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5 猫の手も借りたい


 落ち着いた声で注意され、いつの間にか立ち上がっていた二人は顔を見合わせ、そっと腰を下ろした。


 その際にできた距離を詰めるように、グリンレインが座り直す。

 お互い譲れない言い合いをしたにも関わらずぴったりくっついてくるグリンレインに、メンタルは苦い顔をした。したが、離れる事はなかった。

 悪徳妖精はいつの間にか出された猫缶を貪っている。口周りが大変な事になっていた。


 若人と妖精の様子を確かめながら、落ち着いた声音で侯爵は言った。


「魔法騎士よりも、個人契約の魔法少女の方が攻撃力は高い。妖精の力が分散されるか、しないかの違いだろうな。私としては、魔法少女ラブシャワーが参戦してくれるならこれ以上ない戦果になると考えている」

「父上!」

「しかし、力を得る為の代償を知らなければ戦列に加える事はできない」


 再び立ち上がる勢いで前のめりになった息子を手の平で制し、侯爵の視線はグリンレインに向かっていた。


 戦いたい気持ちもわかったし、戦力になるともわかった。

 しかし、その代償を知らないまま手を取る事はできない。

 知らない事が致命的な敗因になる可能性があるからだ。

 侯爵は冷静に、若い二人を見詰めていた。


「答えられるかな、プラナー伯爵令嬢」

「……いいえ、できませんわクラッシャ侯爵」


 グリンレインは悲しげに、首を振る。


「代償は答えられません……代償を答えてしまうと、契約が終わってしまうのです」

『そういうもんでさァ』


 しょんぼりするグリンレインの膝に、悪徳妖精が戻ってくる。ぐるりと身体を丸めて、フンスと息を吐いた。


『代償ってのは力の根源でさァ。それを知られるって事は、弱点を知られるのと同じ事。だから魔法少女は、契約の代償を知られちゃならねぇんでさァ。じゃないと、支払い続けられなくなるんでねェ』


 代償とは、その場限りではないらしい。

 支払い続けて、継続される。代償が支払えなくなったら魔法少女は力を失う。

 クラッシャ一族はそれが血だ。加護を得た一族は、その血筋が絶えたら加護も失う。


『まァそちらさんが気にするのもわかっちゃいるが、命に関わる代償ではねェんで安心しなせェ。そこだけは保証するぜィ』


 欠伸と一緒にそう言った悪徳妖精の顎を、グリンレインが捏ねる。撫でるではなく捏ねた。

 悪徳妖精から『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛~~』と呻きに近い歓声が漏れる。温泉につかったおっさんよりダミ声だった。

 悪徳妖精の言葉に、メンタルは黙った。熟考に入る。


(命に関わる代償ではない……? ではなんだ。目に見えて姿は変わったが、グリンレインの身体に異変は見られない。かつて悪徳妖精と契約した代償で禿げる。色が抜ける。乾燥肌になる。免疫力を失うなど多様な前例があるにはあるが、どれも妖精にとって悪戯だ。今回のように大事になる前に、妖精達は姿を眩ませている)


 しかしこの悪徳妖精は太々しい態度で居座り続け、こうして説明までしてくる。


(他に狙いがあるのか? それともグリンレインの魔力が、それ程甘美な味なのか……)


 妖精に魔力を与える事で魔法が使える。

 昔は本当にそれだけだったが、大魔法使いのやらかしから、魔力だけでなく他の代償も必要になった。魔力は大前提で、人間は魔力以外の代償を求められている。


(だが、その魔力がどうしても欲しいなら、ここまで手厚くなる場合もある……のではないか?)


 メンタルは人間なので、魔力の味などわからない。個人で質も量も違うらしいが、人間は魔力を使えないので、測定する事もできないのだ。


「……では、魔法少女ラブシャワーの参入を認めよう」

「父上!?」


 同じく熟考していた侯爵が重々しく承諾したのに驚いて立ち上がる。ぴったりくっついていたグリンレインが反動で大きく揺れたが、メンタルには見えていなかった。大きく揺れたグリンレインの膝から悪徳妖精が落っこちたのも気付いていない。


「お前もわかっているだろう。自ら能力を得てここまで来たプラナー伯爵令嬢が、我々に拒否されたからといって大人しく引き下がるわけがない……実際、今回も勝手に砦を抜け出したのだろう」

「う、そうですが……」


 そういえば魔法少女に囚われて、その部分の叱責がまだだった。振り返った先には反動が落ち着かず揺れ続けるグリンレインと足元でひっくり返る悪徳妖精がいた。


 ここで何が起きたのか察したメンタルはグリンレインの背中を支えて揺れを止め、悪徳妖精の首根っこを掴んで椅子の端に置いた。目を回したグリンレインがメンタルにもたれかかるが、自責の念から受け入れる。

 もたれかかったグリンレインが目を回しながらもメロメロしているのは、斜め下からみ上げていた悪徳妖精だけが気付いた。

 こいつ、婚約者にくっつくのに余念がねェ。


「ならば、好きにさせよう。正直今は、猫の手ですら借りたい」


 深く息を吐き、侯爵は窓の外を見た。

 足の悪い侯爵の為に、執務室は一階にある。城壁に囲まれた砦なので、塀に阻まれて森は見えない。

 けれど塀の向こう側、森の姿がよく見えているかのように、侯爵は目を細めた。


「昨今、魔物達は量を増やし、強くなっている……まるで何かの予兆だ。まるで濁り固まった瘴気が迫り来るような圧を感じる……だからこそ、どんな手でも打たねばならん……それがこの土地を、国を守る選択になると信じて」


 またもやメンタルは何も言えなくなってしまった。

 父であり上司である侯爵がそう判断したのなら、表立って反対する事はできない。息子であり部下であるメンタルにとって、侯爵の判断は絶対……。


「だからメンタルよ。プラナー伯爵令嬢に万一があってはならん。責任を持って早急に結婚しろ」

「父上ぇ!? いきなり何をっ」

「ではこちらにサインをくださいませ!」

「あなたも用意周到だな!?」


 が、早急に結婚しろ発言には叫ばずにはいられなかった。

 そして懐からプラナー伯爵家のサインの入った婚姻届けを取り出したグリンレインに目を剥いた。侯爵は驚く事なく、差し出された書類に向かい左手でペンを握っている。待て待て。


「二人とも落ち着いてください! これは勢いでするものでは――……っ」

「たのもーうっですわ!!」


 今にも親のサインが書かれそうな婚姻届をさっと取り上げ、メンタルは不満げに見上げてくる二人を諫めた。二人揃って同じ顔で見上げてくるな。

 しかしお互いが説得を試みる前に、執務室の扉が勢いよく開かれた。


 扉を開けたのは、クラッシャ侯爵家の長女。

 メンタルの妹、セラミックだった。


 クラッシャ家の血筋らしい灰色の髪は肩で切り揃えられ、花やリボンで豪華な髪飾りをしている。鍛えられて引き締まった身体に無駄はなく、胸元に飾りの多いドレスを身に纏っていた。

 今年社交界デビューの十五歳。

 少々ゴテゴテしているが、若い少女らしい装いだ。


「お父様! お兄様!」


 セラミックは鋼色の目をつり上げて、鋭く父と兄を呼んだ。


「先程の愛らしい装束で戦っていた乙女は誰ですか! あの衣装……わたくしも戦闘着にしたいですわ!!」


 別方向からの魔法少女への質問と要求に、父と兄は目が点になった。




魔法少女はどの世界でも憧れる存在なのだ。

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結婚は勢いでするものです。
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