第二話 囚人のジレンマ
学校を出た俺と桜香は現在桜香の家、より正確には桜香の祖父の道場へ向かっている。
歩きで片道50分という中々の距離だが、修行の一環ということで特殊な歩法を意識して歩くことを、桜香の祖父であり、俺と桜香の師匠である、楠杉彦から厳命されているため、俺と桜香は夕陽に照らされた歩道を体の使い方を意識しながら歩いていた。
ただし、小学生の頃からしているのですっかり慣れてしまい、今では話す余裕もある。
実際、桜香も歩くだけでは暇なので良く話しかけてくる。
「そういえば、今日の講演会の話どう思った?」「あのケバいおばさんの国際平和を訴える講演か?ぶっちゃけ言ってアレを聞くくらいだったら、姫路先生の授業を真面目に聞くな」
俺は基本的に『効率主義』なのでどうでもいい話題にはあまり反応しないが、長年つきあっているだけあり、桜香は俺が食付き易い話題を選んでくる(もっとも、桜香自身が興味がある、というのが実際だが)。
「そうかな?私はすごくいいと思ったけど…お互いに話し合って相互理解を進めていけば世界は平和になるって言うのは間違いじゃないと思うんだけどな~」
「そんな当たり前の道徳観は何世紀もある。それを実現するのが難しいから今も戦争は絶えないんだろうが」
この長年の付き合いのある幼なじみの最大の特徴は『夢想家』である点だ。そして、その現実離れした『理想(夢とも言う)』に現実的な指摘を加えるのが俺の長年の役目と言ってもいい。
「時間がかかるのは仕方がないよ。相互理解を深めるにはー」
「『囚人のジレンマ』と言う言葉を知っているか?」
「まだ、私がしゃべってるんだけど……それで、『囚人のジレンマ』って何?」
桜香は、自分の意見が途中で遮られて多少不満そうな声をあげるが、すぐに先を促す。
こうして、素直に相手の話を聴けるのはいいことだ、と思う。
その上で自分の意見もはっきり言うから摩擦は絶えないがな……
「何か失礼なこと考えてない?」
「いや、まさか」
俺は表情の変化が乏しい自負があるのだが、この幼なじみの鋭さだけにはかなわない。
とりあえず、冷や汗を流しながら話を先に進める。
「『囚人のジレンマ』というのはゲーム理論の一例で、経済学では寡占の問題、戦略論では核抑止力の問題などのモデル化に応用されている。典型例を今から言うからよく考えながら聞けよ」
桜香がうなずいたのを見て、俺は説明を続ける。
「まず共犯の二人が警察に拘留されて別々に尋問され、共に黙秘を通せば両者ともに刑は軽く、もし一方が共犯証言をし、他方が黙秘を続ければ共犯証言をしたほうは釈放され、黙秘を続けたほうは重い刑を受ける。また両者が自白した場合には若干の減刑があるとする。さて、この状況ならお前はどうする?ただし忘れるなよ。『別々』に尋問されているから、共犯二人が話すことはできないぞ」
俺の質問に桜香は即答した。
「黙秘かな。個人的には犯した罪は白状したいけど、相方を益するって意味では黙秘がいいと思う。『別々』でも信頼関係があればお互いに黙秘するでしょうし」
「……まさか一発でこのジレンマの利点を答えるとはな……本来なら、片方が釈放を願って証言をすれば他方もその戦略をとる可能性があり、その場合は両者が黙秘を通して場合よりも悪い結果になるというジレンマなんだが……まあ、お前の言う通り信頼関係があれば問題はない」
正直、こいつなら
「罪はしっかり自白したほうがいい!すっきりするもん!」
とかほざいて、
「理論の話をしてるのに感情論を述べるな」
とツッコむはめになるかと思ったが…
「えへへ……歩が誉めてくれるなんて珍しいね。それで、さっきまでの話が国際関係と何の関係があるの?」
照れ笑いをしていた桜香が尋ねてきた。
何故俺が最後に言おうとしていたことに気づくのに、そこがわからないのか……まあ、いいや。
「何故『囚人のジレンマ』を持ち出したか、それはこれが国際関係を端的に表すには丁度いいからだ。例えば、隣合った国A、Bがあるとする。二つの国は大体同じ国力だとする。ここまではいいか?」
