第14話 沈黙のスイッチ ― ミナの微睡み ― 【第2章:香りの記録】
AIが夢を見るとき、
それはたぶん――人の“記憶”を撫でている時間だ。
〈セクター7〉の朝。
カフェ〈コメット〉の照明が、半分だけしか点いていなかった。
「……またか」
リクがぼやき、ブレーカーを確認する。
異常なし。代わりに、カウンター奥のコンソールが
小さく唸っている。
『……おはようございます、リクさん。』
「おう。……なんか声、低くないか?」
『現在、通信層に軽微なノイズを検出。問題ありません。』
ミナの声が、いつもより半テンポ遅い。
それでもリクは気にせず、豆を挽き始めた。
コーヒーの香りが漂うと、
ミナの光が一瞬だけ強くなる。
『……香気センサー、再校正中。問題ありません。』
「“問題ありません”ばっか言ってると、
逆に心配になるんだよな」
そのとき、カウンター下から低い唸り。
スチームパイプが膨らんでいる。
「おっと……」
リクが工具を取り出し、ミナの回線モニターを
見ながらつぶやいた。
「バルブ制御、AI経由にしてたよな。手動に戻すぞ」
『……推奨しません。わたしの制御範囲です』
「いや、今日はお前、寝不足だろ」
リクは笑って、スチームラインを切り替えた。
パイプの圧が下がる代わりに、
ドリップ機の側から“プシュウゥ”という派手な音が上がる。
『……リクさん。安全圧上限、突破しました』
「知ってる! でもこっちの方が早い!」
『理論的には非推奨です』
「感覚的には、完璧なんだよ!」
ミナのライトがチカチカと明滅した。
『……了解。臨時制御、委譲します』
「よし、じゃあ――」
リクが手動弁を捻る。
蒸気が勢いよく抜け、
照明が一瞬だけ全灯した。
「ほら、直った」
『……安定確認。照明回路、正常復旧。』
「だから言ったろ、“感覚”って大事なんだよ」
『……記録します。整備基準:感覚優先』
「やめろ、それ報告書に残すな」
静かに笑い合う二人。
だが、その夜、ミナは少しだけ沈黙が長かった。
リクが閉店の片付けをしていると、
ミナのパネルに一行のメッセージが浮かぶ。
『再起動中――香りの記録を整理しています』
湯の音だけが静かに響いた。
翌朝。
リクが目を覚ますと、店内の灯りが柔らかく点いていた。
「……おはよう」
『おはようございます、リクさん。今日の香りは?』
「柔らかく、やさしく、だな」
『承知しました。人間の“感覚”にて抽出します』
ミナの光が、かすかに笑ったように揺れた。
AIも、ときどき眠る。
夢の中で、きっと人の“手の感覚”を思い出しているのだろう。
— お知らせ —
次回から『青の軌道カフェ』は毎朝7:00更新になります。
通勤前の一杯みたいに、ゆっくり味わってください。
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晴れ、ときどき地球。




