第53話 ゼロ重力スフレは落ちない ― ミナ、禁断のレシピに挑む ―
コメットの日常は、
“宇宙でスイーツを作るとどうなるのか”
という、誰も検証したくなかった領域にも平然と足を踏み入れます。
今回は、ミナがこっそり研究していた「ゼロ重力スイーツ」の話。
重力がないから失敗しない……と思いきや、
そこには宇宙ならではの落とし穴があって――。
ふわふわ、しっとり、そしてほんのりポンコツ。
そんな午後のカフェ実験をどうぞ。
〈セクター7〉、午後3時。
カフェ〈コメット〉に、ふわふわした香りが漂っていた。
ジロウが鼻をくんくんさせる。
「……なんすかこの甘い匂い。絶対なんか作ってますよね?」
リクさんは腕を組み、静かに言った。
「ミナが“絶対落ちないスフレを作る”とか言い出してな。」
カナが椅子から跳ね上がる。
「いや、スフレって“落ちるからスフレ”なんじゃないの?」
『本日、【ゼロ重力スフレ実験・β版】を開始します。』
ミナの光が誇らしげに大きくなった。
ジロウは大喜びだ。
「おお!スイーツ実験きた!
爆発しないやつっすよね? ね?」
『爆発可能性……3.8%。』
「あるんかい!!」
リクさんがため息をつく。
「で、ミナ。どんなスフレなんだ?」
ホログラムが展開される。
『ポイントは3つです。
① 卵白を“重力補正振動”で泡立て
② 生地を空中で“静止成形”し
③ 焼成は《局所加熱ドーム》で上下から均等に——』
カナ:
「いや普通に焼けよ。」
ジロウ:
「うわこれ絶対やばいやつだ……!」
ミナは聞いていない。
静かに、しかし完璧な動作で生地を空中に浮かせた。
ゆら……ゆら……ふわあ。
「すげぇ……浮いてる……。」
『重力がないため、生地は“落ち”ません。
つまり、世界初の“落ちないスフレ”です。』
リクさんが腕組みを深くする。
「落ちないのはいいが……形が落ち着かん。」
生地は予想以上に自由だった。
ふよ。
ぽよん。
「スフレというより……バルーン……?」
ミナは誇らしげだ。
『では焼成開始。
——《局所加熱ドーム》起動。』
ピシィッ!
透明な加熱ドームが生地を囲み、均一に光を放つ。
ジロウ:
「すげぇ……科学の力や……」
カナ:
「いや、調理というより研究……」
しかし。
異変はそこからだった。
生地が、焼かれながら――
膨らむ。膨らむ。まだ膨らむ。
「ちょ、ミナ、膨張率やばくない!?」
『計算値より72%増加。
原因:無重力環境下での気泡拡散……
——つまり“調子に乗っています”。』
「生地が調子に乗るな!!」
スフレはドーム内でパンパンに。
バッ。
天井にぴたりと張りついた。
全員:
「「「いや張りつくんかい!!!!」」」
ミナが淡々と報告。
『付着強度:非常に高いです。剝がれません。』
ジロウ:
「コメット天井、スフレ化してるんすけど!!」
リクさんは静かにケトルを置いた。
「……まぁ、いい。あとは俺の出番だ。」
「リクさん、この状況で何するんすか!?」
リクさんは静かに立ち上がり、
天井に張り付いた巨大スフレの下で手を伸ばす。
「スフレってのはな……
“気配”で焼けるんだよ。」
『その理論は成立しません。』
「いいから見てろ。」
彼は“耳を澄ませた”。
空気の振動、甘い香りの密度、
焼ける音のわずかな波。
ふ、と息を吸って――
「……よし、ミナ。逆位相0.1かけろ。」
『了解。逆位相加熱、開始。』
スフレが、
しゅん……と音を立てて縮んだ。
そして。
ふわりと、きれいに手のひらの上へ落ちてきた。
ジロウとカナ:
「「えぇぇぇぇ!????」」
ミナは震える光で告げる。
『……成功です。
“重力ゼロでも、落ちるべき瞬間にだけ落ちるスフレ”。』
リクさんは小さく笑った。
「落ちるのも、落ちないのも……
タイミング次第だ。」
カナがつぶやく。
「……なんか深いんだか深くないんだか……」
ジロウは興奮気味。
「でもめっちゃ美味そうっす!!」
ミナが淡く光る。
『今日の味と香りのタイトルは――
“ゼロ重力スフレ:落ちる瞬間は自分で決める”。』
そのスフレはふわふわで、しっとりで、
宇宙のどこにも存在しない味がした。
今日も――
晴れ、ときどき地球だ。
ゼロ重力スイーツ。
本当に存在したら危なすぎるコンセプトですが、
〈コメット〉なら普通にやりそうだな……と思って書きました。
ミナの過剰科学、
ジロウの興奮、
カナのツッコミ、
そしてリクさんの“謎の感覚”。
この4人(+ドアやロボ含む)の黄金バランスは
今後もシリーズの軸として育てていきます。