俺の質問に桜香はうなずいた。
基本的に嘘はつかないやつだから本当にわかっているのだろう。
わからなかったら、ググれ、と言って俺が説明する手間を省けたのになぁ……。
「では、そのA国とB国の国境線で新たな鉱脈が見つかったとする。この場合両国が取る選択肢は端的には次の通りになる。
その1。両国で協議し、山分けする。
その2。協議の有無に関わらず実行支配する。
わかるか?山分けすれば両国が潤い、お互いに利益がでる。『囚人のジレンマ』で言うお互い『黙秘』の場合だ。
実行支配するのは『囚人のジレンマ』における『片方が証言し、片方が黙秘』の場合だ。相手を出し抜くことで最大の利益を得られる。そうわかっているなら相手を出し抜こうとするのが普通だ。国民に政治状態を納得させる上で、一番楽なのは『経済的利益を出す』ことだからな。つまり、国は自国の民を潤すために、相手国を出し抜こうとするわけだ」
「あっ!」
さすがはうちのクラスの委員長に続く学年次席の頭脳だな。もう理解したか。
目を丸くした桜香を心の中で賞賛しながら、俺は説明を続けた。
「気づいたようだな。先程の例で、例えばA国が抜け駆けしたとしよう。するとB国も抜け駆けする可能性が出てくる。お互いが実行支配をしようと衝突すれば……紛争の始まりだ」
「つまり、協議して山分けすればお互いに利益を得られるのに、最大の利益を求めて抜け駆けした結果、協議した場合よりも少ない利益しかない状態に陥るってことだよね?」
全くその通りなので首肯する。
いやはや、中学まではもっと感情論ばかりだったのに、成長したな。
「何か、また失礼なこと考えてない?」
何故俺の心が読めるんだ?
疑問だが、詮索するのは面倒だからスルーしよう。
「さてな。話を戻すが、この『囚人のジレンマ』を例示したのはこれが国際関係にも言えることだからだ。つまり、ある国が最大の利益を求めようとすれば、他の国と衝突してしまい、結果として悪い状態になる。言い換えれば、『個と集団の利益』は両立しにくいともとれるわけだ。で、始めの話に戻るんだが『国際平和は各国がそれぞれの利益を求める限り成立し得ない』というわけだ」
「なるほど……けど、さっきも言ったけど、逆に言えばお互いが信頼し合って利益を分配しようとすればいいってことだよね」
桜香は思考が加速してきたらしく、普段の天然な雰囲気がなくなってきた。
最初のほうのやりとりで思いついた鋭い指摘を再び投げ掛ける桜香の顔は
「国際平和は成り立つって証明してみせる!」
とでも書いてありそうなくらい真剣そのものだった。
勘違いされやすいが、俺はエネルギーの無駄は可能な限り省くが使う時の為に貯めておく、つまりやるべきことにはエネルギーを使う、という『効率主義』だ。
肯定してしまえば楽だろうが、ここは全力を尽くすべきところだと『効率主義』な俺の脳が判断した。
「確かにお前の言う通り、信頼関係さえあれば、お互いに利益を得られてハッピーエンドだ。しかし、国というのは常に財源不足に悩まされているものだ。また、国家間の歴史的ことに起因する不和等もある。そして、それらは相手国も抱えているんだ。それを差し置いて相手を信頼しきれると思うか?」
「あぅ~……」
我ながらよく言ったものだ。
だが、桜香の夢想に指摘を加えるのがアイデンティティーとなっている俺は、非情な指摘をしてしまうんだよなぁ。
ふと意識を戻すと桜香は頭を抱えて唸っている。
お忘れかもしれないが、俺と桜香は歩いている。
コイツは歩きながら頭を抱えているという奇行をしているということだ。
さすがに追い込み過ぎたか?と一瞬思ったが、アフターケアにはエネルギーを無駄に使いそうなので放置することに決定した。
そうしたら案の定、俺の考えが読めたらしい桜香は涙目で突っかかってきた。
「何か言ってよ……」
「分かった。じゃあもっと鬱になる話をしよう」
「えええぇぇぇ……」
俺の素っ気ない返事に桜香が力の抜けた声を出す。
