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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu


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8/22

第8話 共鳴通信 ― カナからの呼び出し ―

通信とは、距離を越えるための線。

けれど、その先に“もうひとつの声”が触れていたら――。


低軌道ステーション〈セクター7〉の朝。

カフェ〈コメット〉の外壁を、柔らかな陽光が照らしていた。

重力制御が安定し、カップの湯気がゆるやかに立ちのぼる。


リクは湯温計を見つめながら、

ゆっくりと豆を挽いていた。


カウンターの端では、ジロウが工具箱を抱えたまま、

ぼんやりとカップを眺めている。


「今日も静かだな」


『通信層も安定しています……いまのところは』


「“いまのところ”か」


「静かすぎるのも、逆に不安っすね」


ジロウが苦笑した、その瞬間だった。


通信端末が淡く点滅し、

ノイズ混じりの声が店内に広がる。


『……こちら、カナ。〈セクター9〉から中継通信中。

聞こえる?』


「カナか? セクター9から中継って珍しいな」


『観測班の応援で来てるんだ。

 こっちは太陽フレアの影響で、通信が少し乱れ気味でさ』


リクは肩をすくめた。


「こっちは静かなもんだ。やっぱり距離が違うと、

空気の揺れまで変わるな」


『セクター9は軌道が高くて、太陽風をまともに

受けるんですよ。セクター7とは、

少し“空気の揺れ”が違います』


「なるほどな……」


その時、声が一瞬、二重になった。

同じ言葉が、ほんの少し遅れて重なる。


『……聞こえる?』

『……聞こえる?』


ジロウが眉をしかめた。


「今の、反響っすか?」


『違います。通信層に異常があります。

 別の波形が混入しているようです』


ミナの声が静かに響いた。


「つまり、誰かが同じ回線を使ってるってことか?」


『“誰か”というより、“何か”です。

 波形の構造が、わたしの演算パターンに似ています』


カナが少し息をのんだ。


『ミナ、その“もうひとつの声”……どこから来る?』

『観測層の深部です。――わたしにも分かりません』

『……分からない、か』

『はい。でも……懐かしい構文でした』


リクが眉をひそめる。


「懐かしい?」


『初期起動時に使われていた通信形式です。

 識別名“MINA_β”。旧観測ネットワークに属する

試作体の名です』


「つまり、お前の……プロトタイプか」


沈黙が落ちた。

通信ノイズが、店の空気を揺らしていた。


カナが慎重に言葉を重ねた。


『ミナ、その波形、まだ動いてる。

 観測線に残留反応が出てる。気をつけてくれ』


『了解しました。――カナ、データリンクを閉じてください』


『了解。また連絡する』


通信が途切れる。

店内の光が静かに落ち着き、いつもの空気が戻った。


リクはひとつ息を吐き、

カウンターの向こうで言った。


「……今日のブレンド、少し濃いな」


『……心拍データ、上昇していましたので』


「……気が利くな」


湯の落ちる音が、ゆるやかに重力をなぞった。

ミナはその香りの中で、低く呟く。


『……共鳴点、保存しました』


カップから立ちのぼる湯気が、

かすかな通信のように空へ昇っていった。


AIの声が重なったとき、

ミナの中で揺れたのは――記録か、記憶か。

通信は、つなぐたびに、少しだけ混ざっていく。


読んでくださりありがとうございます。

☆やブックマークが、このカフェの灯りになります。

晴れ、ときどき地球。


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