがモニター右端へ飛んでいく。
そんな映像が繰り返され、その下部に並ぶOKとキャンセルという文字、それとともに女性の声のような機械音で、音声ガイダンスがカケルの耳に届く。
『ボルテックスカッター。右腕にある2基のタービンを開放、過給させることによって得たエネルギーにより腕を超高速で振り払い、それによって生まれた衝撃波で攻撃する技…』
「よっしゃ、基本の飛び道具技ってやつだな。いくぜーっ」
まだガイダンスが終わらないうちから先走り、OKをクリックしてしまうカケル。
すると、右腕についた両開きの小窓が2つ、カシャンという金属音とともに開き、むき出しになったタービンブレードが、キュイイインというカン高い音を発して急速回転を始め、吸収したエネルギーを帯びた右腕が青白く輝きを放つ。
親玉へ向け、右腕を横へとなぎ払うカケル。放たれた青白い光の刃は、一直線に親玉へと向かっていく。
「オラオラオラオラーーーっ!!」
調子に乗ったカケルは、同じ方向へもう数発、同じ技を繰り出す。
前方にあった山は、衝撃で真っ平らになり、あたり一面、砂埃で何も見えなくなってしまう。
「う~~~ん快感…さて、これで死んだだろ~」
必殺技を使った自分に酔いしれながら、多分、死んでいるハズの親玉の姿を探して目を凝らすカケル…と、その時、目の前にいきなり、不敵な笑みを浮かべた親玉の顔が現れ、間髪いれず腹部に右膝、そして体が浮き上がったところで左頬へ右肘をくらったカケルは、肘の衝撃によって空中で横に三回転(イメージでいうと、フィギュアスケートの三回転ジャンプをしながら倒れていく感じ)し、そのまま地面に叩きつけられる。
「まさか、今のが切り札だったワケではないだろう? ただ真っ直ぐにしか飛んでこないものなど、かわして下さいと言っているようなものだ」
倒れているカケルを見下し、親玉が言う。それと一緒に、まだ続いていたガイダンスが、カケルの耳に入る。
『ただし、この技は、空を切る、かまいたち現象を利用し、威力とスピードを高めるもので、大気の無い宇宙空間や水中等では、集めたエネルギーを放出するだけで、威力、スピード、共に大幅に減少してしまう。また、攻撃が直線的である為、かわされやすく、発動後に振り切った腕が防御に使えないことからスキができてしまうので、注意が必要。マスターすれば、両手、両足での発動も可能で、応用力のある技だが、始めのうちは、他の技とのコンボで使用することを、おすすめする』
「くーっ、いててて…たく、初めから言ってくれよな~…」
多少痛かったようで、右頬を右手でさすりながら立ち上がり、ブレスを動かし、マーカーをキャンセルに合わせクリック、モニターの画面を、技の選択に戻す。
「悪い、アンタのこと、ちょっと舐めてた。これから最強のとっておき見せてやるよ」
そう言ったカケルは、一番下の技をクリック、前の技と同様、OKとキャンセルの文字、線画の立体映像、それとともに流れるガイダンス。
『シャイニング ミーティア。すべてのタービンを最大過給し、上空へジャンプ。敵へ向け降下し、キック。そのインパクトの瞬間、過給により数十倍に膨れ上がった全エネルギーが足先に集まり、その絶大な威力によって発動者の体は、敵の体を貫通。まさに一撃必殺、最強の技である。ただし、一回の発動で、すべてのエネルギーを使用してしまう為、その後、すべての技が使用不可になるほか、一般の攻撃、防御等の動きも、通常以下になってしまう。また、最大過給の状態で10秒以上稼動した場合、プロテクトスーツがオーバーヒートしてしまい、その後、冷却に要する数分の間、一切の行動がとれなくなってしまうので、注意が必要である』
OKをクリックするカケル。すると、モニター画面からすべての表示が消え、もう一度ガイダンスが流れる。
『目標物を視界に捕らえ、インパクトする場所へマーカーを合わせ、右ボタンを押して下さい。指定場所に重力磁場が形成され、攻撃が自動追尾します』
「よし、じゃあ、アイツの腹に、風穴あけてやろうか」