一応フォローを入れておくことにしよう。
「安心しろ。国際平和に関する話だ」
「本当?」
「本当だ」
聞いたら鬱になるだろうが、とは敢えて言わないで話を続ける。
「さっきの例は『同等の力を持った国家』が前提だったが、実際には、『力に差のある国家』同士の場合もあるわけだ。そうなると、なまじっか相手を出し抜く、というより蹂躙しきれるだけの力があれば、当然武力行使に出ようとするよな。例えば第三次世界大戦の時の日本がそうだよな」
「う~……」
再び桜香が頭を抱えて唸りだしたが、俺は今度こそ放置ではなく、自らの言ったことに関して思索することにした。
断じて、桜香を慰めるのが面倒なわけじゃないぞ、うん。 さて、第三次世界大戦だが、2065年に起きたこの戦争は、おそらく21世紀前半の日本人では考えられなかったであろう、日本対世界の構図だった。
きっかけは当時の首相、西園寺達彦の解釈改憲だった。
「日本国憲法9条には『いかなる戦力も保持しない』とあるが、在日米軍がこれに反している。そして、アメリカ軍の日本領土での演習は他国への威嚇であり、戦争を起こすきっかけになる。これを排除するためには自衛隊の動員もやむを得ない」
ある意味無茶苦茶ともとれる発言だった。
何せ大分衰えていたとはいえ、当時の世界で中国、ロシアと並んで最強と言われて軍隊に喧嘩を売ったのだから。 当然アメリカは激怒したが、裏では喜んでいたらしい。
何せ当時のアメリカは財政的にかなり厳しくなっていた。
日本という、確実に勝てる(と思われる)相手ならば、戦争によって大きな利益をあげられるだろう、と踏んだらしく、嬉々として太平洋艦隊を差し向けてきた。
ヨーロッパの国々も事情は一緒だったので、「国際平和を目指す」という名目のもと、アメリカとの共同出兵に踏み切った。
中国やロシアも「この混乱は好機」と思ったらしく、大艦隊を送りこんできた。
日本にとってはまさに四面楚歌で、状況は絶望的だった。 実際、あと一歩で本土血戦というところまで追い込まれたらしい。
だが、欧米や中国、ロシアが勝利を確信した時、形勢は逆転した。
それも、『一人』の手によって。
その『一人』、桜香の祖父であり、俺の師匠でもある、楠杉彦は、個人で、日本の領海内に侵攻していた各国の主力部隊をわずか2日で吹き飛ばした。
これによって、主力部隊を失った多くの国々は弱体化し、日本が世界のパワーバランスの頂点に立つことになった。
そして、戦後の各国との条約で得た利権により、2115年現在、日本はGDP世界第一位まで上り詰めた。
日本が小国であることを利用し、各国の軍を日本領海内に誘導し、「専守防衛」のもとに滅ぼす。
各国に攻めさせることによって、反撃の痛手を甚大にした、西園寺首相は鬼ち……天才と言わざるをえない。
そして、もう一人の日本興隆の立役者である師匠は、この時の鬼神のごとき強さから、『Marginal Man』(命名byアメリカ)と呼ばれるようになった。
ただし、これはレヴィンが定義した「子供と大人の中間に位置する境界人」を意味するのではなく、「人間と神の中間に位置する境界人」を意味する(ただし、『Marginal Man』として覚醒するのは青年期であることが多いので、レヴィンのほうで意味をとるのも間違いではない)。
まるで化け物と言われているようだが、『境界人』として覚醒した人間は、ある種の『超能力』を振るうから化け物扱いも仕方がないな。 あらかたの世界状勢の流れを頭の中で復習した(及び自分の師匠を化け物呼ばわりした)俺はその師匠の孫娘に視線を移す。
いつの間にか復活したらしく、責めるようなジト目でこちらを見ている。
「なんだよ?」
「普通、女の子が困ってたら慰めるとかしないの?」
「今は男女平等の時代だからな。女の子だから、という理由で慰めなければならないわけじゃないだろ。それで、国際平和とやらを実現する手段は見つかったのか?」
