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6 侯爵令嬢は魔法少女になりたい


「――あら、グリンレイン様。ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、セラミック様」


 飛び込んできたセラミックは、家族以外の姿を認めて姿勢を正した。

 つんと澄ました立ち振る舞いに、立ち上がったグリンレインもお辞儀で返す。悪徳妖精は背もたれに乗って、今更猫を被った令嬢の姿を見ていた。

 被った猫は妖精ではないが、三匹くらいは乗っている気がする。


「グリンレイン様が武骨なクラッシャ家の執務室にいらっしゃるなんて……まさかグリンレイン様も先程の乙女が気になってここまで?」

「いいえ、メンタル様との結婚の許しを得たのでその手続きに」

「魔法少女の話だっただろう!」


 微笑みながら外堀を埋めようとするグリンレインにメンタルが叫ぶ。セラミックは目を丸くしたが、なんだいつもの事かとスルーした。

 セラミックにとってグリンレインは、婚約者のメンタルが大好きな、未来の義姉だ。

 兄夫婦の仲が良くて何よりである。


「……お兄様、今魔法少女と仰いました?」


 しかし気になるワードはスルーできなかった。

 むしろ聞き逃しそうになってメンタルを二度見した。


「先程の愛らしい乙女は魔法少女というのですね!」


 直球な褒め言葉に、グリンレインはまあ、と頬を染めた。

 しかしこの発言から、グリンレインこそが魔法少女と気付いていないらしい事がわかる。

 どうやら変身の瞬間は見ていなかったらしく、魔法少女ラブシャワーとグリンレインが繋がっていない。


 仕方がない。髪の色も目の色も変わっていたし、心なしか顔つきも変わっていた気がする。変身の瞬間を目撃するか、余程近くで接しないと騙されるだろう。

 侯爵が魔法少女(グリンレイン)を魔物との戦いに参加させるなら、セラミックにも魔法少女の正体は伝えなければならない。セラミックは令嬢で十五歳だが、魔物との戦闘を前提に鍛えられている。彼女もまた、血筋の加護から魔物と戦う未来が決定していた。


 それに対しては粛々と、役目と受け入れていたはずだが……先程とんでもない台詞が聞こえた気がする。聞き間違いだろうか。


「あんな素敵な愛らしい格好で格好良く戦うなんて! 私の理想とする姿です! 私も魔法少女になりたい!」


 おっとー?

 聞き間違いではなかった。


 セラミックは拳を握り、ここぞとばかりに主張した。


「以前から不満に思っていました。戦いの場で、可愛いが堪能できない事を!」


 力強く何か言い出した。

 被っていた猫は三匹ともいなくなっている。


「セラミック。戦いの場は、遊びではない」

「可愛いだって遊びではありません! むしろ万人受けする可愛いが存在しない事から、可愛いだって常に戦いです!」


 諫める侯爵(父親)の言葉すら撥ね除けて、セラミックは握りこぶしを振り回す。ドレスと同じ色の手袋は、手の甲に花の飾りが付いている。その花弁が散るほどの風圧だった。


「お父様の言いたい事は分かっています。可愛いは嵩張ります。滑らかな動きの阻害になるような装飾は必要ない。わかりますとも。命のやりとりに、動きにくい格好では能力を存分に発揮できない。そう仰りたいのでしょう」

「わかっているではないか」


 スカートで戦えない事もないが、広がる裾が邪魔だ。可愛い髪型は動き回れば乱れてしまう。髪飾りだって落ちるしぶつかるし絶対に壊れる。服飾だって引っかかれば身動きがとれなくなるし、足元がヒールなら踏ん張れない。

 命懸けで戦うのだ。万全を期した装備でなければ冗談抜きで命を落とす。


「ですが先程のフリフリラブリーキュートでパステルな乙女は可愛いで魔物を倒していました! 可愛いとは、やはり武器にもなるのです!」


 可愛い格好をした乙女が、魔物相手に無双していた。

 魔法少女の存在が、ぶっ飛んだ可愛い理論を打ち立ててしまったようだ。


 グリンレインは口元を押さえてはわわと震えた。わたくしの魔法少女姿がフリフリラブリーキュートでパステルな美少女だったばっかりに。侯爵令嬢の可愛く戦いたい欲望を駆り立ててしまった。

 ちなみにパステルとは褒め言葉になるのだろうか? 画材の名前だった気がするが、色鮮やかと言いたいのだろうか?


 慄くグリンレインの隣でメンタルは頭を抱えていた。

 妹がまさか、可愛いを戦場に持ち込みたいなどと言う欲望を抱いていたなど思いもしなかったので。

 確かに可愛い格好や小物が好きだとは思っていたが、それは個人の趣味だ。問題ないと思っていた。


「セラミック。魔法少女が可愛い格好で戦うのはあれが戦装束だからだ。そしてあの格好が許されるのは、妖精との契約があってこそだ。魔法少女でないお前が、可愛い格好で戦場に出てもみっともない結果にしかならない」

「く……っやはり妖精の力が働いていたのですね……ならば私も魔法少女になります! やらせてください! 私できます!」

『できねェよォ』


 猫のふりをしていた悪徳妖精が、みょんっと尻尾を揺らして言い争う二人の間に割って入った。

 と思ったら、テーブルに置きっぱなしの猫缶を貪りはじめる。

 もっちゃもっちゃと食べながら続けた。


『クラッシャ家は元から妖精の加護を持つ一族だからさァ。血筋に限定するとは言え、ここまで長い間加護を失わずに居る妖精の力が弱いわけがねェ。他の妖精の加護なんて弾くに決まってらァ』

「なんですのこの……絶妙にぶちゃいくな猫は……」

「ね、ぶちゃいくな猫さんですよね」


 ドン引きのセラミックに、嬉しそうなグリンレインが続く。悪徳妖精は猫缶を貪りながら嫌そうに顔を顰めた。


『そのぶちゃいくな猫が、魔法少女を生み出す悪徳妖精でさァ』

「なんですって。このぶちゃいくな顔で……? ……。いえ、なんだかじっと見ていると愛着が湧いてくる顔をしている気がしますわね……?」

『無理するんじゃねェよォ』


 取り繕いおべっかを言われても、クラッシャ家の人間は魔法少女にはなれない。悪徳妖精は嘆息した。


『クラッシャ家だけじゃねェ。妖精の加護を持つ人間は魔法少女にはなれねェよォ。魔法少女になる代償がでかすぎて加護に引っかかるんでさァ』

「ほう?」

『アッ』

「あっ」


 セラミックを説得していたはずなのに、聞こえてきた内容にメンタルが低い声を出す。失言に気付いた悪徳妖精とグリンレインが揃って声を上げた。


「命の別状はないが、他の妖精の加護を受け付けない程大きな代償……?」


 悪徳妖精はやっちまったぜと前足で額を押さえ、逃亡を図る。グリンレインは元気よくそっぽを向いた。

 何もわかっていないセラミックが、静観する侯爵の前で首を傾げていた。




いつかうっかり代償を言っちゃいそうな悪徳妖精。

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