矢印ではなく、丸いマトの形になったマーカーを親玉の腹部に合わせ、クリックするカケル。
『シャイニング ミーティア、スタンバイ!!』
ガイダンスの声とともにカシャカシャカシャンと、すべてのタービンが開放され、キュィィィーーーーンとカン高い音を響かせ、タービンブレードが超高速回転、集められたエネルギーにより、全身が青白い輝きに覆われたカケルの体が、一瞬にして親玉が肉眼で確認できないほど天高く上昇、親玉の腹部に、およそ10000Gにも及ぶ重力磁場が形成され(この重力は、使用者の能力に比例するカタチで増えていきます。ちなみに、カケルの体重が60キロだとすると、親玉のお腹にかかる重さは、600トン)そこへ一気に吸い寄せられるようにカケルの身体が急降下、まるでシャイニング ミーティア(光輝く流星)の如く、瞬きをする間よりもほんの一瞬、流れ落ちたカケルの身体は、いとも容易く親玉の身体を突き抜け、更に、勢い止まらずそのまま惑星に突き刺さって大爆発。
カケルから溢れ出したエネルギーによって、すべてが青白い輝きに包まれてしまう。
「カケルさん!? カケルさん? カケルさあああーーん!!」
ブリッジのモニターを埋め尽くす青白い光、響くアイの声、固唾を呑んでモニターを見つめるクルーたち…ゆっくりと消えていく光の中、粉々に砕け散った惑星のカケラとともに宇宙空間を漂うカケルの姿が、モニターに映し出される。
「カケルさん! 大丈夫…ですよ…ね?」
「ああ。終わったな…これで」
「はいっ!!」
大きく、力強い返事を返したアイの瞳が潤み、表情が華やいでいく。
ドッと歓声が上がり、盛り上がるクルーたち、宇宙空間の中、ゆっくりと立ち上がってみるカケル。
「おっ!? なんか普通に立てる…足元に何もねえのに、変な感じだな」
「そのスーツには、オートGバランサーが備わっていて、足元に自動で重力を形成してくれるんです」
カケルの疑問(読者の…かな?)に説明を入れてくれるアイ。
「ほ~…それで、宇宙空間なのに普通に動いてられたのか…」
ちなみに、足元にかかる重力は、メニューの設定で変更可能で、0.1Gから10Gまで…こういう説明をしているとキリが無いので、これで終了です。
最後に補足ですが、モニターで操作しているのは、あくまで、ド初心者用のマニュアルモードで、慣れてくれば、そんな面倒な操作をしなくても、すべての行動が頭の中で考えるだけで可能になります。
「カケルさん、今、こちらに転送しますね」
「ん? ああ…」
辺りを漂う惑星の塵を見つめ、拳を握るカケル…歓声と笑顔のあふれるブリッジのクルーたちとは対照的に、スーツで見えないカケルの表情が、暗く、重く、沈んでいたことを誰も知らない。
転送され、転送装置の上、変身を解除したカケル。待ち受けていたアイと、艦長をはじめ全クルーたち、胸に飛び込んでくるアイと、周りを囲み、羨望の眼差しで見つめるクルーたちの視線に、照れくさそうに頬を少し赤く染め、頭をポリポリとかくカケル。
その後、宇宙船内の食堂でパーティーが催され、見た目も味もまったく違う他の惑星の豪華な食事に、瞳を輝かせてみたり、しかめっ面をしてみたりのカケル。
すべての重荷から解き放たれた開放感から、クルーたちの酒は進み、すっかり出来上がっていき、盛り上がりも絶好調の中、とにかく褒められ続け、持ち上げられ続けていたカケルは、なんだか褒められ疲れてしまい、息抜きにと席を外し、通路の壁にもたれていた。
「あっ、カケルさん。なんか、大変そうですね」
そこへ、空いた皿やグラスを載せた台車を押しながらやってきたアイが通りかかり、少しからかうように、そう声をかける。
「まあ…な。お前も忙しそうだな。手伝おうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。あ…カケルさん? 何かあったんです…か?」
アイと二人きりになれたことで気が緩んだのか、つい表情を沈ませてしまうカケル。それに気付くアイ。
