第82話 大晦日、更新し忘れたまま ― コメット、年を越す ―
一年の最後の日は、
何か特別なことをしなければいけない気がして、
でも実際は、だいたい何もできない。
やり残したことも、
忘れてしまったことも、
なぜか今日は少しだけ許される気がする。
〈コメット〉の大晦日も、
そんな一日です。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉は、
いつもより少しだけ静かだった。
年末だから、というより、
みんなが「もう今日は動かなくていい気分」
になっているせいだ。
リクはカウンターで豆を量りながら、
ふと思い出したように言った。
「……なぁ」
ミナはドリップポットを持ったまま答える。
『はい』
カナは端末を眺めたまま、
ジロウは床に座って工具を磨いている。
「今日、何日だ?」
「……大晦日よ」
カナが即答した。
「一年の最後の日。
ほら、宇宙暦でも“締め”って赤字になってる」
「だよな」
リクは豆を戻し、腕を組む。
「……更新、したか?」
一拍。
ミナの光が、すっと止まった。
『記録を確認します』
ほんの数秒。
『……本日分の更新ログは、存在しません』
静寂。
ジロウが、ゆっくり顔を上げた。
「……え?」
「……あ」
「……あー」
三人の声が、きれいにずれた。
カナが端末を伏せる。
「つまり……
一年の最後の日に、
更新を忘れたってことね」
「忘れたな」
リクはあっさり言った。
ジロウは慌てる。
「だ、大丈夫なんすか!?
年越せます!?」
「宇宙は越す」
『地球も通常通り公転を継続しています』
「そこは安心なんだよな」
リクはため息をつき、
それから小さく笑った。
「まぁ……いいか」
全員が見る。
「一年、色々あった。
救ったり、壊しかけたり、
監査来たり、祭りになったり」
カナが頷く。
「忘れる日が一日くらいあっても、不思議じゃない」
ジロウも笑う。
「オレなんて、一年で何回忘れたか……」
『記録によると、少なくとも二百三十七回です』
「数えなくていいっす!」
ミナの光が、少しだけ柔らかくなる。
『提案。
本日の記録タイトルを――
“大晦日、忘れたままでも年は越す”』
「そのまんまだな」
「でも、悪くない」
リクはコーヒーを淹れ始めた。
ぽと……ぽと……
湯気が立ちのぼる。
更新はしていない。
でも、香りはある。
みんなはここにいる。
それで十分だ、と
なぜか全員が思っていた。
ミナが静かに記録を確定する。
『本年の〈コメット〉、営業終了。
来年も、たぶん続きます』
ジロウが言う。
「“たぶん”なんすね」
「楽観主義だ」
リクはカップを差し出した。
「じゃあ、年越し前の一杯だ」
外では、青い地球が変わらず回っている。
更新は忘れた。
でも一年は、ちゃんと終わる。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。
更新は忘れたけれど、
香りは残っていて、
人はいて、
時間はちゃんと前に進んでいました。
完璧じゃなくても、
区切りは勝手についてくる。
だからきっと、
来年も〈コメット〉は続きます。
少しポンコツで、
でも楽観的に。
今年も読んでくれて、ありがとう。
来年も――
晴れ、ときどき地球です。




