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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第3章:記憶の星図

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第89話 午後五時、帰還 ― 有能は玄関で脱いでください ―

宇宙は広く、仕事は重い。

外に出れば、人はちゃんと有能で、

責任を背負って、世界を救ったりもする。


でも――

帰る場所まで、有能でいる必要はない。


これは、

「できる人」が〈コメット〉に戻った瞬間、

なぜか全部うまくいかなくなる話。


〈セクター7〉、午後5時。


カフェ〈コメット〉のドアが開いた。


「……ただいま戻りました」


そう言って入ってきたジロウは、

服は乱れておらず、姿勢も妙に良く、

工具箱もきっちり閉じられていた。


リクは一瞬だけ手を止める。


「……誰だ?」


カナも顔を上げる。


「え、あの人ジロウ?」


ミナの光が、わずかに解析色になる。


『照合結果:一致。

 ただし“落ち着きすぎ”です』


ジロウは咳払いをした。


「他部署の応援、終わりました。

 重力制御、無事復旧。

 航路ズレも収束。

 感謝状、もらいました」


一拍。


「……え?」


「……感謝状?」


「……紙?」


ミナが確認する。


『事実です。

 ジロウは本日、

 “迅速かつ冷静な現場対応”を評価されています』


リクはゆっくり頷いた。


「ほぉ……やるじゃねぇか」


ジロウは照れたように頭をかく。


「いやぁ……向こうだと、

 なんか普通にできるんすよね」


その瞬間。


――ガン。


ジロウの足が、〈コメット〉入口の

3センチの段差に引っかかった。


「うおっ」


工具箱が傾き、

中からネジ、レンチ、なぜか計量スプーンが飛び出す。


床に散乱。


完全な沈黙。


ミナの光が、すっと通常色に戻った。


『……帰還、確認しました』


カナが吹き出す。


「ちょっと待って。

 さっきまで宇宙救ってた人よね?」


ジロウは床に座り込んだまま、ぽつり。


「……あれ?」


リクは何も言わず、

コーヒーを一杯、差し出した。


「おかえり」


ジロウはそれを受け取り、

一口飲んで、深く息を吐いた。


「……戻ってきたっす」


床のネジはそのまま。


〈コメット〉は、今日も通常営業だった。


外では英雄。

中では段差に負ける。


それでも、

コーヒーを飲めば元に戻る。


〈コメット〉は、

能力が下がる場所で、

人が戻る場所。


今日も――

晴れ、ときどき地球だ。

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