意外な試練
風の調和竜が住む、上に街道が通っている地底洞窟を進む一刃達。
「ここに風の調和竜がいるのですか?」
ハジメの質問にペンダントの中のキキが答える。
『そうだ、ここには、何度も来た事がある』
「居場所が変わっている事は、ありませんか?」
ハジメの質問に一刃が苦笑する。
「それは、無いな。竜は、自分の力にプライドを持っている。居場所がばれているからと言って、恐れ、場所を変えたりしない」
「なるほど」
竜退治の専門家としての意見にハジメが頷く。
そして、二人が進む先に、風の調和竜が居た。
『よく来た。全ては、火の調和竜から聞いている』
小さくため息を吐く一刃。
「やっぱりか。当然、邪神竜にも俺達の行動が解っているんだよな」
風の調和竜が肯定する。
『当然だ』
ハジメが目を見開く。
「そんな、それでは、妨害が」
『絶対に無い。これは、正式な理にそって行っている。それを破ることは、本体にも出来ない。例えそれで自分が滅びる事になってもな』
キキの答えに一刃が言う。
「といっても、竜の中には、それを無視する奴も居るからな」
風の調和竜が苦笑する。
『当然だ、竜とて生物でしかない。しかし、我等の本体は、邪神竜と呼ばれる事を覚悟して、己の責任をまっとうしようとしている。その心配は、無い』
安堵の息を吐くハジメ。
「良かった」
その態度に風の調和竜が釘を刺す。
『だからと言って、私は、試練を簡単にするつもりは、無い。それどころか、現状を考え、試練のレベルを上げるつもりだ』
一刃が微笑を浮かべて言う。
「それは、理に反しないのか?」
風の調和竜が淡々と答える。
『我等の力は、調和に力を必要とする者に与える。行おうとする行動に相応しい人間かどうかが問題だ。足らない人間なら、更なる動乱を呼ぶから、当然の事だ』
一刃が竜角槍を構えて言う。
「最初から覚悟してた、やるか!」
それに対して風の調和竜が答える。
『何を勘違いしている?』
首を傾げる一刃。
「何って火の調和竜と同じ様に戦うんじゃないのか?」
風の調和竜が大きなため息を吐く。
『愚かな、我等は、調和竜。確かに戦いの力も試すが、他の力も試す。これからは、お前達の知恵と意思を試す物になるだろう』
半歩引く一刃。
「そういうの有りか?」
強く頷く風の調和竜。
『当然、輝石蛇、お前の助力は、無しだぞ』
『解っている』
キキが答えるとハジメが拳を握り締めて言う。
「そういう事なら、私も力になれますので、望むところです」
『いい心掛けだ。試練は、上の町、ハクレンで起こっている本家と元祖争いをお互いが満足する形で終らせろ。制限時間は、無いが、最終リミットまでの時間は、そんなに無いと思え』
長い沈黙の後に一刃が言う。
「……随分と俗っぽい事を試練にするんだな?」
風の調和竜が笑みを浮かべる。
『最初に言っておくぞ、仕方ないと妥協するのは、無しだぞ』
その言葉に、一刃が、慌てる。
「冗談だろう。両方が妥協しないで解決する問題じゃ無いだろうが!」
『はっきり言っておいてやろう、お前達がやろうとしている事は、これ以上に無謀な行為だ』
風の調和竜の言葉に舌打ちする一刃であった。
町に戻る中、悩む一刃にハジメが言う。
「同じ人間ですから話せば納得してくれると思います!」
一刃が眉をひそめて言う。
「あのな、それだったら最初からあんな騒動には、ならないぞ!」
一刃が指差した先では、本家と元祖の店員が客を争って取っ組み合いの喧嘩を始めていた。
「とにかく最初は、お互いの意見を聞くことから始めるぞ」
一刃は、そういって最初に本家の店に入った。
「とにかく、あいつらが、悪いんだ。元々は、こっちの店が本店で、あっちが支店。どっちが偉いかなんてはっきりしている。それを自分達の売り上げが高かったからと言って、自分達が元祖だなんて言い始めた。馬鹿にしている」
本家の店長談。
「そうですか」
思わず相槌をうってしまうハジメだった。
「解ってくれるか?」
久しぶりの話を聞いてくれる相手に本家の店長が喜び、新しい茶菓子を出す。
「もっと詳しい話をしよう」
「カズバ……」
ハジメが助けを求める為に横を向くと居るはずの一刃が、居なくなっていた。