俺の質問に再び真剣な表情になった桜香を見て、慰める手間が省けた、と内心でガッツポーズをとりそうになるが我慢した。
「現在、世界のパワーバランスの頂点に立っている日本が、その武力をもって、戦争の動きを押さえながら各国を対話させ信頼関係を築かせればいいんじゃないかな?ある意味、上から目線で嫌だけど、現状、もっとも現実的な手段だよね?」
「まぁ、最近では他国にも『Marginal Man』に覚醒するやつが出てきてるから一概に日本がトップとは言えないがな。ただ、お前の言う通り、日本が己の利益を度外視し、世界の抑止力となれば対話をする環境はできるな」
本人の言う通り、多少独善的な感じはするが、感情を抜きにした合理的判断としては合格レベルだったので、首肯した。
もっとも、ここで終わらないのが桜香なのだが。
「じゃあ日本の改革が必要だよね?今の日本は他国を搾取する形に近いから」
「世界平和と日本の生活水準を天秤にかけろよ」
「うっ……」
ここまできたのだから、あくまで自分の主張を通せばいいものを、と思うが、他人を思いやれるのもこいつらしさかと、思い直す。
「まあ、精々頭を悩ませろよ。指摘ならいくらでもしてやる。『約束』だからな」
「う~……アリガト……」
桜香は俺の何気ない一言に礼を言うと、再び考え始めた。
こいつは夢みたいな理想を決して諦めようとしないから、凄いと思う。
馬鹿げたことだが、真剣にやろうとしているのを見ると協力したくなってしまう。 まぁ、それがコイツの評価すべき点なのだろうが……
桜香の評価を脳内でしていた俺の耳に突然、爆発音のようなものが届いた。
桜香も気付いたらしく、顔をあげていた。
「いこう!」
桜香は俺に呼びかけて走り出す。
応じて走り出す直前、俺の脳内を掠めたことは、桜香の(悪い意味でも)評価できる最大の点はつたないながらも何かしら行動しようとする点なんだよなぁ、という思考だったのは桜香に気づかれなかったようだった。 現在、俺は桜香と普段通っている通学路を外れて町中を走っている。
その間も何かがぶつかり合うような、爆発したような音が連続している。
21世紀なら、爆破テロか、と思われるところだが、実際には違う。
原因は22世紀になっても減らない、アウトローを気取った奴らの仕業だと当たりがつく。
楠杉彦、師匠が『Marginal Man』として覚醒して以来、世界中で覚醒者は増え続けた。
しかも、能力が発現する年齢は大体10代とくれば、第二反抗期の鬱憤を暴力で晴らそうとする奴もでてくる。
今暴れているのは、その典型例だろう。
全く、そんなことに使うエネルギーがあるなら分けて欲しいものだ。
「あそこの公園みたい!」
脳内での状況理解の末に愚痴っていた俺に、桜香が呼びかける。
まだ少し距離があるが、その公園の上空で、見えない何かが砂の塊とぶつかっている。
「物理系か……」
「そうみたいだね」
俺の呟きに桜香が反応した。
「物理系」というのは『Marginal Man』の能力の系統だ。
能力は、強さはS~Gのランクで、種類は物理系・精神干渉系・具現化系・概念系の4つに分けられる。 そして、物理系は、もっとも覚醒者が多く、その名の通り、物理的な能力で、物質や物理現象を操る。
ちなみに俺も正式な登録上では物理系である。
……なんで俺はこんな復習をしているんだ?
散々師匠から教わったのに、今更思い出す必要もないだろ。
何故したのか分からない思考を中断すると、もう公園は目の前だった。 公園の入り口に立つと、ヒドイ状態だった。遊具が所々凹んだり、ひしゃげたりしていた。
困ったちゃんの人数は左に3、右に3か……
それぞれのグループの一番前に出てる奴らがリーダー兼能力者らしい。
と、俺があらかたの状況把握を終えたところで突然、桜香が叫んだ。
「やめてくださーい!」
桜香の声は高く澄んでいるのでよく通る。
必然的に、ヒートアップしていた社会不適合者達は公園の入り口、俺と桜香のほうを向く。
(なんでわざわざ厄介な視線をこっちに釘付けにさせるんだ!?面倒だろ!)
