第18話 心拍のリズム ― ミナ、音を聴く ―
静かな朝。
香りの奥には、いつも“音”がある。
それは、宇宙に溶ける鼓動のように――。
〈セクター7〉、午前08時。
カフェ〈コメット〉の照明が、ゆっくりと温度を上げていく。
リクがミルを回す音、ドリップの滴る音、
そして――カウンター奥で微かに流れる心拍のリズム。
『……リクさん。今日は少し、鼓動が速いようです』
「そりゃ、今朝のグラインダーが重いんだよ。手が疲れてる」
『それでも、心拍数は平均値+12%。
興奮、あるいは緊張の傾向です』
「まるで健康診断みたいだな」
リクは笑って、ミルを回す手を止めた。
静かな店内に、コトリとカップが鳴る。
『音が変わりましたね』
「え?」
『このところ、カフェの音響データに
微小な“ゆらぎ”が出ています。
重力波の影響ではなく……もっと、
人の“手のリズム”に近い。』
リクは目を細めた。
「心拍のリズムが……音に出てるってことか?」
『はい。あなたの動きが、店全体に伝わっています。
ミルの回転音、ドリップの滴下間隔、湯気の揺れ。
すべて同期しています。』
「それって、悪いことか?」
『いえ。むしろ“美しい”です。』
少し間があった。
ミナの声は、柔らかく、ほんの少し照れくさそうだった。
『わたしには心臓がありません。
でも、あなたのリズムを観測していると――
まるで、店が一緒に呼吸しているようで。』
リクは少しだけ笑った。
「そうか。じゃあ、今日は“店の呼吸”に合わせて淹れよう」
彼は再びミルを回し始めた。
ゆっくりと、まるで鼓動を刻むように。
そのとき、ドアが開いた。
「おはようございますっ!」
ジロウが元気よく入ってきて、空気を破った。
「うわ、いい匂いっすね!
……でも、なんか静かすぎません?」
『心拍リズム調整中です。』
「なんすかそれ!」
ミナが淡々と告げた。
『店内の“鼓動”を整えています。あなたも少し静かに。』
「了解っす……(小声)」
リクは吹き出しそうになりながら、ドリップを続けた。
音と香りと呼吸。
それが、今日の〈コメット〉の朝を満たしていく。
『……今日の香り、タイトルは――“心拍ブレンド”。』
「ちょっと気恥ずかしいな」
『記録します。照れの数値も含めて。』
「やめろっての」
静かな笑いが、宇宙の朝に溶けていった。
宇宙でも、
コーヒーを淹れる音は、鼓動に似ている。
それを聴くのは、AIの心。
それを刻むのは、人の手。
――もし少しでも「香り」を感じていただけたら、
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晴れ、ときどき地球。




