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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第3章:記憶の星図

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第72話 午後三時、何もなかった顔をして ― コメット、通常営業 ―

大事件の翌日も、

宇宙はだいたい午後三時を迎える。


平和拠点だとか、監査だとか、

そういう肩書きは一旦カウンターの下に置いておいて。


今日は何も起きない日。

――たぶん。


〈セクター7〉、午後3時。


カフェ〈コメット〉は、今日も何事もなかった

ような顔をしていた。


ついこの前まで「平和拠点だの監査だの」が

あった気もするが、床は普通、天井も無事、

宇宙も壊れていない。


リクはカウンターで豆を量りながら、ぼそっと言う。


「……静かすぎねぇか。」


その瞬間だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


ジロウが店の奥から転がり出てきた。

何かにつまずき、何かを倒し、

何かを盛大にぶちまけながら。


「何した。」


「してないっす!!

 何もしてないのに、足が勝手に——」


床一面に転がるのは、

コーヒーフィルター、スプーン、

なぜか非常用スイッチのカバー。


カナが端末から顔を上げる。


「……ちょっと待って。

 そのスイッチ、なんで外れてるの?」


ジロウは目をそらす。


「いやー……昨日の片付けで……

 “なんとなく”外したような……」


『“なんとなく”は理由ではありません』


ミナの声が、いつも通り冷静に響いた。


次の瞬間。


――ピコン。


店内の照明が七色に切り替わり、

BGMがやたら陽気なリズムに変わった。


「……何これ。」


『照明モード:祝祭用。

 理由:不明。

 起動者:ジロウ』


「起動してないっす!

 触ってもないっす!」


「触ってなくて起動するのが一番怖ぇんだよ。」


そこへ追い打ち。


ドリップスタンドが突然回転し始めた。


「うわ! 勝手に回る!」


「ミナ! 止められる!?」


『現在、制御優先権が“お祭りモード”にあります』


「なんでだよ!!」


ジロウは慌てて掴もうとして、

勢い余って豆の袋をひっくり返す。


豆、飛散。


ピポ、突撃。


「ぴぎゃーーっ!」


「ピポ! 豆は拾うな! それ仕事じゃない!」


床を転がる豆、滑るジロウ、

それを避けようとして転ぶカナ、

避けた拍子にコーヒーをこぼすリク。


一瞬の沈黙。


……そして。


リクが床を見下ろし、深く息を吐いた。


「……まぁ、いい。」


全員が固まる。


「午後三時だ。」


それだけ言って、

リクは新しい豆を挽き始めた。


『通常抽出に戻します』


照明が元に戻り、

回転していた器具が止まり、

BGMも静かな環境音に切り替わる。


カナは床に座ったまま笑い出した。


「……ほんと、この店って。」


ジロウは豆まみれで正座。


「すみません……

 今日はオレ、存在自体が邪魔でした……」


「そんな日もある。」


リクはコーヒーを差し出す。


ミナの声が、少しだけ柔らかくなる。


『本日の異常:

 重大事故なし。

 被害:床と自尊心に軽微』


「後者が一番ダメージでかいっす……」


カップから、湯気が立ちのぼる。


何も救っていない。

何も壊していない。

誰も調査に来ない。


ただ、ちょっと散らかった午後。


ミナが静かに記録する。


『今日の香りの記録——

 “何もなかった顔で、少しだけ大騒ぎ”。』


リクはカップを傾けた。


「……いい日だな。」


外では、いつも通り地球が回っていた。


今日も――

晴れ、ときどき地球だ。

何も救っていない。

何も壊していない。

でも、ちゃんと疲れた午後。


〈コメット〉の日常は、

だいたいこんな感じです。


また次も、

晴れ、ときどき地球で。

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