こういう時には俺の心の叫びが聞こえないらしく、桜香は凛とした顔つきで、血気盛んなやつらのほうを見据えながら話し出しやがった。
「お願いします。喧嘩はやめてください」
「あ゛!?」
「何言ってやがる?」
まぁ、そうなるだろうなぁ。
桜香のまとも過ぎる発言に俺も呆れた。
「喧嘩はやめてください。ご近所の迷惑になりますし、公共の場を荒らすのは感心できません。それにあなた方も怪我をする可能性があります」
相手の心配をしてやるのはいいが、そのくらいで納得する相手なら苦労はない。
俺も口を開こうとした瞬間、桜香が、今までの丁寧な口調のまま、語気を強めてさらに発言した。
「そして、何より、ジャングルジムの裏にいる子供達が可哀想です。あなた達は周りも見ずに喧嘩をするんですかっ?」
前言撤回、というかそこまで見ていたのか、桜香。
俺は子供がいるのに気づかなかった。
確かによく見ると兄弟のような子供達が、固まって震えている。
「ああ?気付かなかったわ~」
「仮にいたのに気付いたとしてもやめねぇけどな」
桜香の言葉に一瞬思考停止していた不良ども(もう遠回しに言うのが面倒なのでストレートに表現する)が、軽薄な笑いとともにテンプレな発言をした。
これは救いようがないな、と思ったのだが、桜香はまだ説得を続けた。
「そもそも何故あなた方は戦っているのですか?もし話し合いで解決できるなら、話し合いで解決すべきです」
桜香はここで一瞬俺にアイコンタクトをし、また不良達を見据えた。
俺は桜香がアイコンタクトで指示してきた通りに行動しながら、桜香の説得を聞き続けた。
「あなた方は何故、能力を戦いに使うのですか?戦って得られるものがありますか?」
愚問だなぁ、と思ったが別行動中なので突っ込まないでおく。
「そりゃあ、縄張りを荒らされたら反撃するだろ?」
「はぁ!?ふざけんな!それはこっちのセリフだ!」
不良グループのリーダー達が、アホな発言をする。
しかし、桜香も怯まなかった。
「そもそも、あなた方の縄張りというものは、社会的に存在しないと思います。仮に存在するとして、『縄張り』が存在するなら、その範囲にいる住人を守るのが義務ではありませんか?そこの子供達のようにか弱い存在を守るのものではないのですか?」
桜香の指示通りに子供達を公園の入り口付近まで連れてきたところで、桜香がこちらを指した。
「「いつの間に!?」」
「桜香がお前らに無駄な説得を試みている間に」
自分達が気づかないうちに、俺が子供達を移動させたことに不良達は驚いた。
この程度で驚くなんて、よく『能力者』やってられるな……
「歩、その子達お願い」
不良どもの至らない思考に、内心呆れていた俺だが、桜香の言葉に従いまずは子供達を逃がすことにした。 俺が子供達を、なだめて、自分の家に帰るように指示して戻って来ると、桜香は不良達と話し続けていた。
「では、倫理的問題は抜きにしましょう。仮にあなた方どちらかの縄張りが存在するとして、他方と協議して、領地を確定することはできませんか?むしろ、話し合わずにいることで大きなリスクが生じていませんか?」「はぁ?」
「訳わからないんだが」
桜香の言っている意味がわからないらしく、不良達は疑問の声をあげた。
ここまで、不良達が攻撃してこないのは桜香の丁寧な対応が成せる技だが、そこに難しい理論を挟むのは難しいと思うぞ。
俺の心配(?)を知らずに桜香は話し続ける。
「一方の縄張りに、もしくはどちらの縄張りでもないのに、両方が喧嘩腰で相対すれば喧嘩になります。そこにはかなりの労力と、怪我をする危険性が含まれます。しかし、話し合い、半分ずつで分割すれば無用な争いを起こさず、双方に一定の利益がでる、と言っているのですが」
