第50話 ジロウのDIY暴走 ― 重力ゆらゆら事件簿 ―
午後三時。
カフェ〈コメット〉の空気は、
「今日は平和だな」と言いたげな温度でした。
だいたいこういう日に限って——
ジロウが何かを作ります。
そして何かが起きます。
そしてミナが淡々と記録します。
そしてリクがあきらめ顔で笑います。
今日もそんな午後のお話です。
〈セクター7〉、午後3時。
コメットはいつもの“いい感じの静けさ”に包まれていた。
リクはコーヒーの抽出を見つめながら、ぼそりとつぶやく。
「……なんか、最近平和すぎねぇか?」
その瞬間。
奥の物置から、ドカンッ!!!! という衝撃音。
カナ:「来たわね。」
ミナ:『嫌な予感が確定しました。』
3人が同時にため息をつく。
原因は言うまでもない。
ジロウ——。
案の定、物置から飛び出してきた彼は、
両手を広げて満面の笑みを浮かべていた。
「みなさん!!
ついに完成したっす!!!
〈重力ちょい足し・ちょい引き装置〉!!!」
リク:「……また“ちょい”の概念を間違えてるな。」
カナ:「まず名前が危険。」
ミナ:『理論的に存在してはならない装置です。』
「いやいやいや!
コメットって、たまに“重力の揺らぎ”でコーヒーが跳ねるじゃないっすか?
だから、安定化のために作ったんすよ!」
すごく良いことを言っているようで、
まったく信用できない。
リクが慎重に問う。
「……で、それどうやって動くんだ?」
ジロウは胸を張った。
「簡単っす!
このダイヤルで——
‘+5%:ちょい重い’
‘–5%:ちょい軽い’
……を調整するだけっす!」
カナが腕を組む。
「……ジロウ。ちょっとだけ聞くけど」
「はいっ!」
「試運転……した?」
ジロウは自信満々に答える。
「もちろんっす!
物置で“+300%”まで上げてみたっす!」
全員:
「「「300はちょいじゃねぇ!!!」」」
リクは頭を抱えた。
「で、どうなった。」
「床が抜けるかと思ったっす!」
「もう抜けてほしかったよむしろ!」
ミナが静かに警告音を鳴らす。
『実行する前に、必ずわたしの許可を得てください。
みなさんが無事でも、わたしが無事とは限りません。』
「なんでお前だけ被害者面なんだよ。」
ミナ:『演算ユニットの悲鳴が聞こえました。』
リクは深く息を吸って言った。
「……よし。一応、“–5%(ちょい軽)”から試すか。」
ジロウ:「了解っす!」
ジロウがダイヤルを回す。
カチッ。
次の瞬間——
カウンターチェアが ふわり と2cm浮いた。
カナ:「え。浮いたわよ。」
リク:「……あ、案外まとも……?」
と思ったその瞬間。
ミナの声が鋭く響いた。
『危険!! “ちょい軽”が“かなり軽”に変換されています!』
「なんだそれ!!」
椅子はふわりと天井へ。
メニュー表は舞い上がり、
新聞はカフェの中を蝶のようにひらひらと。
ジロウが悲鳴を上げた。
「やばいっす!
“ちょい軽”の内部演算に……“感情補正”が入ってるっす!」
カナ:「なんで装置が感情を持ってんのよ!」
ジロウ:「ミナさんのフィルタと勝手に同期したみたいで……
‘軽やかに行こう’って解釈したっぽいっす!」
ミナ:『わたしのせいにするのはやめてください。』
リクが天井付近を漂うコーヒーフィルターを見て叫ぶ。
「戻せ!早く戻せ!!」
「戻すっすーー!!」
ジロウが慌ててダイヤルを逆回転。
しかし。
カチッ。
装置の表示が突然——
“–5% → MAX” に跳ねた。
全員:
「「「MAXってなんだよ!!!!」」」
店内の重力が一気にゼロへ。
すべての物体がふわーっと宙に浮く。
リク:「コーヒーのドリップ!!やめろ飛ぶな!!」
カナ:「誰か!!シロップがわたしの顔に!!」
ジロウ:「すみませんすみませんすみません!!!」
ミナ(冷静):
『綺麗です。ふわふわの午後です。』
リク:
「綺麗じゃねぇ!!! 片付けるの俺だろ!!!」
そして、5分後…。
なんとか重力は元に戻った。
コメットは……
まぁ、地獄絵図だ。
ジロウは土下座寸前。
「ほんっっっっとにすみませんでした!!!」
リクはふーっと息を吐いた。
「……ま、いいよ。
コメットは“こういう日”もあるってことだ。」
カナが微笑む。
「家具も書類も浮いてたけど……
なんか変な幸せ感あったわよね。」
ジロウは鼻をすすって言った。
「……また改良するっす。」
リクは笑った。
「またやる気かよ。
……まぁいい、やれ。
“お前の暴走”がある方が、店も退屈しねぇ。」
ミナが光をやわらかくする。
『今日の香り、タイトルは——
“重力ゆるむ午後。みんな、ちょっと自由”。』
リクはコーヒーをひと口。
「……悪くねぇ日だったな。」
今日も変わらず。
晴れ、ときどき地球だ。
お読みいただきありがとうございます。
何ひとつ大事件は起きないのに、
なぜか店の中だけ宇宙規模で騒がしい。
そんな“コメットの日常”が、
このシリーズのいちばん好きな部分です。
ジロウは今日もポンコツで、
ミナは淡々としていて、
カナは鋭く、
そしてリクはぜんぶ受け止めて笑っています。
明日もまた、こんなふうに
ちょっとだけ重力がゆるんだ午後がありますように。
次回も、ゆっくり遊びに来てください。