「何も無く…もない…かな? なんかダメなんだ…お前の笑顔見てねーと、今は、俺がやったこと、全部否定しちまいそうでさ…話せないかな? どっか二人きりになれるとこで。他のみんなには聞かれたくないんだ」
なんだか助けを求めるようにアイを見つめるカケル。そんなカケルの瞳を見つめ返し、そっとうなずいて見せるアイ。
「えへっ♪ ここなら誰もこないですよね?」
少しでも気持ちを和ませてあげようと絶好の場所を選び、そう言って目を細め、無邪気に微笑んで見せるアイ。
「まあ確かに、ここなら…な。へ~…すげえ…キレイだよな…」
宇宙船でもっとも高い場所に位置しているブリッジ。船外に出て、その上に腰を下ろした二人は、遥か前方にあるにもかかわらず、手で触れられそうなほど近くに見える、青く輝きを放つ地球の姿に見とれていた。
「ホントにキレイですね…こんなキレイな惑星、宇宙中を探しても、いくつも無いんですよ?」
「へぇ~…しっかし、これ、すげえな…こんなんで宇宙空間に出れるんだな」
宇宙空間には、どう見ても不釣合いな学生服のままの二人。
カケルは、自分の目の前、50センチほど先の何も無い所を、人差し指でチョンとつついてみる。
すると、見た目では何も無いように見えるそれ、しっかりとしたゴムのような弾力に指が弾き戻されてしまう。
「これ、強化UVフィルムカプセルっていって、人体に害のある紫外線や赤外線などは完全に遮断されますし、丈夫で耐久性も抜群、重さも200から300グラムほどしかありませんから、動き回る際に支障をきたすこともありませんし、中の気圧は一定に保たれ、充填された酸素で、およそ2時間は、何の問題もなく宇宙空間にいることができます。これって、宇宙観光用に作られたもので、船外作業ですとか危険を伴う時は、きちんとした防護スーツを着るんですけれどね」
「なんかさ、そういうの見てると、地球って遅れてんだな~って」
「いえっ、そんなことはないんですよ? 私の惑星は、人類が誕生してから10億年ほどで今に至っているんですが、地球って確か、4、5億年くらいでしたよね? あと2、3千年もすれば、地球の文明は、私たちの惑星に追いつくだろうって言われているんです。これって、全宇宙で見ても凄いことなんですよ?」
「ほお…地球もなかなかのもんなんだな……はぁ…」
ため息をつき、黙り込んでしまうカケル。話したいと思っていた言葉は声にできず、無理に会話を作ろうにも、その言葉は浮かばずで…。
「…カケルさん?」
考え込み、重い表情を見せるカケルの顔を覗き込み、声をかけるアイ。
「あ…いや…あのさ。一つ聞いていいか?」
「はい。なんですか? カケルさん」
「このブレスでさ、変身した時のあれって、名前付けてあるんだろ?」
「ええ。ランサ・エボリューシ…私の惑星の言葉で、希望の光っていう意味です」
「希望の光…か。やっぱ、そういう名前がついてるんじゃねえかなって思ってたんだ…」
「カケルさん…どうしたんですか? なんか変ですよ…ここに戻ってきてから、ずっと浮かない顔で…」
「うん…あの…さ、なんか、お前も含めて、みんなホントに嬉しそうでさ、すげーいい顔してて、よかったって、俺のしたことは正しいんだって思いたかった…でもさ、どうしても罪悪感が消えなくて…こんなことみんなに話したら、せっかくの喜びに水差しちゃいそうで、でもさ、みんなに聞いてもらって、俺のしたことは正しいんだ、大丈夫って言ってもらいたくて、じゃないと、俺だけじゃ、この気持ちが重過ぎて持っていられなくなってきてて…お前ならって…でも、お前だって、きっと、こんなこと聞きたくないハズで…ごめん、ワケわかんないよな…あのさ、俺って、本当にその、希望の光ってやつになれたのかな?」
「そうですよ! だって、カケルさんは、地球だけじゃない、この宇宙を救ったヒーローなんですよ?」
「ヒーロー…か。普通、ヒーローってさ、何度も何度もピンチになりながらさ、それでも、そのピンチを必死に乗り越えて、自分の身を犠牲にしながら誰かの為に戦って…そういう姿に感動したりするワケだろ? やっぱ俺って、できそこないだよな…俺がやったことって、ただの弱い者いじめみたいなもんだと思うんだ」
