初めての竜退治
今回の話しは、中世よりの、身分制度が厳しい世界
その少年は、線が細い少年だった。
笑顔がとても魅力的なその少年は、王子であった。
少年の名はイバー、モルダ王国第一王子である。
年は十五と、若い彼が、異世界から来た竜退治の少年とその少年に連れられた一人の少女と会った。
異世界の人間に大きな興味をイバーは持つのであった。
「もー何この世界!」
黒髪の可愛い十二歳の少女、七華が口を膨らませて怒る。
その前で地べたに座りながらご飯を食べる、十五歳の兄、一刃が気にした様子も無く言う。
「俺達には馴染みが無いが、身分制度は厳しい世界なんて何処でもある。俺達の世界だって人種差別をする国だって幾らでもあるし、殆ど奴隷みたいに使われている所だってある。気にするだけ無駄だ」
一刃の言葉に納得出来ない表情で七華が言う。
「でもでも、どうして役人がテーブル食べて、あちき達や使用人が地べたでご飯を食べないといけないの!」
大きく溜息を吐き、一刃が言う。
「よくある話だぜ。身分の差を形で表す上で一番なのは食事の内容と摂り方を変えることだからな。前に俺が行った事ある世界では、手で食事を摂ることを禁じてた所もあるくらいだ。諦めろ」
自分達の常識と違う所があるのに慣れている一刃は、平然としているが、まだまだお子様の七華にはどうしても割り切ることが出来ない様子であった。
そんな二人の場所に、イバーが来た。
「お前達、余の話相手を致せ」
本人にはまったく自覚が無い偉そうな物言いに七華は反感を覚る。
「あんたねー」
「気にするな、俺達の雇い主はこいつの親父だが、俺達はただ仕事をするだけだ。ぺこぺこする必要はないぜ」
一刃が端から気にする様子も見せず言う。
「お前、雇われ人の癖に生意気だぞ」
イバーの言葉に一刃が鋭い目付きになり言う。
「最初に言っておく、俺はお前達の世界の常識をどうこう言うつもりは無いが、俺達に必要以上にそっちの常識を押し付けるな」
その視線に、泣き出すイバー。
衛兵が集まり、一刃に刃を向ける。
「貴様! 殿下に無礼を働きおって、ここで成敗してくれる」
一刃はそんな衛兵には、目も向けず食事を続ける。
周りで、心配する下働きの人間に七華が微笑み言う。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんは物凄く強いから」
しかし、刃を突きつけられて囲まれたら、強いも何もないと思う周りの下働きの人達であったが、その不安は直ぐに拭われた。
振り下ろされようとされた刃が全て、砕け散ったからだ。
「お前何をした?」
明確な畏怖をもって衛兵達が言う。
「お前等さー、俺が何でここに居るか忘れたのか?」
その言葉に衛兵達は一歩下がる。
「俺はお前等では倒せない。なにせ、お前等が束になっても勝てない竜を殺すために、召喚されたんだからな」
その一言の重さに一斉に引いていく衛兵達。
余裕満々な一刃そして、七華はお漏らししてるイバーに言う。
「男だったら自分の価値で戦いなさいよ。お兄ちゃんみたいに」
そう言って指差された一刃は、下働きのお姉ちゃんの手を握りナンパしている。
「良いシーンなんだから、そーゆーことしないでよ!」
七華のクレームなんぞ何処吹く風と平然としている一刃であった。
「あの者を信じてよろしいのでしょうか?」
大臣の言葉に国王が言う。
「生贄の娘も妹を出すと言っているんだから構わんさ。それより次の生贄の準備しておけ」
その一言に満足した大臣が頷く。
「はい。下働きの娘に丁度竜が、好物そうな若い娘が居ますからそれを」
「任せたぞ、下働きの人間の命で我等の命が助かるのだ、本望だろう」
国王の言葉にその場に居た誰もが頷いた。
「お前は怖くないのか?」
城の庭園でイバーが聞くが、七華は基礎トレーニングを続ける。
「聞いているのか!」
怒鳴るイバーに七華が言う。
「怖くないって言えば嘘。でもあちき達は戦う為にここにいるんだよ」
「戦う為にここに居る?」
イバーが意外そうな顔をする。
「あの竜と戦うというつもりか?」
七華は当然な顔をして頷く。
「今回はあちきに任せてくれるって話だよ」
「お前馬鹿だろう?」
イバーの言葉に七華は怒らず平然と答える。
「好きに言って、言われなれてるから」
そのまま、トレーニングを続ける。
イバーはそんな七華の傍から離れて、自分の部屋に戻ろうとした時、一刃が道をふさぐ。
「俺の妹に変なちょっかいかけるなよ」
その言葉は真面目だった。
「あいつは自分に才能が無いなんて誤解している。あいつは強い可能性を持ってる。多分近いうちにその可能性を開くだろうよ。だからそれまでは俺が守ってやるんだからな」
その言葉にイバーは驚いた。
いつもちゃらちゃらしていて、妹の事など眼中になさそうな男の口からそんな台詞が聞けるとは思わなかったからだ。
「竜はきっちり倒す。だからお前等は下手なちょっかい出すなよ。もしへんなちょっかい出してみろ、その時は覚悟しろ」