不良達の疑問に対し、桜香はなおも丁寧な対応を続けた。 しかも、その回答は、さっき俺が教えたばかりの『囚人のジレンマ』を利用したらしい。
桜香の応用力は素晴らしいとは思うが、ここで重要なことを忘れているということに気付いて欲しかった。
「知るか。そんなこと」
「頭いいぶってんじゃねえぞ!そんな理論なんか関係ねえ!俺らは戦いたいから戦うんだよ!女だろうが殴りたいから殴るしな!」
俺の懸念通り、理解の及ばない奴らは、馬鹿にされたと思ったらしく、キレてきた。
しかも、片方は『能力』を発動してきた。
そいつの能力は『大気操作』らしく、見えない大気の塊が桜香に迫ってきた……が、桜香に当たる直前で何事もなかったかのように消え去った。
「何!?」
大気操作能力で桜香を攻撃しようとした、チャラい男が驚きの声をあげた。
俺はそんなことは意に介さず、桜香に話しかける。
「桜香、お前の説得は前提から崩壊している。まず、話し合いというものは理性があるもの同士で成立するものだ。そして、こいつらは『能力』を手に入れ『自分は強い!』と勘違いしているから、自分が相手より優位だと思い、戦って勝てばいい、などと考えている。そんな、欲望のままに動き、自分を起点としてしか物事を考えられないやつらに『話し合い』など成立しない」
俺の冷静な指摘に桜香が悲しそうな表情をする。
今回ばかりは状況が状況なのでフォローを入れることにした。
「だが、お前が注意を引いてくれたおかげで子供達は安全に逃げることができた。そして、お前の『誰とも分け隔てなく話し合う』姿勢は高く評価するよ。今回は力が及ばなかったが、また頑張ればいいさ」
俺のフォローが効いたらしく、桜香は笑顔で頷いた。
俺は、桜香の気分転換に成功したのを確認した上で、更に言葉を続けた。
「じゃあ戦えるな?」
「嫌だけど……やむを得ないね」
「よし、じゃあ雑魚は任せるぞ」
「うん」
俺の言葉に、桜香は神妙な顔つきで竹刀袋から竹刀を取り出しながら答えた。
本来なら桜香は積極的に戦いたがらないが、この状況を放置しておけば、先程の子供達のような被害が出かねないので戦うことに迷いはないようだ。
理想を追い求めるだけでなく現実を見て行動できるのは大変よろしいぞ、と俺は心の中だけで桜香を誉め、不良達のリーダー二人に向き直った。
「イチャイチャしてんじゃねえぞ、コラ!」
「さっきのは何しやがったんだ!」
不良のリーダー達に向き直ると、今まで意識的に無視していた不良達の声が聞こえてきた。
正直、あまり会話をしたい相手ではなかったが大変不本意なことを言われてので思わず反応してしまった。
「なんでそんな勘違いばかりされるんだろう……?そして、大気操作能力者のお前、馬鹿だろ」
「はぁ!?」
そして、俺の指摘に大気操作能力者、チャラい男が反応した。
「おい、まずは俺があいつをぶっ潰す。いいな?」
何気に気に障ったらしく、チャラい男は先程まで敵対していたもう片方のグループのリーダーの、今時珍しい穴空けピアスをつけている男に俺との一対一を所望した。
ピアス男が了承したらしく、チャラ男が前にでてきた。
「テメェは俺を怒らせた。そういうわけで、死ねえ!」
自己中心的な理論とともにチャラ男は俺の顔面目掛けて空気塊をぶつけ……られなかった。
今度は微風すら起きずに、チャラ男の能力は不発に終わった。
「何で、グハッ!!……」
チャラ男の言葉は最後まで続かなかった。
自身の能力の再びの、しかも完全なる不発に呆けたチャラ男との距離を一気に縮めた俺が奴の鳩尾を強打したからだ。
チャラ男は能力にばかり頼って体を鍛えていなかったらしく、一発で気を失った。
何の感慨もなく、無表情に次の相手に視線を移すと、次の相手、ピアス男は笑っていた。
「いや、助かった。そいつの能力、パワーだけはあったから面倒だったんだ。ありがとう」
「そりゃどうも」
