第34話 観測班、泡まみれ ― 遠隔香気異常報告書 ―
観測班の仕事は、宇宙を「静かに」見ること。
でも、〈コメット〉が動くと、だいたい静かじゃなくなる。
今日もまた、何かが香って、浮かんで、
そしてたぶん――笑える日。
〈セクター9・観測層〉、午前10時。
コンソールの表示がいきなり真っ白になった。
「……え、泡?」
スクリーンの表面に細かい粒が浮かんでいる。
どう見ても、電子ノイズではない。
通信を開く。
『おはようございます、観測班のカナさん。
香気粒子の飛散を検知しました。』
「ミナ!? なんであなたが報告してくるの!」
『香りがそちらへ到達したため、
観測支援モードを拡張しました。』
「つまり、被害拡大中ってことね!?」
『いえ、“香り共有”と表現すべきです。』
後ろで同僚が叫ぶ。
「カナ、またあのカフェでしょ!
データセンターがラテの匂いするんだけど!?」
「知ってる! 今確認中!」
モニターには、ふわふわと漂う白い粒子――
あれは……泡。
〈コメット〉発の“フォーム・インパクト”の残り香らしい。
『香気粒子が重力風に乗って拡散しています。
視覚的には“雲”に近いです。』
「雲!? 観測班が雲の中にいるってどういう状況よ!」
通信の向こうで、いつもの落ち着いた声がする。
「悪いなカナ。ちょっと泡立ちすぎた。」
「“ちょっと”の範囲を超えてるわ!」
「でもほら、きれいだろ?」
窓の外を見ると、確かに光を受けた泡がゆっくり回っていた。
それはまるで、コーヒーのミルククラウドのように柔らかい。
同僚が笑う。
「なんか……香りが落ち着くね。」
「ええ。……困るけど、嫌じゃないわ。」
通信が再び入る。
『本日の香り、タイトルは――“無重力ラテ、拡散中”。』
「タイトルつけるな!」
『記録のためです。』
「こっちは仕事中!」
『観測も仕事です。あなたも観測者です。』
「……それ、うまいこと言ったつもり?」
『はい。』
返す言葉がなくなって、思わず笑ってしまう。
泡はゆっくりと薄れ、空気が少し澄んでいった。
通信の最後に、リクの声が入る。
「カナ、そっちにも“香り”届いたか。」
「ええ。しっかり、鼻にね。」
「なら、今日も――晴れ、ときどき地球だ。」
遠く離れても、香りは届く。
通信よりも、ちょっと優しく、少し迷惑で。
でも、そんな騒ぎのある宇宙の方が好きだ。
いいね・ブックマーク・感想が、
泡のように広がる〈コメット〉の空気を軽くします☕️




