第19話 記録の欠片 ― コメットに訪れる影 ―
記録は、時間のかけら。
それを見つめることは、
誰かの“思い出”を拾い上げることでもある。
〈セクター7〉、午後。
カフェ〈コメット〉の外で、かすかなノイズ音が響いた。
ミナの光が点滅する。
『……通信層に干渉波。識別コード、旧式です。』
「旧式?」
ジロウが顔を上げる。
『はい。観測ステーション初期型のもの。
識別名――“エリス”。』
「エリス……って、あの探査ドローン?」
「十年前に姿を消えたやつじゃないか」
リクがカウンター越しに窓の外を見た。
ステーションの陰から、小さな球体がゆっくりと現れる。
表面は傷だらけで、推進ノズルからは
かすかに光が漏れていた。
「……よく戻ってきたな」
ミナの声がわずかに揺れる。
『救難信号を捕捉。生命反応はありませんが――
内部メモリに“音声データ”を検出しました。』
リクが短く息を吐いた。
「開けるぞ、ジロウ」
「了解っす!」
ジロウが整備用アームを操作し、
ドックにドローンを固定する。
リクは慎重にアクセスラインをつなげた。
ノイズの中から、かすかな声が流れる。
『――観測記録、残存。……コーヒーの香り、記録完了。』
「……今、コーヒーって言ったか?」
『はい。データ解析中。……内部に“香気情報”があります。』
ミナが静かに光を強めた。
『このエリスは、以前〈コメット〉の香りを観測していた可能性があります。』
「観測って……このカフェの香りを?」
『はい。おそらく“初期稼働時”の空気。』
リクは無言でカウンターの端に座り、
手の中のカップを見つめた。
「……あいつ、ずっと漂いながら“香り”を覚えてたのか」
ジロウが苦笑した。
「香りの記録って、ロマンチックっすね」
『記録とは、香りのようなものです。
残り、漂い、そして、誰かの記憶に触れる。』
「おいおい、AIが詩人みたいなこと言うな」
『観測は詩的行為です。』
ミナの声がやさしく響いた。
エリスの機体から、わずかに“湯気のような光”が立ち上る。
それは、過去の〈コメット〉を思わせる
淡い香りをまとっていた。
リクは小さく息を吐いた。
「今日の香り、タイトルは――“漂流の記録”だな」
『記録します。……おかえりなさい、エリス。』
窓の外では、地球が静かに輝いていた。
観測とは、残すこと。
そして、香りもまた、記録のひとつ。
もし少しでもこの宇宙の“匂い”を感じていただけたら、
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晴れ、ときどき地球。




