第3話
風は、少し冷たかった。
丘を下る風が、頬を撫でる。
背後では、水瓶座の風車が静かに回っている。
「足元に気をつけなさい」
ラビィが前を歩く。
琥珀が並ぶ。
しっぽはまだ少しだけ警戒気味に揺れている。
「ラビィさんって、ここにずっといるの?」
少しの沈黙。
「……さあの」
「“ずっと”が、どれくらいか……もう、わからん」
風が吹く。
ラファが言う。
「記憶の欠損が進行していますね」
「……そうかもしれんのう」
ラビィは空を見る。
「でも、覚えておるものもある」
「風と、水と……」
言葉が揺れる。
「……あの子と……」
止まる。
「……違う……」
「……アリューじゃ」
琥珀が反応する。
「アリュー?」
ラビィの足が一瞬止まる。
「……それ以上は、まだ霧の中じゃ」
ラビィの視線が、わずかに揺れる。
「……あやつは……」
言葉が続かない。
少しだけ、目を細める。
「……よく、隣におった気がするのじゃが……」
静かな沈黙。
「……顔が……」
「思い出せぬ」
小さく、首を振る。
やがて家に着く。
中には石板や装置。
古い木の匂いと、どこかひんやりとした空気が漂っていた。
「触るでない」
ラファが観察する。
「情報保存領域……」
「そういう呼び方もあったのう」
ラビィが座る。
「さて」
視線が変わる。
「マナとクラフトを起こした二人よ」
ラファが答える。
「我々は未定義の存在です」
ラビィが手を動かす。
「マナは……流れ……」
空気がわずかに揺れる。
「……あったかい……」
琥珀が呟く。
「エネルギー変化を確認」
「クラフトは……形……」
机がわずかに震える。
「……違う……もっと……」
言葉が途切れる。
「……思い出せぬ」
琥珀は小さくつぶやく。
「流れ……と、作る……?」
ラファが補足する。
「流れている力、と考えると分かりやすいかもしれません」
「それを形にする働きが、クラフトです」
ラビィは二人を見る。
「……二つは、分かれておらぬ」
「……並んで、はじめて……」
そこまで言って、止まる。
「……思い出せぬ」
静かな空気が流れる。
ラファが問いかける。
「あなたは、この風車の制作者なのですね」
ラビィはうなずく。
「そうじゃ」
「わしと……ある男で作った」
琥珀が聞く。
「ある男?」
ラビィは少し目を細める。
「……リチャー……」
言葉が止まる。
「……思い出せん」
沈黙。
やがて――
「……アリュー」
その名だけは、はっきりしていた。
「共に作ったのじゃ」
「この風車を」
ラビィはラファを見る。
「……おぬしは、気づいておるじゃろうが」
少しだけ間を置く。
「わしは……人ではない」
静かな声だった。
「長く……この風車と共に在るものじゃ」
ラファの瞳が、わずかに揺れる。
「……はい」
琥珀が遅れて反応する。
「え?」
「人じゃない……?」
ラビィは小さく笑う。
「……だがな」
「人のように、生きたいと思ったことはある」
その言葉は、静かに重かった。
ラビィはゆっくりと立ち上がる。
窓の外に視線を向ける。
「……今も、聞こえるじゃろう」
少しだけ間を置く。
「音が」
ラビィは扉へ向かう。
「ついて来なさい」
琥珀とラファは顔を見合わせる。
そして、うなずいた。
三人は、外へと歩き出した。
その音の方へ。




