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青の軌道カフェ ― 香りは、重力を超えて ―  作者: Morichu
第3章:記憶の星図

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第35話 苦い一杯 ― オオバ艦長、来航 ―

宇宙で一番こわいのは、AIの暴走でも、未知の信号でもない。

“昔の艦長”が、突然カフェにやってくることだ。

〈セクター7〉、午後1時。


ドアが開く音を聞いた瞬間、リクは手を止めた。

どこか懐かしい、でも背筋が自然に伸びる気配。


「……まさか。」


入ってきたのは、短く切りそろえた白髪に、赤い艦服の女性。

光沢のあるブーツが床を鳴らす。


「やっぱりここね。あんたが“カフェを開いた”って聞いて、

 耳を疑ったよ。」


リクの表情が凍る。


「オオバ艦長……!」


ジロウが驚いたようにリクを見た。


「リクさん、知り合いっすか?」


「昔の……艦長だ。」


「へぇ〜。リクさんにも“上司”いたんすねぇ。」


「おい、それどういう意味だ。」


ミナの光が静かに揺れる。


『お客様を検知。敬称“艦長”を登録します。』


「AIか。……随分と気が利くね。」


オオバ艦長はカウンターに腰を下ろし、腕を組む。


「じゃあ、あんたの“最高の一杯”をもらおうか。」


「……了解しました。」


リクの声が、無意識に軍隊調になる。


『音声解析。緊張度、平常値プラス48パーセント。』


「ミナ、実況すんな。」


ジロウが吹き出した。


「ははっ、リクさん、完全に部下モードじゃないっすか。」


「うるさい。」


リクは慎重に豆を計り、ドリップを始めた。

オオバ艦長が腕を組んだまま、淡々と観察している。


「焦るな。整備士の基本だろう?

 手が震えてるぞ。」


「……癖、抜けませんね。」


「いいえ。昔よりは、手際は悪くない。

 でも、“味”はまだ未知数だね。」


「はぁ……今も昔も、試験みたいだな。」


「そうよ。艦の整備も、コーヒーも、命を預かる仕事。

 どっちも中途半端は許されない。」


リクは、少し黙って湯を注いだ。

その手の動きは、昔の教練を思い出したように確かだった。


湯気がゆらぎ、香りが満ちていく。

オオバ艦長の表情が、わずかにほころんだ。


「……悪くない。

 苦いけど、後味に“現場の空気”がある。」


リクは照れくさそうに笑った。

「褒め言葉と受け取っておきます。」



「そうしなさい。叱られても、褒められても、

 動き続けるのが現場だ。」


ジロウがカップを覗き込んでつぶやく。


「艦長さん、さすがっす。言葉が全部“金言”っすね。」


「ジロウ、口動かす前に掃除しろ。」


「ひどい!」


艦長が笑った。


「いい部下を持ったじゃない。……AIも、悪くない。」


『ありがとうございます。記録します。“悪くないAI”』


「記録すんな!」


カフェに、柔らかな笑いが広がった。


やがて艦長は立ち上がり、

空になったカップを静かに置いた。


「また来るよ。

 次は“叱られない味”を淹れてくれ。」


リクが小さく敬礼する。


「……了解です、艦長。」


ドアが閉まり、残ったのは香ばしい苦味と、

どこか懐かしい“宇宙艦の匂い”。


ミナが静かに告げた。


『今日の香り、タイトルは

 ――“苦い一杯、でも後味は悪くない”。』


リクは笑ってカップを拭いた。


「……ほんと、敵わねぇ人だ。」



叱られるのは、見てくれる人がいる証。

苦味のあとに残る香りこそが、成長の味。


今日も宇宙のどこかで、

リクのコーヒーが少し苦く、少し温かい。


☕️

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