4 守りたい者同士
グリンレインは、クラッシャ家の血筋とは全く関係のない家の出だ。
だから本来は、魔物と戦っても蹂躙されるだけのか弱い存在である。
「魔法少女は個人契約。血筋も家督も関係ない。ただし、血筋が続く限り、半永久的に加護を得る我々と違い、個人の契約は強大な力を得る為の代償が重いと聞く」
悪徳妖精を膝に乗せたまま器用に身を寄せてくるグリンレインと、流石にくっつきすぎは良くないと椅子の限界まで逃げていたメンタルが顔を上げる。
仲が良くて大変よろしいが、今はそれどころではない。
「プラナー伯爵令嬢。君が魔法少女になる為に支払った代償は何かな」
『個人情報の為お伝えできませんでさァ』
「なんだと!」
グリンレインが口を開くより前に、悪徳妖精が割って入る。すぐさまメンタルが食ってかかるが、全く気にせず欠伸をした。
ちなみにグリンレインは斜め下から、語調の強いメンタル様も素敵……とハートを飛ばしていた。
それどころではない。
『野暮野暮、野暮天。野暮ってもんでさァ。こ~んな若くて可愛いプリティー戦士が爆誕したんだから諸手を挙げて喜べばいいじゃないですかィ。しかも圧倒的な物理力。マサカリ担いだ魔法少女の攻撃力を見たでやんしょ? こりゃぁ~頼らない手はないですぜ旦那ァ』
ぴょいっと立ち上がったぶちゃいくな猫がテーブルに乗り上がる。ぶさぶさした尻尾を揺らし、前足で口元を拭った。
『性能に不安がありまさァ? うちのラブシャワーちゃんは、見かけは可憐な乙女ですが魔法によって強化された肉体はたとえ虎の魔物に切りかかられても衣服がちょっと良い感じに切れるだけで玉のお肌は無事でさァ』
「なんで衣服は切れるんだ! そこも補強しろ!!」
『ちょっと良い感じにボロボロになる可愛い少女ってのは昔から需要があるんでさァ』
「何の話をしているんだ!」
「メンタル様……わたくしの為にそんなに大きく声を出して……」
ぽぽぽっと頬を染めるグリンレインに、メンタルは傷む頭を抑えながら彼女の肩に手を置いた。
メンタルの手ですっぽり覆える肩は小さくか細い。だというのに、魔法少女として戦いに参加するつもりでいる。
「あなたもあなただ。魔物との戦いは、一度始めてしまえば終わりがない。この戦いに和平はあり得ないんだ。あなたのような女性が参加するべきではない」
「お言葉ですがメンタル様。わたくし、もうはじめてしまいましたわ」
メンタルの脳裏をマサカリ担いで愛を叫ぶ愛らしい少女が過った。
「……だいぶ姿が変わっていたから、あれがあなただったとわかっている人は、少ないはずだ」
「我が戦友、コック・リマインド様としっかり目が合いましたわ。滅多に見ない口を開け放ったお間抜けなお顔でしたが、あれはわかっておいでかと」
「お前達いつの間に戦友になった?」
メンタルの脳裏を、夕日色の髪をした友人が陽気に通り過ぎていったが、彼もまたあの戦場で呆気にとられていた一人だ。今なら幻覚で押し切れる。押し切らせてくれると思う。
「……俺はあなたに代償を支払わせてまで、戦場に立って欲しくない」
メンタルは生まれたときから決まっていた運命を、十八年経った今でも完全には飲み込めていない。
国の為、人々の為、必要な戦いだとわかっている。しかし度重なる戦闘に倒れる父。心労で狂った母。恐怖に叫ぶ者、力及ばず苦悩する者を間近で見続けた。
戦力は必要だ。人手は欲しい。
望んでいるのなら、力になって欲しい。
けれど、グリンレインは……メンタルの婚約者はダメだ。
「俺はあなたに、安全な場所にいて欲しい」
「メンタル様……」
言葉に出して訴えるのははじめてだった。
言わなくても危険な場所に来ないと思っていたし……当たり前に、戦うのはクラッシュ家の宿命だったから。
だからまさか、可憐な婚約者が変身して戦場を駆けるとは思ってもみなかった。
本当に思ってもみなかった。
なんだ変身って。
沈痛な面差しで訴えるメンタルに、グリンレインも物悲しげな顔になる。
きゅっと桜色の唇を噛み締めて、けれど拳を握って首を振った。
「わたくしは!」
滅多にない大声を出して、グリンレインは深呼吸をした。
「わたくしは、言いました。メンタル様より強くなってきたと。巨大な魔物を吹き飛ばせるくらい、強くなりましたわ」
「それは……」
再び脳裏を過るマサカリ。
小柄なグリンレインより大きいのではないかと勘ぐりたくなるくらい巨大なマサカリ。
それを悠々と振り回す魔法少女。
「それでも、わたくしは、頼りない令嬢のままですか? 肩を並べるに値しませんか? わたくしだって、メンタル様のお肌にかすり傷一つ付いて欲しくありません。愛しいあなたに健やかであって欲しいから武器を取るのは、おかしな事ですか? 泥と汗と血に汚れた格好いいメンタル様を間近で応援しながらメンタル様の敵は全て星にしてしまいたいわたくしはおかしいですか!」
「おかしくは――……うん?」
反射的におかしくないと言いかけたメンタルだが、最後の台詞が処理しきれず首を傾げた。
何かおかしかった気がする。
「メンタル。プラナー伯爵令嬢。二人とも、落ち着きなさい」
おかしかった部分を考えるより早く、静観していた侯爵が二人を止めた。
おかしいと感じた部分はそのまま放流された。
どんぶらこ。
もう見えない。
うっかり川に流れて行ってしまいましたねーうっかり!




