表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第1章:軌道の片隅で

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/51

第9話 静かな修復 ― コーヒーと友の手 ―

止まってしまったAI。

けれど、沈黙の向こうにあったのは、

冷たさではなく、香りの記憶だった。


〈セクター7〉のカフェ〈コメット〉。

開店前の空気は、宇宙の真空よりも静かだった。


リクはコーヒーポットを持ち上げ、

いつものように声をかけた。


「ミナ、湯温、確認してくれ」


――返事はなかった。


カップから立つ湯気が、

ただゆっくりと天井に消えていく。


「……おい、寝坊か?」


冗談めかした声も、静寂に溶けた。


リクは眉をひそめ、コンソールを覗き込む。


『通信モジュール、応答なし。共鳴波干渉の可能性』


無機質な報告が響いた。


「やっぱり昨日の共鳴が残ってたか」


背後で、いつものように開店を店内で待っていたジロウが、

ゆっくりと立ち上がる。


「完全に落ちてるっすね」


「AIってのは寝るのか?」


「整備士の出番っすよ」


ふたりは顔を見合わせ、

いつもより少し慎重な手つきで動き出した。


パネルを開ける音。

金属のわずかな震え。

それらが混ざって、〈コメット〉の朝は静かに回転し始める。


「……電源、再投入」


リクの声に合わせて、光がわずかに灯る。


沈黙。

そして、ゆっくりと――


『……ブレンド温度、九十二度。豆残量、あと三杯分です』


リクとジロウは、思わず顔を見合わせた。


「……おい、それが最初の一言か?」


『あっ……失礼しました。

起動シーケンスを間違えました』


「間違えてねぇよ。うちの“正解”だ」


ジロウが笑いをこらえきれずに肩を震わせる。


「AIの朝はコーヒーの香りから、っすね!」


『朝は香りで始まるのが理想です』


「……だろうな」


笑いが、店の空気に溶けていく。


リクはカウンターの上に並ぶカップを見つめ、

ひとつを手に取った。

ゆっくりとお湯を注ぐと、

静かな音が重力をなぞって落ちていく。


ミナの光が柔らかく揺れた。


『温度、適正です』


「だろ?」


その一言のあと、誰も何も言わなかった。

ただ、コーヒーの香りだけが、

ゆるやかに店を満たしていった。


外の宇宙は、静かに回っている。

今日も変わらず、

晴れ、ときどき地球。


世界がもう一度動き出すとき、

それは大きな音ではなく、

静かな香りから始まる。


焦らず、慌てず、

コーヒーをひとつ淹れるように、今日も。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