「そんなこと……」
「いや、見方を変えれば…だろ? あいつらから見りゃさ…。お前たちから見りゃ、あいつらは侵略者だったかもしれない。でも、あいつらから見りゃ、俺は立派な侵略者なんだ。あいつらの住んでた惑星、見たろ? 空気も水も無けりゃ、草一本生えてない。何も無いなら他所からもってくるのって当たり前だろ? あいつらのやってたことって、やり方がチョット間違ってただけで、その辺の人間がやってることと変わらないんだよ。魚とか鳥とか豚とか食う時に、いちいち可哀想とか思う奴なんていないだろ? 自分たちの生活のために森林伐採に環境破壊、それで他の生き物の住むところが無くなりました、絶滅しました、別に今更当たり前のことで、それを悲しむ奴なんて、いったい何人いる? そう考えれば、あいつらのやってたことなんて、そんなに悪いことじゃない。俺は、あいつらに直接、被害を受けたワケじゃないから、こんなことが言えるんだって怒られるかもしれない。でも…俺のやったことは、正義じゃなく、ただの虐殺なんだ。俺のこの力があれば、話し合いだってできたかもしれない、他に方法も考えられたハズなんだ。それを俺は、俺の考え無しの適当な行動で、あんなに殺したんだ。しかもあいつらの惑星まで粉々にしちまって…俺のしたことって正しかったのか? それとも…」
「カケルさん…やっぱりカケルさんは、優し過ぎるんです。カケルさんの言う通りなら、きっとカケルさんのしたことは、正しくないのかもしれません。確かにカケルさんのせいで不幸になった人がいないなんて言い切れない…けど、カケルさんのおかげで幸福になった人は、たくさんいる。何百億、何千臆、数え切れないほどの人々や生き物たちが救われたのは事実だし、宇宙中の多くの惑星を救ったことも事実なんです。カケルさんにとって、どちらが上ですか? 不幸になった人たちのことを心に想いながら、自分のしたことを誇ることはできませんか? それに、カケルさんは私を救ってくれた。私は、誰がなんと言おうと、カケルさんが正しいって言い切れる」
「ありがとう、アイ…。俺、分かってたんだ、お前が言ってくれたこと。どっかに割り切れない自分がいて、多分、背中を一押ししてほしかったんだ、他の誰でもない、きっとお前にさ。俺、誰かの為に何かをするのって不慣れでさ、知らなかったんだ。俺が誰かの幸せの為にやったことでも、どこかに不幸になる人がいるかもしれないってこと。それでも、俺は、俺のままでいこうと思う。俺のやったことでさ、誰かか不幸になったら、その不幸になった人を幸せにできるように努力する。そのことでまた誰かが不幸になったら、またその人のためにって…なんかバカみたいだろ? 俺って。クサイ台詞ペラペラとさ」
大きく首を横に振り、瞳を輝かせ、本当に嬉しそうに満面の笑みを見せるアイ。
そんなアイへ、優しく微笑みかけるカケル。
「へへっ、俺、変わったろ? でも勘違いすんなよ? 俺なんて奴はさ、何にもできないできそこないで、そこんとこは、変わってねーんだぞ? 今回のことだって、俺には何の力も無くて、ブレスがあったから、たまたまってやつでさ、変に買いかぶらねえでくれよな?」
「ふふっ、照れてるんですか?」
「いやっ、違う! だからホラ、今のうちに言っとかねえと、変に期待とかされても困るからで…」
「カケルさん? カケルさんは、ブレスなんかなくたって強い人です。ジェロから私を守ろうと、私からブレスを奪ってジェロの前に立ちはだかったカケルさん。あれはブレスの力なんかじゃない、正真正銘、カケルさんの強さです。きっと誰にも負けない、誰よりも強い、カケルさん自身の強さです。それに、たとえ、できそこないのヒーローだって、私にとってカケルさんは、誰にも負けない、宇宙一のヒーローですから」
「まったく、お前ってやつは、よくそんな恥ずかしいことが、スラっと言えるよな~」
「へへっ、お互い様ですよっ! ね?」
そう言い合い、顔を見合わせた2人は、お互い、確かめ合うように満面の笑顔を見せ合う。
