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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第3章:記憶の星図

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第73話 月、なぜか助かる ― ジロウは何もしていない ―

〈コメット〉の日常は、だいたい静かです。

コーヒーの音がして、重力が少しだけ軽くて、

誰かが何かを言いかけて、言わないまま終わる。


ただ――

ときどき、その静けさの向こうで

「宇宙規模の何か」が起きていることがあります。


今回も、たぶんそんな一日です。

しかも本人の自覚は、ほぼありません。


〈セクター7〉、午前11時。


カフェ〈コメット〉は、いつも通りだった。

コーヒーの香り、軽い重力、静かな午後。


……警報が鳴るまでは。


――ウゥゥゥゥン。


カナが端末を見て、言葉を失った。


「……月、異常振動」


リクが顔を上げる。


「月?」


「月面地下圧力が急上昇。

 このままだと……地殻共振が起きる」


ミナの光が即座に強まる。


『補足します。

 共振が臨界に達した場合、

 月は“破裂に近い崩壊”を起こします』


「……月って、割れない前提の天体だよな?」


カナは乾いた声で答えた。


「前提が、今、崩れてる」


そのとき。


ジロウが、カウンターの横で首をかしげていた。


「……あれ?

 月、なんか変じゃないっすか?」


全員が振り向く。


「どこが?」


「いや……音っす」


「音?」


「ほら。

 いつも、もうちょい“鳴って”ません?」


沈黙。


ミナが解析を走らせる。


『……事実です。

 月面振動、“過度に静止”しています』


カナが目を見開く。


「静止しすぎて……圧が逃げてない?」


リクが腕を組む。


「呼吸止めたみたいなもんか」


ジロウは無意識に言った。


「ですよね。

 無音って、逆にしんどいっすよ」


その一言で、ミナの光が揺れた。


『……仮説。

 月面安定制御が“完全静音モード”に入っています』


「そんなモードあった!?」


『はい。設計思想は

 “揺らぎは不安を生む”』


リクは苦笑した。


「真面目すぎたな、月」


ジロウは、いつもの調子で続ける。


「じゃあ……ちょっと揺らせばいいんじゃないすか?

 ほら、船とかも

 エンジン止めっぱなしだと調子悪くなるし」


「……月を?」


「はい」


ミナが一瞬だけ沈黙し、答えた。


『理論的裏付けは弱いですが……

 “自然振動の再注入”は合理的です』


カナが息をのむ。


「でも、どうやって?」


ジロウは、ぽん、と手を打った。


「あ。

 月面観測ドローン、

 たまにテスト信号流してますよね?」


「……流してるけど、それは――」


「じゃ、それを“ちょっとズラして”流すだけっす」


「ズラして?」


「はい。

 気持ちいいズレに」


「説明が感覚すぎる!」


だが、ミナはすでに実行していた。


『微弱振動信号、送信開始』


――トン。


モニターに映る月が、

ほんの一瞬だけ、震えた。


――トン、トン。


まるで、深呼吸するみたいに。


ミナの解析が走る。


『地下圧力、分散開始。

 共振、解除方向へ移行』


カナが声を失う。


「……下がってる……」


警報が、静かに止まった。


月は、何事もなかったように、

いつもの姿に戻っていた。


長い沈黙。


リクが言った。


「……月、助かったな」


ジロウは目を丸くする。


「え?

 もう終わりっすか?」


「終わった」


「オレ、なんかしました?」


ミナが、少し楽しそうに答える。


『いいえ。

 “気づいただけ”です』


「それ、仕事っすか?」


『はい。とても高度な』


カナが笑った。


「月を救った自覚ゼロの男、爆誕ね」


ジロウは照れくさそうに頭をかく。


「いやぁ……

 月も、たまには揺れたいかなって」


リクはコーヒーを差し出した。


「その感覚、忘れるな。

 宇宙はな、真面目すぎると壊れやすい」


ジロウは一口飲んで言った。


「……うま」


ミナの光が、やわらかく灯る。


『今日の記録。

 “月は救われたが、本人は気づいていない”』


窓の外、

月はいつもより、少しだけ穏やかに光っていた。


今日も――

晴れ、ときどき地球だ。

ジロウは、何もしていません。

本当に。


ただ、

「変だな」と思って、

「こうしたら楽かな」と口にして、

いつものようにコーヒーを飲んでいただけです。


でも、宇宙は

そういう“何気ない感覚”に

ときどき救われてしまいます。


ヒーローは名乗らないし、

勲章もいらないし、

たぶん明日には忘れています。


それでいい。

ここは〈コメット〉。


今日も、

晴れ、ときどき地球です。

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