第4話
風は、やわらかく吹いていた。
草原を渡る風が、肌をなでる。
ラビィの家を出た三人は、草原へと出る。
空は高く、光はすでに昼へと近づいていた。
「ここでよいじゃろう」
ラビィが立ち止まる。
琥珀は少し緊張したように周囲を見る。
「ここでやるの……?」
ラファがやさしく答える。
「はい、大丈夫ですよ」
「危険は低いと判断しています」
ラビィがゆっくりと振り返る。
「では――やってみよ」
少しの静けさ。
琥珀は手を前に出す。
「マナ……」
何も起こらない。
「……あれ?」
ラファが穏やかに言う。
「少し力が散っているみたいですね」
「焦らなくて大丈夫ですよ」
琥珀は少しむっとする。
「ちゃんとやってるよ……」
もう一度、手を出す。
「マナ……!」
空気が、ほんの少し揺れた。
「……あ」
小さな変化。
ラファがうなずく。
「今の、ちゃんと出ていましたよ」
ラビィが目を細める。
「……悪くない」
琥珀は少しだけ嬉しそうに笑う。
その瞬間――
「くぅ……」
お腹が鳴った。
「……あぅ」
琥珀は顔をそらす。
耳がしゅんと下がる。
しっぽも元気をなくし、ゆっくり揺れる。
ラファがやわらかく言う。
「お腹、空いていましたね」
「気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
琥珀は小さくうなずく。
その様子を、遠くから見ている影があった。
子どもたちだった。
最初は少し距離を取っている。
「……知らない人……?」
「でも……ばば様と一緒だよ」
ラビィは何も言わない。
ただ、静かに立っていた。
それだけで――
子どもたちの表情が、少しだけ緩む。
やがて、一人の子がそっと前に出る。
「お腹すいたの?」
「これ、あげるよ」
琥珀は目を丸くする。
「え……いいの?」
子どもはうなずく。
「ばば様のお話の旅人さんでしょ?」
琥珀は果物を受け取る。
「ありがとう……!」
一口かじる。
「……あまい……!」
耳が少し上がる。
しっぽが元気に揺れ始める。
ラファが微笑む。
「少し、元気が戻りましたね」
ラビィは静かにその様子を見ていた。
「……人は」
「よいのう」
小さくつぶやく。
琥珀は深呼吸をする。
「もう一回やる……!」
手を前に出す。
しかし――
今度は、うまくいかない。
「……あれ?」
ラファが言う。
「流れが少し変わっています」
ラビィが続ける。
「同じようにはいかん」
琥珀は少し考える。
「……むずかしい……」
ラビィが静かに言う。
「一人でやろうとしすぎておる」
琥珀が顔を上げる。
「え?」
ラビィはラファを見る。
「そちら、少し手を貸してやれ」
ラファは頷く。
琥珀の後ろに回る。
そして――
やさしく抱きしめる。
「一緒にやりましょう」
琥珀の耳が少し嬉しそうに動く。
しっぽがゆっくり揺れる。
「……うん」
二人で手を伸ばす。
「マナ……」
流れが生まれる。
今までよりも、はっきりと。
「……できた……」
小さな成功。
だが――
安定はしない。
何度か試す。
成功と失敗を繰り返す。
「……安定しない……」
ラファが空を見る。
光は、少しずつ傾き始めていた。
「時間帯の影響もありそうですね」
ラビィも頷く。
「流れは、常に同じではない」
その時だった。
――ドン……
また遠くで、大きな音が響いた。
琥珀の耳がぴんと立つ。
しっぽが強く揺れる。
ラファが反応する。
「衝撃音を確認」
琥珀が子どもたちを見る。
「今の音、どこ!?」
子どもたちが指をさす。
「あっち!」
三人は走り出す。
丘を越える。
そして――
見えた。
一基の風車。
だが様子がおかしい。
木々が絡みつき、
枝が、侵食するように伸びている。
「……なに、あれ……」
ラビィが低く言う。
「……壊れかけておる」
三人は入口へ向かう。
風車の扉は、想像以上に大きかった。
二枚の木扉。
擦れた紋様が、かすかに残っている。
「……これ……」
琥珀が手を伸ばす。
その瞬間――
空気が、わずかに変わる。
ラファが反応する。
「……反応があります」
ラビィの目が細くなる。
「……まだ、生きておるか」
琥珀の手が扉に触れる。
淡い光が、走る。
木の奥を何かが巡るように。
「……あ」
耳がぴくりと動く。
しっぽがゆっくり揺れる。
「……流れ……感じる……」
だが――
扉は開かない。
「……重い……!」
力を込める。
動かない。
ラビィが静かに言う。
「力ではない」
「流れじゃ」
ラファが後ろから支える。
「琥珀ちゃん」
「一緒にやりましょう」
「……うん」
手を当てる。
意識する。
「マナ……」
流れが、扉へと触れる。
その瞬間――
紋様が淡く光る。
見えなかった線が浮かび上がる。
――ギィ……
ゆっくりと、扉が開き始める。
風が流れ込む。
「……開いた……」
ラファが静かに言う。
「共鳴反応と推測されます」
ラビィが小さく笑う。
「……選ばれたのう」
三人は中へ足を踏み入れる。
空気が重い。
軋む音。
絡みつく枝。
歯車がずれている。
「……これ……」
琥珀が一歩踏み出す。
「やってみる……!」
何に流せばいいのかも、まだよくわからないまま、
琥珀はただ前に向かってマナを流した。
だが――
次の瞬間。
流れが乱れる。
暴れる。
「――っ!?」
耳が跳ね上がる。
しっぽが一気に膨らむ。
制御できない。
広がる。
崩れる。
「……だめ……!」
その時――
ラファが後ろから抱きしめる。
「大丈夫」
「一緒にいます」
流れが、戻る。
少しずつ。
静まっていく。
琥珀の呼吸が整う。
耳がゆっくり下がる。
しっぽも落ち着いていく。
「……ごめん……」
ラファがやさしく言う。
「初めてですから」
ラビィが静かに言う。
「……力はある」
「だが、まだ形がない」
琥珀が周囲を見る。
絡みつく枝。
歪んだ歯車。
「……直さないと……」
ラファが言う。
「マナだけでは維持できません」
ラビィが続ける。
「……人の手がいる」
外を見る。
村人たちが立っている。
不安そうに、だが目を逸らさない。
子どもたちもいる。
琥珀は振り返る。
耳が揺れる。
しっぽが小さく動く。
「……お願い」
「この風車を、直したいの」
「手伝ってほしい」
静けさ。
やがて――
子どもが一歩出る。
「やる!」
その一言で、空気が変わる。
大人たちも前へ出る。
「……ばば様がいるなら」
「俺たちも手を貸す」
ラビィは何も言わない。
ただ、そこにいる。
それだけで――
十分だった。
琥珀の耳が、ゆっくり上を向く。
しっぽが強く揺れる。
「……直せるかもしれない」
風が吹く。
壊れかけた風車が、わずかに軋む。
まだ、不安定。
まだ、止まりかけている。
だが――
確かに、
希望は生まれていた。




