第60話 宇宙、うっかり壊れかける ― ミナの“ちょっとだけ実験”の日 ―
第60話は、コメット恒例の
“日常の顔して宇宙が終わりかける回”です。
ミナがちょっとだけ実験し、
宇宙がちょっとだけ壊れかけて、
リクがなんとなく修理してしまう。
くだらなくて、
無駄にスケールが大きくて、
でも不思議と“温度のある話”に仕上げました。
コメットは今日も元気です。
〈セクター7〉、午前11時。
カフェ〈コメット〉の天井付近に、
“ありえないほどちいさな黒い点”が浮いていた。
ジロウが気づく。
「リクさん……なんか、
天井に“穴”みたいなのありますけど……」
リクは顔も上げずに答える。
「どうせコーヒーの蒸気が影になってるだけだろ。」
カナは端末を見た瞬間、顔色を変えた。
「影じゃない! 空間構造に“局所ゆがみ”検出!」
ミナが小さく咳払いをした(AIなのに)。
『……すみません。それ、わたしの実験の結果です。』
全員:
「「「実験ぃ!?」」」
ミナは申し訳なさそうに光を揺らす。
『空間安定を促進する“香り場”を研究していました。
その際、安定化の逆……
“揺らぎ抽出フィールド”を試したところ……』
「ところ……?」
『予想より少し……強くて……』
天井の“黒い点”が
じわ……じわ……と広がった。
ジロウが叫ぶ。
「いやいやいや!
それブラックホールの赤ちゃんじゃないっすか!!」
カナも震える声で言う。
「ミナ! “ちょっと強い”のはレベルじゃないわよ!?」
ミナの声は完全にしょんぼりだ。
『ごめんなさい……“ピンセットでつついたら
宇宙の膜が破れる”
みたいな感じになってしまい……』
「例えが怖すぎぃ!」
黒い穴は“すべての音”を吸い込み始めた。
リクはコーヒーを置き、静かに立った。
「……ミナ。」
『はい……?』
「直せ。」
『方法を検索していま……
……ありませんでした。』
「ないんかい。」
ジロウは泣きそうだ。
「リクさん……宇宙終わるんすか……?」
カナが叫ぶ。
「“終わる前提”で話さないの!」
リクは穴をじっと見つめ、
ゆっくりケトルに手を伸ばした。
ミナも驚く。
『……リク?』
「穴ってのはよ。
“外側から広がりたい音”に弱いんだよ。」
「物理学の何その新理論!?」
「知らん。でも、匂いと音の“揺らぎ”は似てる。」
ぽと……ぽと……
リクが湯を落とす。
その落下のリズムが、
“穴の吸い込みリズム”と逆位相になっていく。
ミナが解析する。
『……揺らぎ逆位相、同期開始。
香気波、穴の縁を“縫うように”巡っています……!』
黒い穴が
じわじわ……しゅるるる……
と音もなく収縮していく。
ジロウ:
「吸い込み止まった! 止まったっす!!」
カナ:
「……なんなのよこれ……!!
“宇宙の修理”をドリップでやる人、他にいないわよ!?」
リクは肩をすくめた。
「まあ……穴が空いたら、縫うのが整備士ってもんだ。」
最後の一滴が落ちた瞬間。
黒い点は“ひゅん”と消え──
何事もなかったかのように空間が閉じた。
ミナが小さく震える声で言った。
『……宇宙、保全完了。
本当に……ごめんなさい。』
リクは笑った。
「気にすんな。
うっかり壊れかけるくらいじゃないと……宇宙は退屈だ。」
ジロウが泣き笑いしながら叫ぶ。
「ポジティブにもほどがあるっす!!!」
ミナは、安心したように光を揺らした。
『今日の香り、タイトルは——
“うっかり宇宙を壊しかけて、なんとか無事”。』
カナが深く息をついた。
「……ほんと、心臓に悪いカフェだわ。」
リクはカップを拭き、
ふっと優しく笑った。
「でも、悪くねぇだろ?」
外では静かに地球が回っていた。
今日もどうにか——
晴れ、ときどき地球だ。
ふざけているようで、
ハラハラして、
最後はふっと優しく着地する。
このシリーズが持つ“絶妙な温度”を
さらに強く出した回になったと思います。
大事件なのに無駄に明るい。
宇宙が壊れかけても、誰も絶望しない。
そんなコメットの空気が、
あなたの週に少しの“ゆとり”を届けられたら嬉しいです。
次回も、ほどよい宇宙と香りを。




