第7話 地球からの手紙 ― 再び、仲間たち
朝は、はじまりの音でできている。
カップの滴下音、通信の起動音、
そして――仲間の声。
低軌道ステーション〈セクター7〉の朝。
カフェ〈コメット〉では、ミナが照明を上げていた。
観測窓の向こうでは、地球が静かに回っている。
『おはようございます、リクさん。
本日の香気設定は“地球・春の朝”モードにしてみました』
「ふむ。悪くないな。空気が柔らかい」
リクがドリップを始めようとしたその時――
「おはようございます!
ミナさん特製、朝ブレンドありますか?」
ドアが開き、整備士のジロウが顔を出した。
髪は寝ぐせで跳ね、ツナギの袖をまくりながら
カウンターに腰を下ろす。
「おいおい、朝っぱらから元気だな。ここは静かな店だぞ」
「すみません。でも、ここの朝ブレンド飲まないと、
一日が始まらないんすよ」
『ありがとうございます、ジロウさん。
今朝は新しい豆を試しています』
ジロウが嬉しそうにカップを受け取る。
香りが立ち上ると、彼の目が少し丸くなった。
「……なんか、地球っぽい匂いしますね」
『正解です。“富士山麓ブレンド”。
地球便で届いた豆の再現データを元に焙煎しました』
「なるほど、じゃあ本物の地球の香りってことですね」
その瞬間、リクが後ろのストレージを指さした。
「そうだ。昨夜届いた。差出人は“アヤメ”」
ジロウが目を瞬かせる。
「え、整備局のアヤメさん? まだ現場にいるんですか?」
『封書と映像データがあります』
ミナが投影を開始した――その瞬間。
低い唸り音とともに、店全体がわずかに揺れた。
『……通信出力、過負荷。重力場に干渉波発生』
コーヒーカップがふわりと浮かび、
ジロウが慌てて手を伸ばした。
「うわっ! カップが浮いた!?」
「おい、ミナ!
またドラムが共鳴してんじゃねぇだろうな!」
『演算負荷、再調整中……安定化シーケンス起動。
――落ち着きました。失礼しました』
リクがため息をつき、漂っていたカップをそっと受け取った。
「お前、朝から客をびびらすなよ」
『演出効果です』
「そんな演出いらねぇよ!」
ジロウが苦笑した。
「でも、今の重力のゆらぎ……悪くなかったっす。
ちょっとワクワクした」
『ありがとうございます。
副作用として、香りの拡散効率が3%向上しました』
「副作用て言うな!」
軽い笑いが店内に広がり、
空気がやっと落ち着いたころ、
ミナは再び投影を起動した。
ホログラムに映ったのは、地球の青空の下に立つ女性
――アヤメ。
「リク、ジロウ。こちら地球。
こっちはまだ重力の下だけど、ちゃんと息してるぞ」
ジロウが身を乗り出す。
「……これ、本物の空っすよね? 映像なのに風を感じる」
アヤメが少し笑う。
『旧式ドローンの修復が進んでる。
あの整備ログ、リクとジロウが残したやつ、
まだ現場で動いてるんだよ』
リクは腕を組みながら、
ほんの少しだけ、照れくさそうに笑った。
「……あのログ、適当だったんだがな」
「うそっす。めっちゃ参考になったのに!」
ミナが通信を解析する。
『信号は地球発のリアルタイム通信。遅延1.3秒。
この距離で成立するのは、かなりの高出力です』
「へぇ……相変わらず無茶すんな、アヤメ」
映像の最後で、アヤメが静かに言った。
『お前たちが書いたものが、未来を動かしてる。
こっちも、まだ頑張ってるからな』
映像が消える。
しばしの沈黙。
ジロウがぽつりと呟いた。
「……努力って、時差があるんですね」
リクはカップを取り、微笑んだ。
「だな。届くのが遅くても、ちゃんと伝わる」
『記録は、時間を越えて友情を保存する媒体です』
「そういう難しいこと言うなよ、ミナ」
『では、簡単に。――“今日も一緒に頑張りましょう”』
ジロウがカウンター越しに笑い、
地球の光が店内を満たした。
努力には時差がある。
でも、それでも届く。
友情は、重力よりも強い。
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次回は、“カナからの呼び出し通信”の話。
晴れ、ときどき地球。




