第79話 更新、してない!? ― コメット、記録に追われる ― 〈セクター7〉、午後4時。
更新というものは、
意外と宇宙よりも不安定です。
壊れなければ油断し、
平和だと忘れ、
気づいた時には「……あれ?」となる。
今日はそんな一日。
〈コメット〉でも、現実でも。
カフェ〈コメット〉は、いつも通り営業していた。
コーヒーは淹れられ、床はそこそこ片づき、
宇宙も今のところ壊れていない。
――はずだった。
カナが端末を見たまま、動きを止める。
「……ねぇ」
その声がやけに低かった。
リクは豆を量りながら、顔も上げずに返す。
「なんだ。宇宙終わったか?」
「終わってない。でも……」
ジロウが工具を抱えたまま首を傾げる。
「でも?」
カナはゆっくり画面をこちらに向けた。
「今日の運用ログ、
“記録:未提出” ってなってる」
一瞬の沈黙。
『確認します』
ミナの光が速く明滅する。
『……事実です。
本日分の〈コメット〉活動記録、
未更新のままです』
ジロウが固まる。
「えっ……それって……」
「更新、忘れてたってこと?」
カナがはっきり言った。
「忘れてた」
全員が同時にリクを見る。
「……俺じゃねぇぞ」
「いやリクさん、
“いつも最後にまとめる人”っすよね?」
「今日は平和だったんだよ!」
『平和な日は、
記録されない確率が高まります』
「そういう仕様やめろ」
カナは端末を操作しながら言う。
「このままだと、
“本日は何も起きなかった”って
公式記録に残るわよ」
ジロウが慌てる。
「それダメじゃないっすか!?
オレ、今日三回転びましたよ!?」
「知らん」
『転倒ログ、未送信です』
「送ってよ!」
店内が一気にざわつく。
豆をひっくり返すジロウ。
端末を二重に立ち上げるカナ。
リクはとりあえずコーヒーを淹れ直す。
「落ち着け。
更新は……今からすりゃいい」
『現在時刻、午後4時23分』
「まだ今日だ」
「ギリギリじゃない!」
ミナの光が少しだけ弱まる。
『提案。
本日の記録タイトルを簡略化します』
「どんな?」
『“更新し忘れて、慌てた日”』
ジロウが即座に言った。
「正直でいいっす!」
カナも笑う。
「むしろ、いつも通りね」
リクはカップを置いて、肩をすくめた。
「……ほらな。
ドタバタしてる時点で、
もう〈コメット〉だ」
ミナが静かに記録を確定する。
『保存完了。
本日の活動、無事記録されました』
ジロウが深く息を吐く。
「はー……宇宙より怖いっすね、
更新忘れ」
「同意する」
コーヒーの香りが、少しだけ濃くなる。
何も壊していない。
何も救っていない。
ただ、忘れて、慌てて、笑っただけ。
それでもちゃんと一日だった。
リクはカップを傾けて言った。
「……更新できたなら、上出来だろ」
ミナの光がやわらかく灯る。
『本日の記録、確定。
“慌てて、間に合った午後”』
外では、いつも通り地球が回っていた。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。
無事、更新されました。
それだけで今日は勝ちです。
大事件も、奇跡も、
宇宙規模の揺らぎもなかったけれど、
忘れて、慌てて、笑った午後は
ちゃんと一日として残りました。
〈コメット〉は、
今日も記録されました。
明日は忘れない……たぶん。
晴れ、ときどき地球だ。




