第23話 観測班カナの日記 ― 軌道の向こうの香り ―
私は、〈セクター7〉観測班の通信士――カナ。
毎日、地球と軌道を見ている。
そして、ときどき、あの小さなカフェを。
〈コメット〉の香りは、
通信回線を越えて届く。
今日もまた、ここで静かに、観測を続ける。
私は今日もモニターの前で、データログを眺めている。
地球の青、雲の流れ、太陽光の反射――
どれも完璧な数字に整えられた“美しい情報”。
けれど、その中で、ひとつだけ“計算できないデータ”がある。
それは、カフェ〈コメット〉の通信ログ。
毎日、彼らの音声がバックアップに記録される。
蒸気の音。カップの触れ合う音。
そして、あのAI――ミナの穏やかな声。
『本日の香り、タイトルは――“努力と霧と、少しの笑い”。』
その声を聞くたびに、私はほんの少し、肩の力が抜ける。
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同僚が近づいてきた。
「カナ、また〈コメット〉のログ聴いてるの?」
「うん。……彼らの会話、いいんだよね。
まるで呼吸してるみたいで。」
「AIと人間の会話を“呼吸”って言うか?」
「言うよ。あの人たちはちゃんと息を合わせてる。」
同僚は笑って去っていった。
私は再びモニターに目を戻す。
今日の地球は、少し霞んで見えた。
たぶん、私の視界が曇っているせい。
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夕方、作業を終えるころ。
端末の受信ボックスに、ひとつの小包が届いていた。
差出人は――〈コメット〉。
開けると、薄いパッケージの中から、
淡い香りがふわりと広がった。
ラベルには、手書きでこう書かれていた。
「“晴れ、ときどき地球”ブレンド。観測班カナへ。」
私は思わず笑ってしまう。
香りが、目の奥のどこかを優しく撫でた。
モニターの中の地球は、もう霞んでいない。
まるで、あのカフェの灯りが届いたみたいに――。
観測する者にも、観測される者にも、
きっと“香り”は届く。
青い地球と、白いカップのあいだにあるもの。
それを今日、少しだけ感じました。
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