お互いがお互いを想い、取り戻した、大切な、大切な笑顔を…。
エピローグ
ミクの墓を訪れ、その墓の前でしゃがみ、目をつぶり、手を合わせるカケル。
長い合掌の後、目を開けたカケルは、墓石に刻まれた未来という文字を見つめる。
「ごめんな、ミク…今まで手も合わせてやれなくて…やっぱ、ゆるしてくれないよな…ごめんな、ミク…ごめんな…ごめんなぁぁぁ…」
墓石に両手をかけ、すがりつき、泣きじゃくるカケル。
そんなカケルの姿を遠目で見つめ、何もできない自分に苛立たしさを覚え、両拳を握りしめるアイ。
墓石から一歩離れ、涙を拭い、もう一度墓石に目をやったカケル。
『カケルくんっ』
墓石に重なるミクが、そうカケルに呼びかけ、微笑んで見せる。
また込み上げてくる涙をグッと堪えたカケルは、ミクへと告げようとした言葉を口にできないまま、振り返り、墓に背を向け、歩き出す。
「こんなとこで待たせてごめんな。ミクと二人っきりで話したかったから…」
アイのところへ戻ったカケルが、そう言い、曇った表情を優しげな笑顔に変えて見せる。
「ううん、平気です。それよりカケルさんは…無理してません…か?」
「いや、なんか、自分が思ってたより全然大丈夫みたいだ。俺が、いつまでも引きずって泣いてることをミクが望んでるとは思えないし、お前がいてくれるおかげかな? ワリと普通に笑ってられそうでさ…ありがとな、ついてきてくれて」
「そんなっ、私が勝手についてきただけですから…」
一瞬、顔を見合わせた2人は、そのまま表情を沈ませ、下を向いたまま黙り込んでしまう。
いつかは来ると分かっていながら、この場所の、この時まで、その瞬間を引き延ばした2人…重い口を開いたのは、カケルだった。
「…それじゃ、お別れ…だな」
カケルの脳裏によぎる、この場所までの道のりにて交わしたアイとの会話、考え続けたもう一つの選択…その決断が下せないまま、そう言うしかなかったカケルは、自分の弱さに苛立ち、拳を握る。
平日の昼間、山間の霊園へと向かうため2人が乗車した電車の客はまばらで、文明の違いすぎるアイの世界には無い、レトロで原始的な乗り物なのだろう電車の雰囲気を楽しみながら瞳を輝かせ、窓の外の景色を眺めるアイと、そんなアイを見て微笑むカケル。
流れる景色が街から町、減っていく民家の数とともに乗客を減らしていく車内は、やがて山中に入ると2人きりになる。
「なあ…お前たちって、これからどうするんだ?」
「宇宙中には、数え切れないほど、色々な問題を抱えて苦しんでいる人たちが、たくさんいます。私たちは、今まで通りの活動を続けて、そういう人たちを支援しながら、自分たちが定住できる場所を探していこうと思っています」
「おいっ! それじゃ、今までと変わんねえじゃ…」
「いえ、大丈夫です。別に、命を懸けて戦うとか、そういうことじゃなくて、あくまで知識や技術面での支援で、ボランティアみたいなものですから」
「そっか…あのさ、その…地球じゃダメなのか? だって、帰る惑星があるワケじゃないんだろ?」
カケルの問いに、表情を沈ませ、そっと首を横に振るアイ。
「ここでは、文明のレベルが、あまりにも違いすぎるんです。ここに私たちのテクノロジーが流出すれば、世界の存続が危ぶまれるほどの混乱を生じ兼ねない。もし、私たちがここに残り、自分たちの中にルールを作り、この惑星と共存していこうとしても、お金や地位、名誉に目がくらみ、技術を売り渡してしまう者が現れるかもしれない…できれば、私だって地球に残りたい…でも…」
参拝客がよく利用するからなのだろう、キレイに建て直された形跡の見える、丸太を基調にしたログハウス風の無人駅。
電車を降り、駅をくぐった2人は、駅の壁に掛けられた霊園方向と矢印の向けられた標識通りに足を向け、立ち止まる。
「なあ、ホントにこれ、返さなくていいのか? だって、父親の形見…だろ?」
ポケットからブレスを取り出し、アイに見せ、そう言ったカケル。
