第93話 午後三時、あの店は今日も様子がおかしい ― 観測ログ―
〈セクター7〉には、
毎日きっちりと動いているはずのシステムと、
どう見てもきっちりしていない店がある。
中にいる人たちは、
自分たちがどう見られているかを、たぶん知らない。
今日は少しだけ視点をずらして、
その「どう見えているか」を記録してみる。
静かで、問題がなくて、
なぜか一番安心できない――
そんな午後三時の話。
〈セクター7〉、午後3時。
私は〈セクター7〉第二区画の運用管理担当だ。
数字と手順とチェックリストが世界のすべて――のはずだった。
だが、毎日ひとつだけ例外がある。
カフェ〈コメット〉。
業務分類は「軽飲食施設」。
事故報告ゼロ。
違反記録なし。
それなのに、
モニターで見るたびに不安になる。
午後三時。
定時チェックの時間だ。
……まず映ったのは、
カウンター内でコーヒー器具を倒しかけている人物。
あ、と思った瞬間、
別の人物が慌ててそれを受け止め――
勢い余って、別の器具を落とす。
床に転がる何か。
小型の何かがそれを追いかけて滑り、
派手に一回転して壁にぶつかる。
私は思わず姿勢を正した。
警告は――出ない。
重力値――正常。
衝撃センサー――反応なし。
……どういうことだ。
別の人物は端末を操作しているが、
明らかに画面を上下逆に見ている。
途中で首を傾げ、
なぜか端末を回転させて解決したような顔をする。
いや、回転させたのは端末ではなく、
本人のほうだった。
私は額を押さえた。
普通なら、
少なくとも一件は事故報告が上がる。
だがログは静かだ。
その直後――
モニターの数値が一瞬だけ揺れた。
ほんの一瞬。
誤差未満。
補正不要。
なのに、
揺れた“向き”が妙に整っている。
まるで、
転び方や落とし方が、
最初から計算されていたかのように。
カウンターでは、
コーヒーが淹れられている。
手順は明らかに雑。
順番も一部おかしい。
一度、お湯を注ぐのを忘れている。
……が、
最終的にカップに注がれた液体は、
完璧な色と湯気を保っていた。
私は記録端末を見つめる。
・異常行動:複数
・結果:安定
・被害:なし
理解できない。
別の職員の言葉を思い出す。
「あそこ、ポンコツですよね?」
訂正しよう。
かなりポンコツだ。
だが――
そのポンコツさが、
なぜか宇宙を壊さない。
午後三時一分。
また、微小な揺らぎ。
今度は、さっきより少しだけ優しい。
理由は分からない。
報告書には書けない。
私はログに、いつもの一文を入力する。
「異常なし」
画面を閉じる直前、
〈コメット〉の映像が一瞬だけ映った。
床に散らばった物。
それを踏まないように避けながら、
全員がなぜか同じ方向に動いている。
――揃ってはいない。
――噛み合ってもいない。
それでも、
全体としては、うまくいっている。
私はそっとログを確定した。
午後三時。
異常なし。
公式には。
今日もステーションは稼働中。
宇宙は無事だ。
あの店が、
あれだけポンコツでなければ――
もしかすると、危なかったのかもしれない。
晴れ、ときどき地球だ。
外から見れば、
転びそうで、壊しそうで、
一歩間違えたら事故だらけの店。
それでも、
結果だけを見ると、いつも宇宙は無事だ。
たぶん〈コメット〉は、
正しく動いているのではなく、
うまくズレ続けているのだと思う。
誰もそれを説明しないし、
説明できる人もいない。
だから今日の記録も、
公式にはこう残る。
――異常なし。
今日も、
晴れ、ときどき地球だ。