イバーはただ頷くしか出来なかった。
沢山のメイドに囲まれてイバーは震えていた。
ひたすら強い意思を持ち、妹を大切に守る男と、竜と戦おうとする強い少女の心に。
「余は無力なのか……」
イバーの呟きに回りのメイド達が答える。
「イバー殿下はここに居るだけで意味が在るお方です」
その言葉が真実であることはイバーにも解る。
この王国では王族こそ絶対で、それを受け継ぐイバーには生きてここに居るだけで価値がある。
しかし、あの二人にはそんな価値は通用しない事も同時に理解してしまった。
「余はあの者達には、勝てないのか……」
しかし、王子は諦めきれなかった。
そしてある愚かな考えに至る。
「余の力で竜を倒す、そうする事で奴等を見返せる筈だ」
イバーの力それは、……
生贄用の服を着て七華が言う。
「しかしこの服なんだろうね?」
無駄に露出度が高い服に首を傾げる。
「確かにな、調理場のお姉さんならともかく、お前みたいな幼児体型が着ても面白くないのになー」
一刃が言葉に七華が頬を膨らませるが、一刃は手を叩き言う。
「解った、ここの竜はロリコンだな」
「お兄ちゃん!」
怒鳴る七華に一刃が手を振って答える。
「もうそろそろ時間だ、俺は離れてるからせめて、俺がフォローに入れるまでは持たせろよ」
「あちき一人で倒すもん!」
去る一刃に七華が宣言する。
七華は完全に一刃の気配を感じなくなって初めて自分が独りだって事を再確認する、その途端震えだす足に七華は首を横に振る。
「お兄ちゃんが初めて竜と独りで戦ったのはもっと小さい頃だった筈だもん。あちきだって可能な筈!」
その時、竜が舞い降りる。
『今回の貢物は少し毛色が違うが中々美味しそうだな』
「勘違いしないであちきは、貴方を倒す為にここに居るんだから!」
その言葉に竜は笑う。
『面白い冗談だな』
七華は、首から提げたアクセサリーを掴み唱える。
『血の盟約の元、七華が求める、戦いの牙をここに表せ、竜牙刀』
アクセサリーは一つの刀、竜牙刀に変化する。
『ほー面白い物を持ってるな。しかし、それだけでは我には勝てんぞ!』
竜はその爪を七華に振り下ろす。
七華は、竜牙刀で受け流すが、勢いを殺しきれず、吹っ飛ぶ。
『貧弱な人間の力で我に勝てる訳は無かろう』
七華は直ぐさま立ち上がると切りかかる。
『無駄な事を!』
『ドラゴンエア』
竜牙刀から発生した風は七華を急速加速させる。
『人が竜魔法を使うだと!』
竜が叫ぶ。
『ドラゴンブラスター』
竜の体に食い込んだ竜牙刀から、竜の力を暴走させる力が流れ込む。
暴れまくる竜、七華は間合いを空ける、そして必殺の一撃を放つための集中に入った。
そんな時、七華の後ろから声がする。
「お前達、余の為に戦え!」
イバーの言葉に答えるように、兵士達が、自分達の命を気にも留めず、竜に突っ込んで行く。
竜は、暴走する力をそのまま兵士達にぶつける。
百を越した兵士達は、瞬く間に死に絶える。
イバーはその様子に腰を抜かしていた。
「そんな、こんな小娘に出来ることが余の兵に出来ぬと言うのか?」
兵士に暴走する力を上手くぶつける事が出来た竜は憎しみを込めた瞳で言う。
『やってくれたな小娘が。骨すら残さず消え去れ! ドラゴンブレス』
全てを燃やし尽くす炎が、七華とその後ろに居るイバーに迫る。
七華は悔しげな顔をする中、目前で炎が裂ける。
何か言いたげに後ろから竜角槍を投げた一刃を見る、七華に一刃が苦笑しながら言う。
「これは、余計なちょっかいだされたフォローだよ。さっさと止めを刺しな」
七華は一気に間合いを詰めると、竜牙刀に自分が持つ力全てを込めて振り下ろす。
『ドラゴンフィニッシュ』
それは、竜牙刀に秘められし竜の力を最大限に引き出す、七華の最強の技である。
絶命する竜と、その前で力を出し切って気絶する七華。
一刃はそんな七華を抱き上げて、部屋に戻ろうとする途中、イバーとすれ違う際言う。
「余計な事しやがって、もし七華に余計な怪我がついてたら殺してたぞ」
その言葉に失禁するイバー。
報酬を貰った一刃と七華が帰ろうとした時に、イバーが駆け寄ってくる。
「何だろうね?」
首を傾げる七華。
「待ってください。余はいえ、私はあなたに恋をしました」
その言葉に顔を赤くする七華。
「恋って、あちきはあなたの事なんてなんとも思ってないよ」
そんな七華を通り過ぎて、イバーは一刃の手を握る。
「付き合ってください。貴方のあの瞳に惚れました」
次の瞬間周りの人達からお祝いの拍手が起こる。
「なんだなんだ!」
一刃の疑問に答えるように、老執事が涙を拭きながら答える。
「若もついに男になりましたか。王家の男子たるもの、尊敬出来る男性と一つになる事でその男性の力を受け取り、更なる力を手に入れられるといわれてます。きっと若は強い男に」
体全身を鳥肌を立て一刃が叫ぶ。
「帰るぞ七華!」
力強く頷く七華。
そして二人は逃げるように帰っていった。
それより一刃がこの世界だけには足を踏み入れることは無かった。