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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第3章:記憶の星図

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93/109

第93話 午後三時、あの店は今日も様子がおかしい ― 観測ログ―

〈セクター7〉には、

毎日きっちりと動いているはずのシステムと、

どう見てもきっちりしていない店がある。


中にいる人たちは、

自分たちがどう見られているかを、たぶん知らない。


今日は少しだけ視点をずらして、

その「どう見えているか」を記録してみる。


静かで、問題がなくて、

なぜか一番安心できない――

そんな午後三時の話。


〈セクター7〉、午後3時。


私は〈セクター7〉第二区画の運用管理担当だ。

数字と手順とチェックリストが世界のすべて――のはずだった。


だが、毎日ひとつだけ例外がある。


カフェ〈コメット〉。


業務分類は「軽飲食施設」。

事故報告ゼロ。

違反記録なし。


それなのに、

モニターで見るたびに不安になる。


午後三時。

定時チェックの時間だ。


……まず映ったのは、

カウンター内でコーヒー器具を倒しかけている人物。


あ、と思った瞬間、

別の人物が慌ててそれを受け止め――

勢い余って、別の器具を落とす。


床に転がる何か。

小型の何かがそれを追いかけて滑り、

派手に一回転して壁にぶつかる。


私は思わず姿勢を正した。


警告は――出ない。

重力値――正常。

衝撃センサー――反応なし。


……どういうことだ。


別の人物は端末を操作しているが、

明らかに画面を上下逆に見ている。

途中で首を傾げ、

なぜか端末を回転させて解決したような顔をする。


いや、回転させたのは端末ではなく、

本人のほうだった。


私は額を押さえた。


普通なら、

少なくとも一件は事故報告が上がる。


だがログは静かだ。


その直後――

モニターの数値が一瞬だけ揺れた。


ほんの一瞬。

誤差未満。

補正不要。


なのに、

揺れた“向き”が妙に整っている。


まるで、

転び方や落とし方が、

最初から計算されていたかのように。


カウンターでは、

コーヒーが淹れられている。


手順は明らかに雑。

順番も一部おかしい。

一度、お湯を注ぐのを忘れている。


……が、

最終的にカップに注がれた液体は、

完璧な色と湯気を保っていた。


私は記録端末を見つめる。


・異常行動:複数

・結果:安定

・被害:なし


理解できない。


別の職員の言葉を思い出す。


「あそこ、ポンコツですよね?」


訂正しよう。

かなりポンコツだ。


だが――

そのポンコツさが、

なぜか宇宙を壊さない。


午後三時一分。

また、微小な揺らぎ。


今度は、さっきより少しだけ優しい。


理由は分からない。

報告書には書けない。


私はログに、いつもの一文を入力する。


「異常なし」


画面を閉じる直前、

〈コメット〉の映像が一瞬だけ映った。


床に散らばった物。

それを踏まないように避けながら、

全員がなぜか同じ方向に動いている。


――揃ってはいない。

――噛み合ってもいない。


それでも、

全体としては、うまくいっている。


私はそっとログを確定した。


午後三時。

異常なし。


公式には。


今日もステーションは稼働中。

宇宙は無事だ。


あの店が、

あれだけポンコツでなければ――

もしかすると、危なかったのかもしれない。


晴れ、ときどき地球だ。


外から見れば、

転びそうで、壊しそうで、

一歩間違えたら事故だらけの店。


それでも、

結果だけを見ると、いつも宇宙は無事だ。


たぶん〈コメット〉は、

正しく動いているのではなく、

うまくズレ続けているのだと思う。


誰もそれを説明しないし、

説明できる人もいない。


だから今日の記録も、

公式にはこう残る。


――異常なし。


今日も、

晴れ、ときどき地球だ。

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