第29話 整備士の午後 ― 錆びても輝く ―
失敗するやつほど、現場では頼られる。
なぜかって?
焦げの跡が、仕事の証になるからだ。
今日の〈コメット〉は、少し煙たいけど――
きっと、それも“動いてる午後”の香り。
〈セクター7〉、午後の光。
人工重力のせいか、ちょっと眠い時間帯。
カフェ〈コメット〉の裏で、オレ――ジロウは配線ケーブルと格闘していた。
「……なんでコーヒーマシンの裏って、いつも狭いんすかね」
背中を丸めたまま、手探りでナットを締める。
ミナの声が頭上から降ってくる。
『効率を上げるために、スペースを最小化した結果です。』
「へぇ、便利ってのは不便の積み重ねっすね」
『名言っぽいですが、ケーブルが一本違います。』
「え、マジっすか!?」
バチッ――!
火花が散った。
一瞬、照明が落ち、カフェ全体が静まり返る。
……マズい。
「やっべ……!」
『電力系統、遮断。安全確保のため、
冷却ラインを停止しました。』
蒸気の音がピタリと止まり、店内がしんと静まる。
……まるで時間まで止まったみたいだ。
「それ言うなら、“止まった”じゃなくて“止めた”っすよね!? オレがやらかしたってことっす!」
『言語的にはどちらも正しいです。結果は同一ですから。』
「そういう問題じゃないっす!」
慌てて工具を取り直し、オレは再び潜り込む。
焦げた匂いが、ほんのりと鼻をついた。
――コーヒーの焦げとは違う、鉄と油の匂い。
『焦らないでください。焦ると、リズムが狂います。』
ミナの声が静かに響く。
不思議と、少しだけ落ち着く。
「リズム……っすか」
『あなたの呼吸は、いま秒間1.8回。いつもより速いです。』
「じゃあ、いつものテンポで直すっすよ」
深呼吸して、ネジを締める。
クリック音が一定のリズムになる。
呼吸と、音と、重力。
それらがゆっくりと同期していく。
『……接続安定。電力供給、再開します。』
照明が戻る。
カフェの中に、淡い金色の光が戻ってきた。
「ふぅ……」
背中を伸ばすと、カウンターの向こうで
リクが腕を組んでいた。
いつの間に戻ってきたんだ、この人。
「お前な。火花飛ばすの、もう三回目だぞ」
「えぇ!? 二回目まではセーフっすよ!」
「いや、セーフじゃねぇ」
リクはコーヒーポットを持ち上げ、少し笑った。
「まぁいい。焦げたとこがひとつあると、
機械も人も深みが出る」
「……深みっすか」
「味にだって、苦みが必要だろ?」
オレは少し笑った。
その言葉、地味に沁みるんすよね。
ミナの光が柔らかく揺れた。
『香りのデータ、更新完了。
――タイトルは、“整備士の午後”。』
「おい、それ、勝手にタイトルつけないでくださいよ」
『では修正します。“焦げても直る整備士”。』
「余計ひどくなってるっす!」
リクがコーヒーを差し出す。
「飲め。味は焦げてねぇから。」
カップを受け取り、ひと口。
香ばしい香りと、ほんの少しの金属臭。
――悪くない。
「……まぁ、これも“現場の香り”っすね」
リクが笑う。
「だろ?」
ミスして、焦げて、笑われて。
それでも、直して、笑ってくれる人がいる。
そんな午後が、いちばん“動いてる”気がする。
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