第41話 香り、境界線を越える ― 通信不能区域より ―
前回、〈コメット〉が宇宙規模で“香り暴走事件”を起こした結果、
ステーション全域がしばらくコーヒーの香りに包まれた。
が――それで終わりじゃなかった。
今回の第41話では、
「届くはずのない場所」にまで香りが伝わっていて、
そこから“未知の反応”が返ってくる。
香りが繋げる、ちょっと不思議で、ちょっと笑える物語です。
〈セクター7〉、午前10時。
リクがカウンターで豆を挽いていると――
ミナの通信ポートが淡く点灯した。
『……予期しない信号を検知しました。』
「またか? 昨日の香り暴走の後始末は
終わったんじゃねぇのか。」
『はい。しかし今回の信号は……
“通信不能区域”から届いています。』
ジロウが工具を落とした。
「デッドゾーンって、
あの“電波も光も届かない場所”っすよね!?」
「そんなところから信号? 誰が?」
ミナが淡々と表示を切り替える。
ノイズ混じりの映像が、ぼんやりと浮かんだ。
画面の向こうには――
ヘルメットのバイザーを上げた、ぼさぼさ頭の男がいた。
「……はーっ! つながった! やっとだ! やっとだよ!」
カナが目を丸くする。
「誰!? 通信不能区域に人なんていたっけ!?」
男は咳き込みながら叫ぶ。
「こっちは半年間、通信遮断で孤立してたんだぞ!
昨日、突然“コーヒーの香り”が漂ってきてさ!
これは絶対、人の仕業だって確信して、
探索アンテナを手動で叩いて叩いて叩いたら……
つながったァーーー!!」
ジロウが小声で言った。
「……叩いて直るもんなのか。」
リクが低く呟く。
「香りで救難信号……そんな馬鹿な。」
しかし、男は興奮気味にまくしたてた。
「コーヒーの香り! 生きてる匂いだよ!
“誰かが淹れてる匂い”!
あれを嗅いだ瞬間、俺は悟ったね。
――『生き延びれば帰れる』って。」
カナは目を細める。
「……すごいな。香りで人、救ってるじゃない。」
ミナが分析音を鳴らす。
『香気粒子は通常、デッドゾーンには到達しません。
しかし、“宇宙香気安定装置(試作1号)”の暴走時、
香気圧が局所的に歪み、
重力波を介して香りが“滑り込んだ”可能性があります。』
「香りが重力波に乗るな。」
ジロウがぼそっと言った。
リクは苦笑しながら、通信相手に声をかけた。
「おい、あんた名前は?」
「俺か? ヨイチだ!
生還したら絶対コーヒー飲ませてもらうからな!」
「飲ませるけど……落ち着け。」
ヨイチは深呼吸し、ゆっくりと姿勢を整えた。
「ありがとう。
お前らが香りを流してくれなきゃ、
アンテナ諦めてた。
こんなに救われた香りは初めてだ。」
ミナの光が、少しあたたかく揺れた。
『香りは、境界を越えます。
たとえ通信が途絶えても、
気配だけは届きますから。』
ヨイチが笑った。
「いいこと言うな、AI!
じゃ、帰還ルートに入るから、準備しておけ。
“救ってくれた香りの店”に行くんだ。」
通信が切れる。
しばらく沈黙。
ジロウがぽつり。
「……リクさん、また客が増えますね。」
「いや……客っていうか、救難者だろ。」
カナは微笑む。
「でもさ、いいじゃない。“香りのレスキュー”。」
リクはゆっくりとコーヒーを注ぎながら言った。
「……ああ。悪くねぇな。」
ミナの光がやわらかく瞬く。
『今日の香りのタイトルは――
“香り、境界線を越える。気配は届く”。』
カナが小さく頷いた。
「ほんとに……届くんだね。」
そして〈コメット〉には、
いつもより静かな、でも確かにあたたかい香りが漂った。
香りは“場所”を越え、
“通信不能区域”に閉じ込められていた命を救った。
ポンコツから始まったはずの装置が、
誰かの生存ルートをつないでしまう――
そんな〈コメット〉らしい奇跡の回でした。
次回は、ついにヨイチが〈コメット〉に到着します。
そこでまた“ひと騒動”起こるので、お楽しみに。




