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9 ほわんほわんほわんほわん


「うああああんメンタル様がわたくしを大好きなばかりにぃいー!」

『あんた実は余裕ありやすねェ?』

「すれ違って喧嘩をしても破局の心配が全くありませんわ」


 部屋に引きこもったグリンレインは、さめざめと泣きながらぶちゃいくな猫の顔を原型がわからないくらいこねこねした。こねこねされているぶちゃいくな猫は、嫌そうな顔でされるがままになっている。

 そんな一人と一匹を見ながら茶をしばくのは、グリンレインと並走していたセラミックだ。


 彼女は当たり前のようにグリンレインの部屋まで並走し、当たり前のように入室し、当たり前のように紅茶を飲んでいた。目の前にはアフタヌーンティーセットのスタンドまである。

 メンタルの婚約者であるグリンレインを慰めようと、クラッシャ侯爵家の使用人達が用意した物だが、ちゃんと二人分なのでセラミック一人で食べきる事はない。

 騎士は身体が資本なので、女だろうと健啖家なのだ。


「ううう……わかっているのです。メンタル様がわたくしを戦場に出したくないという事は……わかっていますわ。でも、わたくしだってメンタル様をお守りしたいのです……」


 しかし後方支援は、グリンレインには向いていなかった。

 夫がいない間、家を守るのが妻の役目。物資の供給や、情報を集めて夫を助けるなどできる事は多い。そう言った後方支援がグリンレインには向いていなかった。


 何故ならグリンレインは、嫁にしてくれとクラッシュ家に押しかけてきた押しかけ婚約者。


 可憐な容貌とは裏腹に戦士向きの脳筋であった。

 いや、戦士だって頭を使うので、ちょっと落ち着いた方がいいかもしれない。


「守りたいのならば守ればよいではないですか。お父様が魔法少女の参戦を許可なさったのでしょう? お兄さまが何を言ったところでお父様の決定が一番です」


 スパッと言い切るセラミックに、涙を拭いたグリンレインがもじもじと身を捩った。


「で、ではメンタル様は署名をさせてくださいませんでしたが、侯爵様が許可をくださったのでわたくしはメンタル様の妻という事でよろしいですか」

「それは兄の署名を待ってあげてくださいな」


 ダメだった。

 グリンレインはシュンとした。


「それで、魔法少女には契約が必要なのはわかりました。私では難しい事もわかりました」

『やっと納得してくれたのかよィ』


 何度も同じ説明をさせられた悪徳妖精が、グリンレインのこねくり回しから解放されてびょんっと棚の上に避難する。ぐるりと身を丸くして、令嬢達を見下ろした。


「ですが可愛い格好での戦闘は、要は立ち回り方によるとわかりましたわ……そこは私の訓練次第です」


 鋼の瞳をギラギラと輝かせるセラミックは、可愛いドレスを身に纏っているが、雰囲気が完全に戦士だった。騎士ではない。荒々しい戦士だ。

 悪徳妖精は完全に呆れていたが、グリンレインは義妹が楽しそうで何よりと喜んでいる。

 メンタルがいたらとうとう胃を押さえたかもしれないがここにはいないので、セラミックの行動次第でメンタルの胃に穴が空く。


「代償は答えられないと聞きましたが、そもそもグリンレイン様は一体どこであの悪徳妖精を出会ったのです?」


 魔法少女のインパクトが大きすぎて、そもそもの疑問が後回しにされていた。

 一体どこで、自称悪徳妖精のぶちゃいくな猫と出会ったのか。

 そしてどのような経緯で契約を結ぶ事になったのか。


 問いかけたセラミックは、マイペースにタルトを頬張った。

 アフタヌーンのサンドイッチを手に取ったグリンレインは、棚の上で丸くなるぶちゃいくな猫を見上げた。ふさふさの尻尾が飛び出して、ゆらゆらと揺れている。


「わたくしと悪徳妖精が出会ったのが……今から十一年前」

「待ってください。思ったより昔ですね?」

「はぐれ魔物の怪鳥に餌と判断されたわたくしを、メンタル様が助けてくださった運命の日に……ぶちゃいくな猫ちゃんを遭難中のお兄様と勘違いしたわたくしが、強制遊泳中も放さずしがみ付いていたのが、全ての始まりですわ」

「情報量が多い!」


 人はこれを情報量過多と呼ぶ。


「わたくしはその日から……何をしてでもこの方のお側にいようと決めたのです……!」

「あ、待ってくれないし思い出が悪徳妖精からお兄様との出会いにシフトチェンジしていますね!?」


 そう、いつでもメンタルへの想いが溢れて止まらないグリンレインの頭には、悪徳妖精との出会いよりメンタルとの出会いの方が強烈に染みついていた。


 というわけでほわんほわんほわんほわん。グリンレインは気が遠くなるような音と共に、昔に思いを馳せた。


 忘れもしない、十一年前。

 自宅で颯爽と遭難した長兄。

 泣きながら切れていた妹。

 大慌ての両親に、おおわらわな使用人達。

 意気揚々と探しに行き、物陰に隠れていた大きな猫と兄を間違えて飛びついた直後。

 グリンレインは、はぐれ魔物の怪鳥の鉤爪に、わしっとひっつかまれて……お空を飛んだ。


「たしけてーっ」

「なんでそうなったんだ!?」


 巣に持ち帰られそうになったグリンレインを救ったのは、当時七歳のメンタル。

 自宅の庭で鍛錬していた、クラッシャ家直系の跡継ぎだった。



ほわんほわんほわんほわん。(桃色の雲が放出される)

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