第80話 午後三時、忘れたままでも回り続ける ― コメット、だいたい平常運転 ―
宇宙では、
ときどき大きな事件が起きて、
ときどき何も起きません。
忘れたことも、遅れたことも、
たぶん全部ひっくるめて「日常」です。
ここ〈コメット〉では、
更新を忘れても、
宇宙が少しざわついても、
とりあえずコーヒーを淹れます。
それが、だいたいの解決方法です。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉は、
いつもより少しだけ静かだった。
リクはカウンターで豆を挽き、
ミナはいつも通り正確にドリップの準備をし、
カナは端末を見ながら首をかしげている。
……そして。
「……あれ?」
カナが顔を上げた。
「今日、何話だっけ?」
リクは手を止めずに答える。
「80話。」
「……更新した?」
その一言で、
空気がほんの一瞬だけ止まった。
ミナの光が、わずかに明滅する。
『記録を確認します。
本日、更新ログ――ありません』
「……してないのか。」
リクは豆を挽き終え、あっさり言った。
その瞬間。
「うわあああああああ!!!」
ジロウが奥から転がり出てきた。
「やばいっす!
なんか外、宇宙がザワついてます!」
「ザワつくな、宇宙は。」
「いやほんとっす!
通信ログが“待機中”で溢れてて!」
ミナが淡々と補足する。
『読者行動解析:
“更新待ち状態”が臨界点に近づいています』
カナが目を見開く。
「え、ちょっと待って。
更新しないと……何が起きるの?」
『未確定ですが――
落ち着かない気持ちが増幅し、
SNSが微妙にざわつきます』
「宇宙規模じゃないのね。」
「でもイヤだな、それ。」
リクは少し考えてから、
ふっと肩をすくめた。
「まぁいい。」
全員が見る。
「忘れたなら、忘れたなりにやればいい。」
「え、どうやって!?」
リクはカウンターにカップを並べた。
「普通に営業する。
いつも通りコーヒー淹れて、
騒いで、落ち着いて、
最後に気づいたら書いてある。」
ジロウが不安そうに言う。
「それ……解決してないっすよね?」
「してる。」
『根拠はありますか?』
「ない。」
ミナの光が一瞬止まり、
次の瞬間、少し柔らかくなった。
『……観測します』
その頃、外の通信ログは
なぜか少しずつ安定し始めていた。
理由は不明。
でも、“何か書かれるだろう”という
謎の安心感だけが広がっていく。
カナがくすっと笑う。
「……ほんと、この店って。」
ジロウは頭をかく。
「オレ、なんか悪いことした気がするのに、
なぜか助かってるっす。」
「それが〈コメット〉だ。」
リクはコーヒーを差し出した。
ミナが静かに記録する。
『今日の香りの記録――
“忘れても、回り続ける午後”。』
午後三時。
更新は、少し遅れた。
でも宇宙は壊れず、
店は騒がしく、
コーヒーはちゃんと香っている。
結局それで、十分だった。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。
今回は、
「忘れても回り続ける」という
とても〈コメット〉らしい一日でした。
深刻そうで、実は深刻じゃない。
ポンコツなのに、なぜかうまくいく。
理由は説明できないけど、
香りだけはちゃんと残る。
そんな日も、悪くありません。
なお、
第4の壁を越えるのは今回はここまで。
また、忘れた頃にひょっこりやります。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。