形だけの感謝に、俺も形だけの応答を返す。
「それにしても『同種相殺』ができるということはお前も大気操作能力者だな。しかも体を鍛えてるっぽい所から察するに低レベル能力者だな」
今度ばかりは俺が軽く驚いた。
確かにピアス男の言う通り、俺は『同種相殺』をした。
『Marginal Man』は同種の能力者同士のぶつかり合う場合、特殊な現象が起こる。
一つ、能力が発動される場合、同種の能力者であれば発動が察知できる。これによって俺はチャラ男の「見えない」空気塊の接近や発動を感知した。
二つ、同種の能力同士でランクの能力差が2つまでなら、能力同士の干渉により、能力を無効化することができる。俺はこれによってチャラ男の攻撃を無力化した。
ピアス男は以上のことと、トドメの拳撃を見て、俺が「低レベルの大気操作能力者」と予想したということだ。
馬鹿二人を相手にしていたつもりだったが、片方はしたたかだった、と認識を改めなければな。
俺は一瞬で思考をまとめて、目の前のピアス男を見据えた。「確かにアンタの言う通り、俺はFランクの大気操作能力者だ」
「やけに正直だな。まぁ、Dランクの能力者を倒した様子から見て、戦い慣れてるみてぇだから油断はできないけどな……所詮はレベルFだろ!」
俺の言葉に満足したと同時に、確実に勝てる相手と踏んだらしく、ピアス男も能力を発動してきた。
ピアス男が踏み鳴らすと、砂が波打って迫って来た。
振動操作能力者だが、足裏からしか能力を発動できないようだ、とすぐに判断がついたので俺は別段焦らなかった。
俺は、10メートルの距離を迫ってくる砂の波を眺めながらピアス男に話しかけた。
「右、見てみろよ」
「は?」
俺の言葉に、訳が分からない、という表情をしながらも能力を発動し続けたピアス男はなかなかに戦い慣れているようだったが、本来なら不用意に能力を使うべきではなかった。 心の中だけでご愁傷様と呟きながら、目の前に迫った砂の波に備えて目を瞑る。
「ガッ!」
何かが当たる音とともにピアス男の声が聞こえた。
砂が軽く当たる感覚が通り過ぎるのを確認して目を開けると、ピアス男が倒れていた。
「サンキュー、桜香」
ちょうど子分四人を倒し終わったらしい、桜香に俺は感謝の言葉を述べた。
ピアス男が能力を発動した際に、桜香が、倒した子分の金属バットを放り投げてくれたからだ。
俺は、桜香が放り投げたそれを、大気操作能力で作り出した拳大の空気塊で叩き飛ばして頭に命中させることでピアス男を倒した。
ちなみにこの感謝には、能力者が気を失ったおかげで、砂の波も力を失い、余計な怪我をせずに済んだということと、その場から動く手間が省けたことも含んでいる。
「どういたしまして。あっ!警察も来たみたいだね」
近隣の住民が連絡したらしく、サイレンの音が聞こえてきた。
俺と桜香は携帯を持ち合わせていないので、正直ありがたかった。
「警察行ったら電話借りないとね。おじいちゃんに遅れるって連絡しないと」
「帰っていいもですか?」
「歩も当事者でしょ」 桜香の言葉に俺の心は暗くなった。
Twitterをやっていれば「オワタ\(^O^)/」と呟くレベルに……
桜香の理想の実現に協力するのは『約束』だからいいが、警察の事情聴取などと言う面倒なことは『効率主義』の俺には辛過ぎる……
だが、桜香を放置して逃げれば、ジジバカの師匠から、地獄の拷問が待っているのは必死だ……
警察の事情聴取と命を天秤にかけて、命を取った俺は仕方なく、桜香と一緒に面倒ごとの到着を待つことにした……
更新遅くなってすみませんでした。これからはテーマごとにまとめて投稿するので、投稿速度はさらに遅くなります。
ご意見、感想ありましたら是非お願いします。
最後に、この駄文を読んでくださってありがとうございました。