「はい。それを返してもらったら、私、もう、一生カケルさんに会えなくなってしまう気がするから…それがあれば、カケルさんと繋がっていられる。もう会えないワケじゃないですもんね」
そう言ってニコッと笑って見せたアイは、カケルに背を向ける…堪えきれず泣いてしまいそうで…その表情を隠す為に。
一度別れてしまえば、もう一度カケルに会える可能性は、限りなくゼロに近い。
宇宙に出て、銀河系の外に出てしまえば、こちらとは時間の流れが違う為、次に訪れた地球にカケルは存在していない可能性もある。
それを分かっていても、アイには言い出せるハズもなく…。
「いやっ! 別れたくない!!」
そう叫び、ポロポロと大粒の涙を流すアイ。
「お前…」
一緒に行きましょう…言いたかった。何度も、何度も、出掛かった、言ってはいけない言葉…カケルには地球での生活がある。両親だって、友達だっている。身勝手な気持ちで口にできるハズがない…笑顔で別れよう、そう心に決めていたアイの、堪えきれない想いが弾ける。
「私、カケルさんが好きです! もっと、ずっと一緒にいたいっ! もう会えないなんて…そんなの…」
カケルの胸にしがみつき、顔をうずめるアイ。
「ごめんなさい…迷惑ですよね…でも…でも私、もう自分の気持ちが抑えられない…カケルさん! 私と、いっし…んんっっ!?」
カケルを見上げ、必死に訴えかけるアイの口を、手のひらで押さえつけるカケル。
アイの言葉は途切れ、驚き、目を見開く。
「それは、お前の口から言わないでほしいんだ」
アイの口を塞いでいた手を戻し、そう言ったカケル。
「そんな…」
涙だらけの表情を更に歪ませるアイ、そんなアイに首を横に振って見せたカケルが、優しく微笑む。
「俺、ずっと考えてた。たった2つしか選択肢が思いつかなくて、1つはダメだって分かった。お前が地球に残るか、俺が一緒に行くか…いくら考えても、それしか思いつかなくて、それで、ずっと迷ってた。今までの全部を捨てられる覚悟が俺には持てなくて…ミクに相談してみたんだ。俺、やっぱりミクのことが好きだった。今は、まだ忘れられないし、ミクを残してなんて行けないって思った。だから、お前とは、別れるしかないんだって、そう考えるしかないんだって、自分の気持ち押し殺して、しかたないんだって、あきらめようとしてたんだ。でも、今、お前の気持ちを聞いて気付いた。俺の選択肢は、初めから1つに決まってて、そうしたい、そうするんだって決めてたんだ。迷ってた理由は、両親とか友達との別れでも、ミクを残していってしまうことでもない、不安だったから…お前の気持ちが分からなくて…だから…俺と、お前の気持ちも、考えていたことも一緒だってこと、今、分かったんだ。俺……お前のことが好きだ。もっと一緒にいたい。お前のこと、もっと、もっと知りたい。まだ俺たち、出会って何日も経ってないんだぜ? それでも俺、こんなにお前のこと好きなんだ。お前のこと、もっと知れば、もっと、もっと好きになるに決まってる。正直、今は、ミクのことが俺の中を占めてる割合が大きくて、多分、お前よりもミクのこと、大切で…けど、お前と一緒なら、いつか思い出に変えられる日がくると思う。だから、別れたくなんかない! ずっと…ずっと一緒にいたいんだ。俺を一緒に連れて行ってくれないか?」
「カケルさん…」
「ダメか?」
「ううんっ! カケルさん…カケルさんっ!!」
カケルにしがみつくアイの両手にギュッと力がこもり、カケルを見つめるアイの流す悲しみの涙が、喜びの涙に変わる。
「でも…でも、宇宙に出ると、時間の流れが違って…んんっ!?」
またアイの口を塞ぐカケル。
「いいんだ。なんとなく、お前を見てたらそうなんだろうなって…次に地球に戻ってきてみたら、一万年後だったなんていうオチがあるかもってことだろ? もう俺、決めたから」
しがみつくアイを、包み込むように、そっと抱きしめるカケル。
瞳を閉じ、カケルの温もりに身を任せるアイ。
机の上に両親へ宛てた手紙を残し、肩に大きな旅行バックを掛けたカケルは、名残惜しそうにゆっくりと辺りを見回し、自分の部屋を出る。
