校正者のざれごと――PTA奮闘記
私は、フリーランスの校正者をしている。
そして昨年から、下の子の学校のPTAのお手伝いをしている。担当は広報。年3回発行する広報誌の制作をする。
PTAの広報は過去に何度か担当しているが、この学校の広報は非常にしっかりしている。台割(どのページにどんな内容を掲載するか一覧にしたもの)も作ってあるし、撮影や原稿依頼など、役割分担もしっかりしている。なかには、雑誌の誌面を作っている本物のデザイナーだという男性もいた。そんな人、なかなか直接お目にかかることはないだろう。
余談だが、PTAというとこんな恐怖体験?をした方もいるかもしれない。
学年初めの保護者会で、全体会のあと、各クラスに移動する前に役員決めが行われる。体育館の扉は閉められ、学級代表など、すべての役員が決まるまで外に出ることは許されない。まだ歩けない小さな下の子を連れてきて「引き受けられない」アピールをする親もいるが、みんな同じことを考えているのか乳幼児の同席率が異様に高く、それで免除されることはもちろんない。私は比較的時間の融通が利くので決められるままに従っていたが、フルタイムで働く母親たちは、そうとう困惑していたようだ(すべて実体験です)。
ただ、最近のPTAは役員になったとしても実際に集まることはそれほどなく、広報に関してもLINEのやりとりでたいていの作業はできる。校正もLINEで送られてきたデータを各自が確認すれば済む。以前、長文のLINEは「おばさん構文」などと言われて嫌われる傾向があるらしいと書いたが、ここではみんな思う存分長文や絵文字を送りあう。
LINEやメールでは、長い文章は途中で行のアキを入れるのが普通で、そのほうが読みやすい。一般の書籍では、そんなふうにアキが入ることは少ないが、最近では例外もある。
少し前に、人気YouTuberの人が書いたお金に関する本の校正をした。横組みで、行のアキも多く、メッセージアプリを模したような紙面になっていた。本人の言葉の横には動物のような可愛らしいアイコンがついている。いつもとは違う体裁に少し戸惑ったが、若い読者には親しみやすいのかもしれない。今後はこんな体裁の本が増えていくのかも。
この本は最終的にはいわゆる「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」を勧める内容だった。「FIRE」は日本FP協会の説明によると「経済的に自立することで早期退職の実現を目指し、退職後は資産運用などで生計を立てていくライフプラン」となる。テレビでも時々取り上げられている。本のなかでは、このFIREを実現するための貯金に対する考え方、NISAの利用方法、貯蓄と保険の違いなどが詳しく解説されていた。
FIREは自分には縁遠い話だが、保険に対する考え方には感心させられた。保険というのは「めったに起らないが、起こると非常に大きな損失を被ること」に対して備えるものだという。天災や不慮の事故、予期せぬ病気などだ。それに対して、介護のように将来多くの人に起こりうることは貯蓄などで賄うべきだという。保険ではコストに見合わないのだ。
この本は先日も本屋で人気の本として取り上げられているのを見た。自分が校正した本が書店に並ぶだけでなく、このように扱われているのはやっぱり嬉しい。
PTAの広報では、マラソン大会のページの担当になった。紙面の作成のため、ある日役員たちが学校の会議室に集まった。例のデザイナーである男性(Tさん)の姿もあった。
Tさんは自前で持ち込んだPCにほかの役員たちが選んだ写真を次々に配置していく。バックには陸上のトラックのような写真が敷いてある。見出しの文字も抜群にセンスがいい。こんなの、明らかに学校の広報誌のクオリティじゃない。
「ここの印刷会社さんって、このあたりのぎりぎりの部分って入れてくれないんですよね」
誌面を作りながら、Tさんがつぶやく。「ああ、のどの部分ですか?」
私がそう言うと「小山さん、もしかして何かやってます?」と聞かれた。
「えっと……実は校正やってます」「ああ、なるほど。そうでしたか」
「のど」というのは、見開きの中央の綴じ目が来る部分のこと。反対側の開く部分のことは「小口」という。ちなみに左右はそのまま「左右」だが、上下は「天地」という。枠のなかの中央に配置したいときは「天地中央ニ」などと指摘する。
デザインのことはわからないので、先生からもらった順位表の写真データを文字に起こす作業を担当した。名前、クラス、所属する部活動、タイムをすべて正確に入力する。
「これ、ベタ打ちでいいですよね。行のアタマは揃えないで全角アキでいいですか」
「そうですね。流し込んでからこちらで調整するので」
ベタ打ちは余白や改行などを加えずにデータを打ち込むこと。余計な装飾などのないデータのほうが扱いやすいのだ。ふだん仕事ではできあがったゲラ(校正紙)を確認するが、こんなふうにそれができていく過程を見られたのはとても興味深かった。
できあがった広報誌を各クラスに仕分けする日に再び役員が集まったが、Tさんは来ていなかった。そう、そろそろ年末進行が始まっている。紙面の作成をする彼のほうが年末進行の訪れが早いのだ。私のところに来るのはたぶん数週間遅れくらい。
できあがった広報誌をぱらぱらとめくる。ほかの役員たちもそれぞれ手にして、満足そうに眺めている。仕事では出版社からの献本を手にするが、そのときもやっぱり充実感がある。生徒や保護者の皆さん、楽しんで読んでくれるといいな。




