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7 お猫様の下僕は怖い


 目をつり上げたメンタルが、逃げようとする悪徳妖精の首根っこを掴んで持ち上げて、強く揺さぶった。


「そんな契約を続行させられるか!! 言え! グリンレインから何を受け取った!」

『びゃびゃびゃびゃびゃ世界が揺れるーっ!』

「いけませんわメンタル様! お猫様大好き同盟の方達を敵に回してしまいます!」


 悪徳妖精はぶちゃいくだが猫だ。ぶさかわと呼ばれるジャンルの猫だ。

 歴とした妖精だが、外見が猫なので暴行を加えたら動物虐待とお猫様大好きな人々に詰められてしまう。平民にも貴族にもお猫様の奴隷は存在する。


 どんなに優しい人間でも、お猫様に手を出した瞬間に豹変する……お猫様に手を出してはいけない。

 グリンレインはメンタルに縋り付いて必死に止めた。


「放せ! この悪徳妖精にはしっかり話を聞くべきだ!」

「でも乱暴はいけませんわ! グリグリーにも怒られてしまいます!」

「あの子、お猫様の奴隷でしたの?」


 ちなみにグリグリー。グリンレインの妹である。

 研究者気質の兄と恋に生きる姉を見て育ち、とてもしっかり者に育った可愛い妹は、動物大好きだが自分まで趣味に生きられないと自重する可愛い子だ。そんな事はないので、グリンレインは適度に可愛いぬいぐるみを部屋に積むなどして誘惑している。


「このままぶちゃいくな猫ちゃんを振り回しては、手酷い報復がメンタル様を襲って……」

「俺は! こんな猫より、あなたの方が大事だ!」

「いやん」


 制止する為に縋り付いていたグリンレインは即座にメロメロになってメンタルに寄りかかった。


『め、メロ付いている場合じゃねェでさァ!! このままだとげろっちまいますぜェ!? お助け下せェ!』

「はっ!」


 まさしくメロ付いていたグリンレインは、悪徳妖精の声に我に返った。


 くねくねしていた背筋をしゃんと伸ばし、ぶちゃいくな猫を引っ掴む。メンタルの手から引っ張り出そうとするが、がっちり掴まれたぶちゃいくな猫はびくともしない。

 グリンレインは身体を後ろに倒して必死に引っ張った。猫の胴体がみょんと伸びたが、メンタルの手は外れなかった。


「わ、わたくし、か弱いですわ~!」

『まァ普段は普通のご令嬢だからねェ……』


 鍛えられた男性の膂力に勝てるわけがなかった。


 一方メンタルも、ピイピイと嘆くグリンレインが足元に鋭角ができるくらい傾いても重さを感じず、手元の猫がちょっと伸びるだけの現状に慄いていた。

 あまりにも弱すぎるし軽すぎる。


「……グリンレイン。やはり考え直せ。こんなに小さくて軽くてか弱いお前が戦場に出るのは無理がある」

「それが可能なのです! そう! 魔法少女ならば!」

「今魔法少女と仰いました?」


 セラミックが猫缶を空けた音を聞きつけた猫のように身を乗り出したが、メンタルとグリンレインには見えていなかった。


「それが不安だと言っている! そもそも自ら悪徳を名乗る妖精と契約するなんて、不用心にも程がある! 悪徳を自称するのだから、今後間違いなく痛い目を見るぞ!」

「構いませんわ。それでもわたくしは、メンタル様のお力になりたいのです!」

「つまりグリンレイン様が魔法少女ですの? そういう事ですの?」


 ぶちゃいくな猫を中心に見つめ合い、完全にお互いしか見えていないメンタルとグリンレイン。引っ張られて更に顔の歪んだ猫と、二人の周囲をうろちょろ回り出すセラミック。

 忘れ去られた侯爵は、若人達のやりとりを完全に傍観していた。


「頼むから、大人しく俺を待っていてくれ……!」

「待つなど、わたくし、わたくし……!」

「お前以外の妖精に頼めば私も魔法少女になれます?」

『クラッシャ家の血筋は特殊だから女王陛下くらいじゃないと無理でさァ』


 うつむき苦しげに訴えるメンタルと、涙目で彼を見上げるグリンレイン。その間で、セラミックが悪徳妖精の髭を引っ張って質問する、自由な末っ子セラミック。


「わたくし、メンタル様の帰りを大人しく待てるほど、強くはありません……っ」


 クラッシャ家の人間は、魔物と闘い宿命を背負っている。


 だからって、無敵なわけではない。


 直系だろうと弱ければ生き残れない。メンタルがいつ、帰らぬ人となるかもわからない。

 騎士の妻とは、そんな不安を抱えながら夫を待つ。その不安に耐えきれず、心を病む者もいる。

 騎士の妻は、心が強くなければ務まらない。


「強くないから……メンタル様より強くなりましたのに! メンタル様の分からず屋! 大真面目で融通が利かないメンタル様なんて、メンタル様なんて、とっても素敵だと思いますー!」

『それが捨て台詞でいいんですかィ!?』


 小刻みに震えて涙を浮かべるグリンレイン。

 涙を認めて狼狽えた男、メンタルの手から悪徳妖精がすっぽ抜けた。

 わりと大きなぶちゃいくな猫を抱いて、グリンレインは涙ながらに走り去った。

 ちててててっと、小動物のような足捌きだった。




魔法少女でない通常グリンレインは、とってもか弱い。

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