『奴なら、本家の店長が事情を話し終えた所で席を立っていたぞ』
キキの言葉に顔を引きつらせるハジメであった。
数時間後、何とか開放されたハジメにフルーツを投げ渡す一刃。
「お疲れさん」
ハジメは、一刃を睨む。
「どうして、置いていったのですか?」
一刃が視線を逸らし言った。
「ああいう場合、下手に相槌を打つと話が長くなるからな。それより元祖の方の話と周りの話も聞いてきた。大筋は、こっちの店長が言ってた通りだ。元祖の店が本家の店の支店だったのは、間違いない。しかし、それでかなり高飛車になっていて、売り上げで大きく差がついたらしい。事実上、支店の売り上げがこのハクレン絡みで一番の店としていたらしいな」
ハジメは、フルーツを口にしながら言う。
「やはり、支店の人に謝って貰って、本店の人も気持ちを入れ替えて再出発って訳には、いかないのでしょうか?」
一刃が肩を竦めながら言う。
「正直、風の調和竜が指定してきた縛りが無かったら、それでも良かったんだが、それだとどちらもが譲歩してしまう事になる」
「確かに、でも、どちらにも非があると思いますから、両方が謝って一つになった方が良いと思います」
ハジメの真面目な意見に苦笑しながら一刃が言う。
「そういう正論は、別にしても、このままじゃこの店が潰れるのは、時間の問題だな」
「どうしてですか?」
ハジメが首を傾げて質問すると一刃が答える。
「簡単だよ、さっきも言ったが、本店が持っていたのは、支店の人気があったらこそだ。その支店が無くなって本店が持つと思うか?」
「頑張ればどうにかなりませんか?」
精神論を展開するハジメに一刃が首を横に振る。
「他にも店があるんだ、単純に頑張っただけで売り上げを伸ばすのは、難しいぞ」
少し悩んでから言う。
「そうなると支店の方だけが残ってしまうのですか?」
手を横に振る一刃。
「それも無い。支店の方は、支店の方で、新製品の精度が下がっている。どんなにデザインが優れていてもそれを生かす技術者を多く持つ本店があっての売り上げだったんだ」
嫌そうな顔をするハジメ。
「詰り、このままでは、どちらの店も潰れるって事?」
一刃が頷く。
「そうだな。普通なら、それを強引でも諭してやれば良いんだろうがな。それだと風の調和竜の出した条件と合致しない」
悩むハジメ。
「困った物です」
その前では、遂に店主同士で争いが始まった。
「伝統あるデザインと技術があるハクレン絡みこそ上だ!」
本家の店長が言うと元祖の店長が言い返す。
「古臭いデザインなんて意味があるか! 斬新なデザインだから売れるんだ!」
睨み合う二人を見て一刃が手を叩いた。
「その手があった」
後日、風の調和竜が住む洞窟。
「どっちも、自分から望んでいまの状況になった。条件は、クリアだろう?」
一刃の言葉に風の調和竜が頷く。
『問題ない』
ハジメだけは、何か納得していない顔をする。
「でも、あれで本当に良かったのでしょうか?」
町の店で、元本家の店長が言う。
「私達のデザインの方が昨日は、売れたぞ!」
悔しそうに元元祖の店長が言う。
「一日くらい勝った位で偉そうにするな! 昨日も一昨日も俺達のデザインの商品の方が売れた!」
元本家の店長が言う。
「今が大切だという事が解らないとは、古いセンスだ」
いきり立つ元元祖の店長。
「最後に笑うのは、俺達だ!」
再び風の調和竜が住む洞窟。
「カズバがあんな事を言うから、毎日の様に喧嘩してるみたいよ」
ハジメの言葉に一刃が答える。
「俺は、助言しただけだぞ。同じ条件で決着をつけないと、相手に後でケチをつけられる。だから、本店支店関係なく同じ様に商品を並べ、その売り上げで、最終的に勝ち負けを決めたらどうだってな」
「もっと他に方法が無かったの?」
ハジメの言葉に、風の調和竜が答えた。
『あったかもしれないが、これが答えの一つだ。人は、争いを恐れては、いけない。最上級神の一人に聖獣戦神八百刃様が居るのは、争いも又存在するのに必要な為だ。争いは、切磋琢磨となり、あの物達を更に高みに導くだろう。それこそが調和の為に必要な物。お前は、調和の為に争いを選ぶ知恵を示した。我も力を貸そう』
こうして一刃達は、二匹目の風の調和竜の力を借りる事に成功したのであった。




