第20話 光のブレンド ― 宇宙を照らす朝 ―
たまに、理屈より速く手が動く朝がある。
それを人は“勘”と呼び、
AIは“バグ”と呼ぶ。
〈セクター7〉、午前10時。
カフェ〈コメット〉の天井が、突然きらめいた。
蛍光灯ではない――もっと淡く、流れるような光。
『リクさん、観測層に異常。照度が通常の350%です。』
「またか……。今度は明るすぎるコーヒーってか?」
ジロウが手で目を覆った。
「まぶしっ! これ、外からっすよ!」
ミナが即座にモニターを切り替える。
『外部視認カメラ、干渉波検出。
……これは、エリス由来の光です。』
「昨日のドローンか? メモリ残響でも起こしてるのか?」
『いいえ。パターンが異常に規則的です。
……波形が、音楽のようです。』
「まさか、光で曲を奏でてるのか?」
『リズム同期中……これは、“淹れる”テンポに近いです。』
リクはカウンターのマグを見た。
「……つまり、エリスが淹れたがってると?」
『論理的には不明ですが、そう解釈するのが最適です。』
「そうか。じゃあ――淹れてやろうじゃないか」
「え、マジっすか!? この光の中で!?」
『警告。過照度環境下でのドリップは非推奨です。』
「非推奨でもやるんだよ」
ミナの光が、一瞬ため息のように明滅した。
『……了解。照度制御をリクさんの瞳孔反応に同期します。』
「おい、それちょっと怖いな!」
『心配ありません。すでに0.2秒遅延で最適化中です。』
「すでに!? お前仕事早すぎ!」
ジロウが蒸気弁を開き、ミナが光量を絞る。
天井から流れる光が、ゆっくりとドリップポットを照らした。
コーヒーの表面に、淡い模様が浮かぶ。
『光の干渉パターン、安定化しました。
……味覚センサー反応。甘味成分、上昇。』
「甘くなった!? おい、光で焙煎できるのか!?」
『未知数です。ですが――結果的に“おいしい”です。』
ジロウが笑った。
「これ、まさか……エリスが照らしてるんすか?」
『はい。ドック外の残留ユニットから、光信号を受信中。』
リクはゆっくりとカップを掲げた。
「エリス。お前、淹れたかったんだな」
香りが立ち上る。
光が湯気を透過し、虹のようにカウンターを照らす。
『香り成分、記録完了。――タイトルは?』
「“光焙煎ブレンド”でどうだ」
『了解。記録します。“光焙煎ブレンド”。』
ジロウが笑いながら言った。
「これ、もうカフェっていうよりラボじゃないっすか?」
ジロウが笑いながら工具を片付ける。
リクは肩をすくめた。
「まぁな。科学と香りの実験場だ」
ミナのホログラムがやわらかく光を放つ。
『では、“Science”と“Flavor”のあいだに、
もう一杯足しておきます』
「Flavorか。……悪くねぇな」
ミナの光が静かに揺れた。
『今日の香り、タイトルは――“光の朝”』
リクはコーヒーをひと口。
「うん、悪くない。……まぶしいけどな」
外では、地球の海面が光を返していた。
まるで、宇宙そのものが“朝”を迎えたようだった。
バカみたいな発想ほど、うまくいく朝がある。
宇宙でも、それは変わらない。
もし少しでも光の香りを感じていただけたら、
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晴れ、ときどき地球。




