第58話 植物博士、香りに発芽する ― モーガン博士来航 ―
〈コメット〉には、ときどき “濃い” お客さんが来ます。
整備士でも観測者でもなく、でもなぜか――
ここを目指して歩いてくる人たち。
今回のゲストは、宇宙植物研究者・モーガン博士。
香りに異常なほど敏感で、発芽に人生を捧げている変人……
いえ、天才です。
静かな午後にふいに現れた “風変わりな来訪者” が、
コメットの香りに何を見つけ、何を持ち帰るのか。
ほどよくポンコツで、ちょっと温かい、
そんな一話をどうぞ。
〈セクター7〉、午後1時。
コメットのドアが突然、
“ガラガラガラッ‼” と勢いよく開いた。
リクがコーヒーを落としそうになる。
「なんだ……地震か?」
次の瞬間、巨大なバックパックを背負った男が
飛び込んできた。
「ここか!! “生きている香り”が出るというカフェは!!」
ジロウが反射的にカウンターの奥へ隠れる。
「やべぇ、なんか濃いの来た……!」
カナが端末を構えた。
「あなた誰?」
男は胸を張る。
「モーガン・S・モーガンだ!
セクター全域の植物を研究している者だ!」
「名前が二回繰り返されてないか……?」
『語尾の強調と判断します。問題ありません。』
ミナが小声で補足する。
男――モーガン博士は、
カフェの空気を大げさに、
まるで“飲むように”吸い込んだ。
「ほぉ……! この香り……違う。
粒子が“発芽しようとしている”!」
リクが眉をひそめる。
「香りが発芽ってなんだよ。」
「比喩だ! しかし比喩ではない!」
「どっちだよ。」
博士はリクの手を掴む。
「君! コーヒーの抽出を見せてくれ!
私は宇宙植物の発芽条件を探している!
この香りは……その“鍵”だ!!」
ジロウが囁く。
「リクさん、やべぇやつの目してますよ……」
「お前もたまにやべぇぞ。」
リクは仕方なく抽出を始めた。
湯が落ちる。
ぽと……ぽと……ぽと……
博士の目が光った。
「……来た……来た!!
この“揺らぎ”だ……! 発芽前の細胞振動と同じだ!!」
カナが驚いた。
「そんな関連性あり得るの?」
『あります。わずかですが、
香気粒子には“成長刺激に似たパターン”があります。』
「マジかよ!?」
博士は突然、バックパックから
手のひらサイズの“宇宙苗”を取り出した。
紫色の小さな芽。
「この子で試してみる!」
リクが叫ぶ。
「ちょっと待て、それ食品検査とかいろいろ――」
博士は気にせず、
抽出された香りのそばに苗を置いた。
すると――
ふわっ
苗が、ほんの少しだけ伸びた。
ジロウが叫ぶ。
「伸びた! 今伸びたっすよね!?」
カナも興奮する。
「微量だけど……反応してる……!」
ミナが静かに解析した。
『発芽率0.07%上昇。
香りによる“ゆらぎ刺激”を感受した可能性があります。』
博士は涙目でリクの手を握った。
「君のコーヒーは……植物を育てる!!
宇宙で唯一だ!!」
「いやいやいや褒めすぎだろ。」
博士は肩を震わせながら言う。
「私は今日、この香りと出会うために生まれてきた……」
「重いわ!!」
カフェにしばし静寂が流れた。
やがて博士は苗を大事そうに抱え、出口へ向かう。
「君たちのおかげで研究が進んだ!
必ずまた戻ってくる!」
ジロウが耳元で呟いた。
「いや絶対すぐ来るタイプっすよ、あの人……」
リクは苦笑しながらカップを拭いた。
「まぁ……植物が育つなら、悪くねぇか。」
ミナの光がそっと揺れる。
『今日の香りのタイトルは――
“発芽する香り、芽吹く午後”。』
カナが微笑んだ。
「ほんと、いろんな人が来るね。」
リクはどこか嬉しそうに言った。
「……それがコメットだろ。」
窓の外、青い惑星がゆっくり回っていた。
モーガン博士、きっとまた来ますね。
コメットの香りは、ときどき人の“研究心”まで
発芽させてしまうから。
今回の話では、香りがただの匂いではなく、
“記憶”や“ゆらぎ”だけでなく、“成長”にもつながる――
そんな可能性をほんのり描きました。
リク、ミナ、カナ、ジロウ。
そして時々迷い込む、宇宙の“変人たち”。
コメットの日常は、今日もゆるくて、少しだけ美しい。
次回も、気軽に、香りに触れにきてください。
今日も、晴れ、ときどき地球だ。




