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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第3章:記憶の星図

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第88話 午後三時、理性不在 ― コメット、無法地帯になる ―

理性は、たまに席を外す。

ほんの二時間ほど。


その間に世界が壊れることは、たぶん、ない。

ただし——

散らかる可能性は、非常に高い。


今日はAIバリスタ・ミナが不在。

止める人がいない〈コメット〉で、

人間たちは“自由”という名の実験を始めてしまった。


さて。

午後三時は、無事に戻ってくるだろうか。


〈セクター7〉、午後3時。


カフェ〈コメット〉は、

いつもより騒がしかった。


理由は明白だった。


ミナがいない。


『定期メンテナンスのため、

 本日15:00〜17:00は不在です』


その一文だけを残して、

ミナは静かにシャットダウンされた。


——そして今。


カウンターの上には、

なぜか三種類のコーヒー器具が並び、

その横に用途不明の工具が二つ、

さらになぜか軍手。


リクは腕を組んで、それらを見下ろしていた。


「……ミナがいねぇと、

 店ってこんなに“信用できない見た目”になるんだな」


ジロウはエプロンを逆に着ている。


「逆に自由っすね!

 “止める人”がいないって、最高っす!」


カナは端末を構えながら、半目だった。


「自由っていうか、

 “ブレーキが外れた車”みたいな感じね」


「スピード出るやつっす!」


「壁があるでしょ」


「壁も越えるっす!」


「越えるな」


 


最初の異変は、抽出方法だった。


リクがドリッパーを手に取る。


「……今日は、どうする」


ミナがいれば、

『標準抽出を推奨します』

で終わる話だ。


だが、今日は違う。


ジロウが目を輝かせた。


「逆に全部使いません?

 ドリッパー、フレンチプレス、

 あと……これ」


なぜか整備用漏斗を掲げる。


「それコーヒー器具じゃないだろ」


「形、似てるっす!」


「似てりゃいいのかよ」


カナが静かに言った。


「……混ぜたらどうなるか、ちょっと興味ある」


「お前もか」


 


結果。


三つの抽出方法を同時進行し、

なぜか最後に全部混ぜた。


色はコーヒー。

香りもコーヒー。

でも、どこか——落ち着かない。


ジロウが一口飲んだ。


「……うわ」


全員が見る。


「まずい?」


「いや……元気になりすぎる味っす」


「最悪の評価だな」


リクも飲む。


「……目が覚める」


「それ、午後三時に要る?」


カナが苦笑いしながらカップを持つ。


「……なんか、会議3本分くらい

 一気にこなせそうな味」


「誰も幸せにならないやつだ」


 


その頃。


店内の自動照明が勝手に切り替わった。


青。

赤。

緑。


「……照明どうした?」


ジロウが胸を張る。


「さっきスイッチ触りました!」


「なんで触った」


「気分っす!」


「気分で触るな!」


BGMも変わる。

なぜかやたら陽気なリズム。


カナが天井を見る。


「ねぇ、これ……

 ミナがいない間に暴走してない?」


「してるな」


リクは深く息を吐いた。


「……完全に、理性が抜けてる」


 


そこへ。


――ピコン。


端末に通知が入る。


『メンテナンス完了。再起動します』


全員が固まる。


「……ミナ、帰ってくる」


ジロウが青ざめる。


「やばいっす!

 床、豆だらけ!

 照明おかしい!

 味、謎!」


「全部お前発端だ」


「オレ一人じゃないっすよ!?」


「八割お前だ」


 


光が、ふっと灯る。


『……再起動完了。

 現在時刻、午後3時47分。

 店内状況を——』


一瞬の沈黙。


『……』


間。


『……確認します』


さらに間。


『……これは』


全員、身構える。


『“理性不在状態”が発生していましたね』


「言い方!」


ジロウが正座した。


「ごめんなさい……」


『ですが』


光が、少しだけ柔らかくなる。


『大きな事故はありません。

 被害は——

 床、味覚、そして皆さんの判断力』


「判断力が一番重症だ」


リクが言う。


ミナは、混合コーヒーを解析する。


『……これは推奨できません』


「ですよね」


『ですが——』


また間。


『“ミナ不在時限定”として、

 記録価値はあります』


「え、残すんすか!?」


『はい』


リクが苦笑した。


「……優しいな」


『事実を記録するだけです』


 


ミナは最後に、静かに告げた。


『本日の香りの記録——

 “理性がいないと、だいたいこうなる”』


ジロウが小さく言った。


「……もう二度と、

 ミナなしで自由にしないっす」


『嘘ですね』


「バレてる!」


午後三時。

理性は戻り、

床は片づき、

コーヒーは——普通に戻った。


でも、全員どこか楽しそうだった。


今日も、

晴れ、ときどき地球だ。


理性が戻ると、

世界はちゃんと静かになる。


でも、

理性がいなかった時間に生まれた

あの無駄な混乱や、意味のない試みや、

ちょっとだけ楽しかった空気は——

消えずに、香りとして残る。


〈コメット〉は今日も学んだ。

自由は楽しい。

そして、見張り役は必要だ。


たぶん明日も、

同じことを繰り返すだろうけれど。


今日も。

晴れ、ときどき地球だ。


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