第25話 風の副作用 ― 香りが逃げた日 ― 【第2章:香りの記録】
香りは風に乗る。
でも、ときどき風は、行き先を間違える。
〈コメット〉の“風ブレンド”が、思わぬ場所まで届いてしまった――
そんな、ちょっとした宇宙の勘違いの話。
〈セクター7〉翌朝。
通信が鳴った。
『こちら観測班のカナ! リクさん、やっちゃいましたね!』
「おはよう。今度は何をだ?」
『あなたたちの“風のブレンド”、観測層まで香ってるんですけど!?』
ジロウが吹き出した。
「え、昨日の香りまだ残ってるんすか?」
『残ってるどころじゃないの! 観測班全員、仕事にならないって!』
「どんな被害?」
『“お腹がすく”って文句ばっかり!』
リクが苦笑した。
「それは……まぁ、コーヒーの香りの正しい使い方だな。」
ミナが淡々と補足する。
『原因を特定。空調フィルタを通じて芳香粒子データが観測班ネットに転送されていました。』
「つまり、通信で風を送っちまったか。」
『はい。言語的には“テレフレグランス”現象と呼べそうです。』
「新語つくんな。」
カナの声が少し和らぐ。
『でもね、不思議と悪くないの。
匂いで“そっち”の空気を感じられるって、ちょっと安心する。』
ミナが穏やかに応じる。
『風は、接続の形です。
人と人を結ぶ“媒体”として、もっとも原始的で、やさしい通信。』
「難しく言うな。つまり、仲良くなったってことだろ。」
カナが笑った。
『そう。今日は観測班みんなで“風ブレンド”を再現してみるつもり。』
「マジっすか。もうコーヒー屋できるっすね。」
『そっちの商標、ちょっと貸してもらおうかな。』
リクは肩をすくめた。
「許可制だぞ。香りの輸出は高くつく。」
通信越しに、カナが楽しそうに息を弾ませた。
『じゃあ今度、観測層カフェ〈テラス7〉で一杯やろう。香りの相互観測ってことで。』
ミナの光が優しく瞬いた。
『了解。通信経路を“風路”として保存します。』
ジロウが首を傾げた。
「風路って……ルートデータ?」
『はい。次に風が吹いたとき、またここへ戻れるように。』
リクはコーヒーを一口飲んだ。
香りの残る空気の中で、ぼそりとつぶやく。
「……いい風だな。」
香りが行きすぎても、風が通りすぎても、
そこに“つながり”が生まれるなら、それでいい。
今日も、香りで宇宙を少しだけ温かく。
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