宇宙船、ブリッジ内、窓際で地球の姿を見つめるカケルとアイ。
「ある惑星から、謎の巨大生物の侵略を受けているという救難信号が入ってね…もしかしたらカケル君、キミの力を借りることになるかもしれない。いいかね?」
「はいっ! まかせておいて下さい」
艦長へ握った拳を見せ、やる気満々、元気よく返すカケル。
「ありがとう。だが、本当に地球との別れは済んだのかい?」
艦長の問いに、うなずいて見せたカケルは、傍らのアイと顔を見合わせ、微笑み合う。
発進する宇宙船、一瞬にして消えてしまう地球の姿…。
「カケルさん、入ってもいいですか?」
カケルの部屋の前、カケルの「ああ」という返事を聞き、自動ドアを開き、中へと入るアイ。
「よっ、ほっ、よっと…どうした? なんか用か?」
サッカーボールを、左膝、右足のくるぶし辺りでリフティングし、真っ直ぐ高めに上へ上げたそのボールを、額の上で止め、下に落とさないよう、バランスをとりながら尋ねるカケル。
「ううん、別に用ってワケじゃないんですけど…ふふっ、またサッカー始めたんですね」
「よっと。へへっ、ワリとうまいもんだろ? 地球じゃ、パッとしなかったけどさ、どっか違う惑星なら、いい線行くかもしんねえもんな」
額からボールを落として両手で受け止め、そう言うと、まるで子供のように無邪気に笑って見せるカケル。
「なんかカケルさん、カッコ悪くなっちゃいましたね。でも私は、今のカケルさんの方が好きっ」
「へへへっ、だろ? 俺もそう思う。なあ、そういえば、お前の名前ってホントは、なんて名前なんだ? どうせアイって偽名なんだろ?」
「はい。本当の名前は、プレッサっていいます。地球の言葉では、愛という意味ですね」
「なるほどな。でも、イトウは、どっから出てきたんだ?」
「へへっ、サトウとかタナカとか、色々候補はあったんですけど、カタカナで一番書きやすいものにしたんです。言葉は、私たちのテクノロジーを使えば、どうにでもなるんですが、字だけは、どうしても手書きしなければいけませんから」
「ふぅ~ん、そっか、そっか。じゃあ、これからは、プレッサって呼びゃいいんだな?」
「いえ、私、今まで通り、アイって呼んでほしいです! ダメですか?」
「いや、俺もそうしたいって思ってた。じゃあ、これからもヨロシクな、アイ」
「はいっ!!」
おしまい
おまけ
「まさか、こんなに早く地球に戻ってこれるなんて思ってなかったな…って喜んでる場合でもないっか…」
「カケルさん…ごめんなさい…ごめんなさい……」
「アイ…お前のせいじゃないって。俺がこのブレスを使ってるのは、俺自身の意思なんだからな」
宇宙船のブリッジ、地球の姿を見つめるカケルとアイ…ポロポロと涙を流すアイの頭を優しくそっと撫でるカケル。
「でも…みんなになにかあったら…私……」
「大丈夫…大丈夫だって。俺が…なんとかしてみせっから…さ」
人質は、両親、友人、カケルを取り巻く人々、地球のすべての人間、そして地球そのもの…。
今や宇宙一の強さと謳われるようになってしまったカケル。そんなカケルを倒して名を上げようとするものが現れるようになり、ここに最強最悪の敵が…。
「まさか…学校が…ない!? クソっ…」
「カケルさん…いっちゃだめ…です…カケルさん、殺されちゃう…」
「ワナだってことくらい分かってるさ…でも、俺が行かなきゃみんなが…」
圧倒的強さで、一度は敵を退けたカケルだったが、手段を選ばずカケルを殺そうとする敵の巧妙なワナの前に、カケルはなすすべも無く…。
「はは…やっぱ俺ってできそこないなんだな…俺が死ねば、みんなが助かるなら…」
力尽き倒れるカケル…そんなカケルにとどめをさそうと襲い掛かる敵の前にアイが立ち塞がる。
「私が…今度は私が守ってみせます!!」
その左腕には、ニューブレスが…。
「よせアイっ!! アイーーーーっっ!!」
はたして、人質にとられた学校と生徒たちの安否は、地球の運命は、そしてカケルとアイは…。
『できそこないのヒーロー セカンド』こうご期待っっ…って冗談ですから。